手をつないで眠ろう 3 00/12/25
おれが運ばれたのは街中の大きな病院で、外科メインに救急指定を受けているところだった。
まだ建物は新しくてきれいだった。
胸を刺されるところだったが、とっさに左腕でかばったので助かったのだ。 野球で鍛えた筋肉がおれを救ってくれたというべきか。
とはいえかなり大きなナイフだったし、思いきり刺されたので出血は多かった。
腕に突き立ったナイフは抜けなくなって、そのまま男は逃げだし、近所で警察につかまったという。
傷口を処置してもらって、点滴を受け、ようやく落ち着いたころだった。
おれの個室に、坂東さんが顔を見せた。 ダイエーの袋を持っている。
背広を脱いで、おれのベッドの足元に引っ掛けた。
「とりあえず下着と寝巻き、上に羽織るもん、買ってきた……あと歯ブラシとか、洗面器とか、ティッシュとか。 他にいるものあったらすぐに買ってくるから」
サイドボードのなかに、紙を敷いて着替えを並べてくれる。
「ありがとうございます」
礼なんて、と坂東さんは口篭もった。
「サイズ、Lでいいよな」
「はい」
弟さんの世話で慣れてるのか、坂東さんは手早かった。
片付けが済むと、 坂東さんはそっと、おれの前髪をかきあげた。
「大丈夫か……」
「坂東さんこそ。 警察のほうはもういいんですか?」
「うん、一応な。 明日また来いと言われたけど」
「疲れたでしょう」
坂東さんは疲れた顔で、ネクタイを緩めている。 白いワイシャツに包まれた肩は華奢で、腕もほっそりとしている……おれの知ってる、どこにも傷ひとつない体。
大事な人を守れたんだと、おれは誇らしい気持ちでいっぱいになる。
ここに寝ているのが坂東さんでなくておれで、よかった。
「どうして、かばったりした」
坂東さんのとがめる声におれは驚いた。 青白く見える顔は、怒っていた。
「どうしてって」
「おれなんかなんでかばった? こんな怪我までして」
何を怒ってるんだろう、坂東さんは。 こんな怖い顔の坂東さんははじめて見る。
「たいした傷じゃないです。 すぐに退院できるって先生も……」
「あと3センチ深かったら、危なかったって聞いたぞ」
傷を心配して腹を立ててるのだろう、とおれは思った。
「坂東さん、おれはけっこう丈夫なんですよ。 こんな傷すぐに治して見せますから」
「平良」
おれの頬をなでる、細い指はとても冷たかった。
「頼むから、もうおれをかばってくれるな」
「ど、どうしてですか」
「おれはそんな、おまえが思ってくれるほど、おまえのことを思ってもいないんだ」
「わかってます」
よけいに好きになったほうが負けなんだ。 そして、勝敗ははじめからついてる。
でも、それでもいい。
「わかってますよ、坂東さん」
「わかってない。 おれは平良が考えてるようなやつじゃない、いいかげんに気づけよ」
「坂東さん」
細い指が、おれのあごに食い込んできた。 坂東さんは低い声で続けた。
「おまえを抱いたのだって、口封じのためなんだ」
「口封じって」
「おれのことをばらせないように。 公園で男と遊んでたことを、おまえに見られたから」
茫然と、おれは白い顔を見ていた。
この人は何をいってるんだろう。
どうしてこんな、怖い目をしておれを見るんだろう……。
「いっそやっちまえばいい……平良はおれのこと好きだから。 そうしたら何も言えなくなる……そう思って当然だろう……」
「ば、坂東さん」
「こういう性格の男なんだ、おれは」
叫んだわけじゃないけど、先輩の最後の言葉は、傷ついた小動物の悲鳴のように聞こえた。
「計算づくでおまえと寝たと言ったんだよ、おれは。 口封じのためにだ」
「信じてくれたんじゃ、なかったんですか」
「おれは、誰も信じない」
自分と家族のために、懸命に努力して手に入れたもの……仕事や実績や、評判といったものを、おれが壊すかもしれないと思ったんだろう。
これから築いていくはずの将来を、全部おれがぶち壊すんじゃないかと恐れたんだ。
それを防ぐために、おれを。
そうだったんだ。
だけど、なんて言われても平気だ。
こんなことで幻滅するくらいなら、はじめから好きになったりしない。
「それでもいいです……それでもかまわない。 おれはどうなるかわかってて、坂東さんを家に入れたんですから」
「…………」
「坂東さんを怖がらせてたんですね。 もっと何回でも約束すればよかった。 誰にも言いませんって。 そしたら怖い思いはさせなかったのに」
「おれは、怖がってなんか」
ああ、また怖がらせてしまう。 何て言って、心に張った氷を溶かせばいいんだろう。
「怖がってます。 とても。 でも信じてください。 おれは坂東さんを守る。 坂東さんも、坂東さんの名前も。 身体張ってでも、命かけてでも守るから」
「身体張るな、命なんかかけるな! おまえがこんな風に痛い目にあうと……おれが痛いじゃないか!」
悲鳴のように坂東さんは叫び、おれの頭を抱きしめた。
薄いシャツ越しに、坂東さんの胸の音が聞こえてくる。 それはひどく速かった。
「坂東、さん」
「自分が怪我したほうが楽だ。 平良が傷つくのを見るのはいやだ」
何事にも器用な坂東さんの、不器用な告白めいたものを、おれはうっとりして聞いた。
いくら鈍いおれでも、今やっとコクられたことくらい、わかる。
「ねえ、坂東さん。 おれのこと、好きですか?」
「……」
「おれのこと、好きになってくれたんですね、やっと」
坂東さんは赤くなってそっぽを向いた。 そのしぐさが可愛くて、おれはしつこく言った。
「ねえ、スキって言ってください。 そしたらおれの痛いの治りますから」
「言えるか、そんな恥ずかしいことっ」
「恥ずかしくなんかないです。 もっと恥ずかしいこと一杯してるでしょ、おれたちって」
おれはうれしくて、つい甘えすぎた。
「いっぺんでいいから。 アイシテル、アツシ、って言ってください」
「言えるか、いいトシした男がそんな」
「だって、言葉でちゃんとコクってほしい……」
「おれは口下手だからな。 そんなことは言えない。言葉より、行動で示すタチなんだ」
ぐいとおれの肩をつかんで、そのまま押し倒そうとする。
「あっ……ちょっと待っ……」
「大丈夫だ、おまえは天井みてろ。 これから、その告白ってやつをしてやるから!」
怒らせてしまったじゃないか。 結局、全部自分に返ってくるんだ。
「センパイ……看護婦さんが見まわりに来ますよ」
「かまうもんか。 おれは、やりたいんだ!」
やりたい、と坂東さんはもう一度小さな声で繰り返した。 細い、かすれたような、切羽詰ったような声で、即物的な内容なのに、それはとても甘く耳に響いて、震えがくるほどだった。
反応しないではいられない。
でもこんなところ看護婦に見られたら、大騒ぎになってしまう。
「お願い、待ってください……退院したら……」
「待てない!」
坂東さんの小さな顔が近づいてきて、おれの口を塞ぐ。 ついばむような素早いキスを何度もされると、そのまま世界が反転してしまう。
少しは傷も痛かったのに、魔法のようにもうちっとも痛みを感じなかった。
坂東さんはせわしくキスをしながら、おれの寝巻きのボタンを外してしまった。
「ね、坂東さん……だめだよ、そんなの」
先輩はものも言わず、あっというまにおれの前をはだけると、おれのパンツを引き摺り下ろし、いきなり口に含もうと顔を寄せてきた。
風呂も入ってないというのに。 おれはとっさに坂東さんの顔をつかんで叫んだ。
「だめです! きたない……っ!」
「汚くなんかないっ!」
「あ……!!」
あきれるほど強引だった。 のどの奥のほうまで一気に咥えこんで、自分のだといわんばかりに貪り始めている。 坂東さんは耳まで上気していて、これはもう止められないとおれは思った。
きっと、この勢いで行くところまで行くかもしれない。
おれはどうしたらいいんだろう。
こんなに坂東さんがおれを欲しがってる。 うれしくないはずがない。 でも、こんな激しさを、どうやって受け止めたらいいんだろう。
前は無体なことはされなかった、でも今日はわからない。
坂東さんが怖い。 こんなに好きなのに。
「平良、震えてる?」
坂東さんは優しく言って、おれの前髪をかきあげた。
「どうしていつも怖がるの? 怖くなんかないのに。 すごくいいことなんだよ」
そういって、坂東さんはもう強張りかけている、おれの身体に手を掛けた。
そうして腹の上に、大きく脚を開いてまたがり、おれのをしっかと掴んで、柔らかい自分のお尻に押し当てている……。
「ばん……どうさ……ん!」
「声が高い」
先輩はおれのを掴んだまま、狭い自分の中へ、強引に導こうとしているのだ。
「あっ、あっ!! そんな、いきなりだめっ!」
「おまえの全てが欲しい!」
きつそうに歯を食いしばりながら、鋭い気合を発して、強引におれの上に腰を落としてくる。
気がついたら、これ以上ないほど、おれたちは身体をあわせていた。 狭い入り口の中の、柔らかく熱い粘膜の重なりの中に、おれは咥えこまれていた。
「おまえは何も……しなくていい……」
坂東さんが動く。 しなやかに腰を滑らせる。
腰だけがまるで別の生き物のように、滑らかに動く……細い身体を起こして、まるで草原を行く若武者のように、おれの身体を乗りこなしていく。
白いワイシャツの裾から伸びる脚が、けして逃がさないというようにおれの身体を挟みつけ、容赦なく加速していく。
ふいに坂東さんは手を伸ばして、おれの胸の筋肉を深く掴みあげ、それから手のひらを胸の上に押しつけたまま、さらに激しくおれを締め上げる。 見上げると、上気したまぶたの下から、おれが乱れるさまを見てる。
ひとたまりも、ない。
「い、いっちゃいま……坂東さんっ……」
坂東さんはおれの口を手で塞いだ。
「……ううっ……!!」
口を塞がれていたのに、大声で叫んでしまった。 それはコントロールのできないものだった。
ゆっくりと、おれの身体は二度、三度と跳ね上がろうとし、坂東さんに押さえつけられて、その体の中に精を放って行く。
坂東さんは身体をおれの上に倒し、おれがしがみつくままにしてくれた。
それから労わるようにおれの顔を撫で、傷はズキズキしないか、気分が悪くはないか、篤史、とささやいた。
細かい汗の浮かんだ坂東さんの顔は、まるで観音様のように優しく、おれを見下ろしていた。
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福山雅治の「スコール」を毎日聞いて、気分を砂吐きBLにして書きました。
油断するとすぐにさぶでアニキな展開になるので辛いです。
坂東のせりふがどうも変ですが、他に書きようがないボキャ貧。