セミ、ヒグラシ 2
10/25/01

 楠のきつい香りがする。 あれは怪しげなもの、いかがわしいものからから神社を守るために植えているのだ。
 たとえば物の怪とか、たとえば夜、蚊にさされるのもいとわず、野外セックスをしようとするバカモノたちとか。
 つまり私たちのことだ。
 神社の境内から、お灯明の明かりがほの暗くもれている。

 小さなこうもりたちが、ひらひらと飛び回っている。
 ここは、夜遅く来るような場所ではない。

 古い神社の境内には、深く傾いた、古い松の木があって、それは私が子供のころからそこに生えている。
 若者は私をその松の幹に押し付け、体重を預けてきた。そのままあごを私の肩に預けて、体を押し付けてきた。頬に髪が触れたが、それは意外に柔らかくて……ムースか、ワックスか。それともリンスの名残か。よくわからないが…花のような、かすかな香りを放っていた。

 名前も知らない若者は、私の首筋を舌で愛撫した。
 頭の中がまたぐらぐらしてきて、私は目を閉じた。
 昼間うるさかったセミたちは、もう叫ぶのを止めている。
 アブラゼミ、クマゼミ、ごくたまにミンミンゼミ、そしてヒグラシ。 彼らはどこに潜んで何をしているのか。

 そうだった、息子の図鑑で見たっけ。 昼はつがいの相手を求めて鳴き、子孫を残す営みをし、夜は木の幹に群がり、零れた樹液をなめては、わずかに命をつなぐのだ。 翌日また交尾をする相手を探すために。
 私はそのときになって、言葉だけで抵抗した。
「なあ…こんなとこで…誰かに見られたら」
「誰も見ないよ」
 耳元で若者はささやいた。 それから私の唇を自分の唇で開かせ、かすかに出加減の歯で、私の下唇をくすぐった。
 繊細なキスだった。
 
 そのとき、ふいに境内のほうから太鼓の音が響いてきた。
 腹に響く音、あれは、ここの神社の、耳の遠い宮司が叩いているにちがいない。 ちょうどお勤めの時間だったのかもしれない。こんな夜遅くに。もしかしたら…ぼけたか。じいさん?
 
 私は狼狽して、若者の胸を手で押し返そうとした。

「太鼓の音がするな…終わったらじいさん、こっちに来たりしない…かな?」
「黙って」
 私の肩を軽くつかんで、若者はまたささやいた。 私の脚の間に長い太ももを滑り込ませて、身じろぎをする……するともう、抗う気持ちもなくなってしまった。
 気持ちよすぎて。
 
 かちゃ、と私のベルトを外し、しゅっと私のジッパーを外す…私にはひどく響くが、太鼓と比べたらこの音は小さいはずだ。
 若者の指が私自身をゆっくりと慰め始める、湿ったいやらしい音、それも太鼓の音と比べれば、ささやきのようなものにちがいない。
 私の鼓動も、私にとっては恐ろしく響く音だが、これは私とこの若者だけが聞いている音だ。

 若者は、そっと私の尾てい骨を撫でた。頭がどっちに向いているのかわからなくなるような感覚が、私を包んでいく…。
 こんなとこで感じるなんて。妙だ。それにこんな青いのに自分の性感帯を教えられるなんてな。

 やつは、伺うように指を後ろにあてがい、少しだけ入れた。

「太鼓がうるさくてよかった」
「…どうしてだ」
「あんたが、大きな声を上げても聞こえないから」

 やつは楽しそうに言い、指の動きをいきなり早めた。
「どんなすごい声出しても大丈夫。 あの太鼓が消してくれるから…」
「…なに言ってるんだ」

 私はだいたいセックスで大きな声など出さない。
 というか声を出すのは男として恥ずかしいという気持ちがあったのかもしれない。

 妻と結婚する以前に付き合った女性の行為でもそうだった。亡くなった妻との「オツトメ」ではよけいにそうだった。薄いマンションの壁に気を使い、またベビーベッドで寝ている子供を起こさぬように…子供が泣いたら妻はさっさとそっちへ行ってしまう、私も待ちきれずに眠ってしまう。

 そして妻が亡くなってからは、もう誰ともする気力がない。 しなかったらしなかったで済んでしまうものなのだ。
 情けない話だが、自慰すらしない。
 きっとそのうちにやりかたを忘れてしまうか、EDになるんだろう。…

 そういう淡白な私を後ろから抱きしめ、腕を腰に回して、やつの指は繊細に私の股間を滑り続ける。
 あっけなく私は達しそうになった。
「いきそう? いきたいの?」

 やつは指を離し、ぐいと私の腰を引き寄せて、固くなったものを私の後ろにあてがった。
 悪寒が体を走った。 とにかく私は、入れられるのは、男とスルのも初めてなのだ。
 
 それは気持ちいいんだろうか、気持ち悪いんだろうか。とにかくこの年になってヴァージニティを失うとは思いもよらなかっ……。

 …………。
 痛い…。

「ちょっと待…! おれは初めてなん……!!」
 入れたらやつはもっと突っ込んできて、突っ込んできたらガンガン動かし始める。
 ローテクもいいとこで、もう歯止めが利かないみたいだった。
 そういうもんだったかな。私も、うんと若いときは。
 いや、しかし相手を喜ばすほうが私は楽しい。 前戯9割、挿入1割ってやつで、入りに入ったときはすでに勝負はついてるんだぞ…知らないのか?
 しかし、痛い。痛いじゃないか。 
 このやろおおおっ!!

 なんなんだ、これは。 とんでもなく痛い! どこが、尻がだ!当然か。

 しかもだんだん痛くなるじゃないか! なんなんだ、これは!! くそ、何が悲しくて、私はこんなことをさせてるんだ!!

「気持ちいい……あったかいよう……あん、いい、いいっ、いいよお」
 後ろの若者は、ひどくかわいらしい声でさえずっている。
 もしかしたら、大学生どころか、高校生か、最悪それ以下の、とてつもなく幼い相手なのかもしれない。
 ふと、頭の中に「淫行」という文字が浮かんで消えた。

 しかし勝手なやつだ。 気持ちいい?でもなくて、痛くない?でもない。
 まったく男の風上にも置けないじゃないか、初めての経験をしている相手に対し、思いやりのかけらもないとは。
 若いというのは、余裕がないものなのか。

「ねえ? ん、気持ちいい?」
 声の甘さに、私はきつい言葉を吐けない。
「……い……」
「いいの?」
「いた…気持ちいいよ…」
「イタキモ!?」
「そ、そんなとこだ…」
「おれも…気持ちいい…生きててよかったあ…」
「…そうか?」

 ああ。 こんな縁もゆかりも喜ばす義務もないやつを相手に、キモチイイ演技までしてしまうのか。
 やつが喜んで、もっと深く入れてくる。 そして引く、もっと深く叩きつけてくる。それからしょうこりもなくまた引いて、引きすぎて飛び出してしまったのを、また突っ込んでくる。
 これでは死ぬ。痛くてたまらん。

「あ…!! うっ、くうっ!! んあ、あ、あっ…!!! あ、ああっ、死ぬ、死ぬうっ」
 ああ、死ぬ死ぬ! とかいって本当に死んだやつはそんなにはいないだろうが。しかし、しかし!
 痛いんだ!

 叫んだらちょっと楽になるから、やつの動きにあわせて、よがり声ならぬ苦痛のうめき声を出しまくってしまう。
 それで足りずに私は木の幹にすがりつき、苦痛のあまり頭を振りたてた。
 やつはまたそれに興奮して、ますます息を荒くして、ラストスパートに突入した。
 やっと…イッテクレルノカ。 ありがたい。ありがたくて涙が出そうだ。
 腹まで痛い…気が遠くなる。
 はやく、いってほしい。でないと私は死ぬ。
「ああああっ、いくよいくよイクヨ、いい、いい、いいいいっ」
 私にしがみついて、実にかわいらしく叫びながら、おろかな若者は一人、イッた。
 ふと頭に、いま行くよくるよ、という漫才師の名前が浮かんだのは…あれはいったい……何だったのだろうか。
 しみじみ、歳はとりたくないものだなあと…思ったことだった。