君の瞳に 3 2002/1/21
大野克紀はいつも、潤んだ目で私を見る。今日は練炭の一酸化中毒で危うく死にかけて、私が発見して助け出した。 今は病院のベッドに横たわり、やっぱり潤んだ目で私を見上げている。すがるような目だ。
ときおり辛くなる。 そんな目で見てくれるなとさえ思う。 そのくせ、克紀を放したくないとも思う。
人の瞳は、非常に好ましいものを見るときに、はっきりと大きくなると聞いたことがある。 克紀が私を見るときも、そういう状態になるのだろう。
この男は気が弱いわりに、かなり人相の悪い部類に属するが、私を見るときは目つきが違う。
優しい草食動物の目で、私を見る。 私の手をとっては、ドコソコの寺の、なんとかいう菩薩だか観音だかにそっくりだ、などと口走る。 それこそしまいには、拝みかねないくらいに私のことを思っている。
そのうえ克紀の胸は、とても暖かくて居心地がいい。 肩は広く、滑らかな肉がついていて、頑丈で、しがみついても噛み付いてもびくともしない。 こんなにも私を盲目的に求める腕、しっかり私を抱いてくれる腕が、この地上のどこにあるというのか。
どこにもない。
病院は消灯が早い。
克紀は、やはり顔色が悪い。 死にかけたのだ、無理はない。
「ゆっくりお休み」となだめると、克紀は素直に目を閉じた。そしてすぐに、小さな寝息を立て始める。
私が一時は本気でこの男を殺めようと思ったことを、彼は見に沁みてはわかっていない。
去年、弟が就職した。 妹は今年嫁ぎ、相手の男もいいやつで、幸せに暮らしている。
私たちきょうだいは、戦争で親を失ったが、生きる力には恵まれていたのかもしれない。
妹は「こんどは兄さんが幸せになる番ね」などと言う。
もう私の上には重石がない。 自分のこと、仕事のことだけ考えてればいい。 それなのに、さびしくてたまらなかった。 陳腐な表現だが、胸に風穴が開いたみたいで、空虚で、寒くてたまらなかった。
そこへ、克紀がころがりこんできた……。 おろかな、かわいい克紀が。
そして私は、彼をたぶらかし、この手に絡めとった。
このまま、結局手段を選ばない私という男は、克紀をどこまでもだまし、食いつくしていくのか?
ふと寒気がして、私は脱いでいた背広を着込んだ。それでもやはり寒かった。 そして本当はいけないのだろうが、そっと克紀の眠るベッドへもぐりこんだ。克紀は目をつぶったままうれしそうにほほえんで、私の体を抱き、脚を絡ませてきた。
いつも彼がそうするように。
「足先凍ってる…ぼくがあっためてあげるから」
克紀はいつもそういって脚を絡ませてくる。 今は、半分眠りながら、無意識にそうしている。
今日はかなり冷える。もう冬が来るのだ。
外地はもっと、突き刺すように寒かった。
日本ははるか遠く、私たちは飢えた。
生きるために弱いものができることは、本当に限られていた。
あのとき船から捨てた刀は、もう水の底で錆びて、跡形もなく朽ち果てたにちがいない。私が生きるためになしたことも、もう遠い遠い昔の話だ。
父は、中学校で教師をしていた。 ロシア語、敵性語であった英語、そして朝鮮語にも堪能で、中国語も話した。 それを私に教えてくれた。 父は脚が悪かったし教師でもあったので、兵隊にも行かなくてすんだらしい。
生きて日本に帰ってさえいれば、食いはぐれることはなかっただろうに。 語学の才能が父を殺したようなものだ。
私たちがロシア兵につかまったとき、父はなんとか平和的に話をつけようと試みた。
その結果、私たちは無事に解放され、一緒に逃げていたほかの家のものも無事だった。 そのかわり、父が連れて行かれた。抑留された日本人とロシア兵の間の、通訳をつとめるためにだ。
「お母さんを頼む、高志。お母さんは体が弱いんだ」
トラックから、父の悲痛な声が聞こえていた。 それきり、父は帰らなかった。遺骨すらない。
父は、けして丈夫ではない母を、寒い朝鮮に連れてきたことを悔いていた。
母は、近所の人から、博多人形みたいだと言われたことがある。 たしかにそんな感じだった。 控えめな、線の細い人で、それでいて先祖が武士だったとかで、刀など持ってたりした。嫁入り道具だったが、本物の日本刀だった。
もともと丈夫じゃないうえに、妹を生んでからは体を壊して、よく中将湯を煎じては、顔をしかめて、ゆっくり飲み下していた。
あの匂いは嫌いではなかった。
「ふふ。 けっこうすごい味なのよ。 でも良薬は口に苦しっていうでしょ?」
私は12歳で、母より背が高くなった。
「高志は背が高くなるわね。 お父さんも背が高いし。だって12なのに、私より大きいし、靴だってこんなに。手だってほらね。こんなに大きいんだもの」
母は喜んでこんなことを言っていた。
そんな小さな母は、父が連れて行かれ、持ってきた金をロシア兵に取られてからは、私たちを日々生かしておくために、あらゆる算段を尽くした。
ときおり、私と同じくらいの年頃の娘が、ロシア人や朝鮮人に引きずられていくのを見かけた。いくら髪を短くしても、細い首や腰の線でわかってしまう。何度もそんな光景を見て、何も感じなくなった。私は、妹や母がそんな目に遭わなければそれでよかった。
それなのに、あるとき母は数時間いなくなり、戻ってきたときには麦の袋を手にしていた。 どうやってその食料を手に入れたかすぐにわかったけれど、私は何も言わなかった。母は体であがなった麦を煮込んで、私たちのために粥を作ってくれた。 何もわからない弟や妹は無邪気に喜んで食べていた。 母が懸命の思いで手に入れてくれた食料だ。
青臭い非難の思いなど浮かびようもなかった。 内地へ生きて帰ることができたら、必ず母に楽をしてもらうのだと思った。
冷たい川を泳いで渡ったあと、母は突然倒れて、そのまま亡くなった。 石ころだらけの川原にわずかに穴を掘り、母を葬ろうとした。
母を葬る作業の間、他の家族が、聞くに堪えない悪口を言っていた。
「どうせ埋めても、野犬に食われてしまうのだから」
「どうして私らが寒い思いをして待たないといけないのか」
私の父一人の価値で、自分たちの命が救われたことなど、もちろんきれいさっぱり忘れている。私は言わせておいた。 だいたい野犬などどこにいる? とうに食い尽くされていないではないか。この世の中一番怖いものは人間だ。
たとえすぐに野犬が掘り起こして荒らすにしても、母を野ざらしにしたまま去れば、私は一生後悔すると思った。
しかし大野さんの父が黙って手伝ってくれた。 かろうじて体が隠れる程度の穴を掘り、母をそこに横たえ、石を積んで墓とした。
私はその墓に誓った。
這ってでも、どんなことをしてでも、妹と弟を連れて、生きて日本に帰ります、と。
血を売っても肉を売っても、生きて日本に帰るのだ。
はじめの獲物は、まぬけそうな顔をした、若い農民だった。どこかタヌキに似ていた。
彼が私をじっと見たとき、すぐにその視線の意味を悟った私は、誘うように微笑み返してやった。
「年は、いくつだい」
「16歳」と私は答えた。実際には、13歳にすぎなかった。だが、弱い母にできたことが、私にできないわけがないではないか。
男は16では幼すぎないと合点したか、かなり大きな米の袋をちらつかせ、私を高粱畑の中へと誘った。
「これをやるから、向こうへ行って遊ぼう」と彼は言った。
そして私の体を探り、はじめて男だと気づいて、怒り出し、悪口雑言を吐いた。この、おかまめ。 淫売め。
気前のいい客にもなれたろうに、問題は彼が私のことを女の子だと勘違いしたことだった。 こんなふうに短く髪を切り、男のなりをしていれば一目瞭然だろうが、日本人の若い女は、暴行を恐れて男のなりをしているものも多かった。
こちらも半分はあてがはずれた。しかしあとの半分は、予定の行動だった。男が対価の支払いを渋った場合は、必ずこうしようと決めていたのだ。 何がどうなろうと、手ぶらで帰るわけにはいかない。 腹をすかせた妹や弟が待っているのだから。
男が私をののしりながら、向こうを向いて、脱いだズボンをはきはじめたときがチャンスだった。
私は、教練で習ったことを実践した。
母の嫁入り道具の小刀を抜いて、少しも警戒していない男の後ろに忍び寄り、口をふさいで、その首の肉を一文字に掻き切った。
血はまっすぐ前方へと飛び、男は叫び声も上げられずに、そのまま絶命した。 死んだ男が失禁しているのを見ても、私は哀れとは思わなかった。
返り血もほとんど浴びなかった。 私は男の服で刀の血をぬぐい、さやに収めてから、彼がそこに打ち捨ててあった米を手にした。
たった一袋の米だ。しかしこれで私たちは何日か食いつなげる。
罪悪感などこれっぽっちも感じなかった。 こいつが、のこのこと私の前に出てきたから悪いのだとさえ、思った。 彼は獲物で、私はヒナにえさを持って帰らなければならない。
戦争はとうに終わったが。 私にとっては、まだ戦争は終わっていなかった。
君の瞳に 4
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