野ばら 10 2003-01-19
「ぼくの家は、すぐそこですよ」
ぼくを横抱きにして、バーニーは元気に村の大通りを歩いた。
途中、村の小さな教会を通り過ぎた。
以前出席した友人の結婚式でのこと。 式が終わると、花婿は果敢にも花嫁を抱き上げ、車まで運ぼうとした。 ところが運悪く彼はバランスを崩し、体格のよい、新婦の下敷きとなってしまったのだ。
一瞬、ぼくは友人が完全につぶされたと思った。 神のご加護か、幸い友人に怪我はなかった。 そして花婿が花嫁の下敷きとなったおかげで、彼女の白いドレスも無事。 あっぱれ騎士道精神ではあった。
なんという気色の悪い連想をするのか、ぼくは。
「ここがぼくの…ほら、ついた」
そこは、バーニーのイメージとはかけ離れた、花の咲き乱れる小奇麗なコテージだった。
庭先で花の手入れをしていた女性が、ふと振り返った。
ぼくはちょっと見とれた。 ほっそりとして背が高い、上品な女性だ…。 薄いグリーンのドレスに、真っ白いエプロンを重ねている。
つばの広い帽子をかぶっていたが、彼女はぼくを見て帽子を取り、まぶしげにぼくを見た。
やわらかそうな、ブロンドのまつげだった。
「バーニーお帰り。 そちらの方はお友達?」
ふわりと羽で撫でられるような、なんとも上品な、柔らかな声音だった。しかもまったく訛りがない。
「母さん、こちらぼくの友人で…アウチさん。 ちょっと具合が悪くなったんだ」
「とにかく、中へ」
なんとその女性が、このバーニーの母親だったのだ。
「お気の毒に…」
突然転がり込んだぼくにいやな顔も見せず、客間のベッドを貸してくれたのだった。 しかも楽なように毛布をいくつも重ねて、抱き枕のようにしてくれた。
「氷嚢で冷やしましょうね。 少し楽になりますよ…でも服が濡れるといけないから、少し緩めましょうね」
そういってバーニーの母は、ぼくのベルトに手をかけようとした。
「だ、大丈夫です」
「本当は直接当てたほうがいいんだけど」
「いえ…それだけは」
「あら?」
「こんな美人の前で…尻出すなんて。 カンベンしてください」
「まあ、アウチさんってば。 最近女の人を見たことがないのね。 こんなおばあちゃんつかまえて、美人だなんて!」
バーニーの母は、澄んだ青灰色の目でぼくを見つめて笑った。 思わずとろけそうになる笑顔だった。
優しい声で実は、けっこうきついことをいわれたような気もするが…。
すると、バーニーのママは、傍らに控えていた息子に命じたのだった。
「では、バーニー。 あんまり冷たくしないように、お願いね。」
「わかってますよ」
息子にぼくを託し、バーニーの母は部屋を出て行った。
「すみません、悪気は全然ないんですけど、少し変わった母でして。 いまいち、デリカシーがなくって。」
そういう息子は、いきなりぼくのベルトを外し始めた。
「お、おいっ」
「ちょっと失礼」
ちょっとどころか大いに失礼だ、奴はぼくのズボンとパンツを下ろし、ナマの肌に氷嚢を押し当てたのだった。 あまりの冷たさに心臓が止まるかと思った。
「ほ、ほんとに効くのかっ」
それには答えず、バーニーは親切にぼくの腰を冷やしながら、触るともなく触らぬともなく、ぼくの尻を撫でた。
「おい…どこ触ってるんだ」
「……軍服の下のお尻は…こうなってたんですか」
「こらっ」
「可愛いお尻」
べちょっ、と生暖かいものが尻に触れた。
「あ、こらっ!!」
さらにその柔らかいものは、ずるっと湿り気を帯びたものに変わった。
野郎に、尻を、舐められている!!
「何もしませんよ…何も…」
「してるじゃないかっ。こらっ、そんなとこ舐めるやつは、貧乏になるぞっ」
「はああ、なんてプリプリして柔らかいお尻なんだ…」
変態青年その2は、すでに理性もぶっ飛んだか、ぼくの尻の肉をもみまくり、一人で興奮しているのだった。
「カンベンしてくれ!」
しかし自分のテリトリーに入った坊やは、妙に強引だった。
「クージとはもっとすごいことしてるんでしょ?」
「何もしてないっ! あいつが勝手に盛り上がってるだけ! おれはなんとも思ってない!」
「へ?」
「はっきりさせよう。 奴とは何もなかったんだ! 君が来てくれたおかげで助かったんだ!」
「信じられないな…」
「本当だ。 誓って言うが! 行水してたところを迫られて、あやうく犯されるとこだったのだ。 おれは、すっごく、いやだったんだ! 君が来てくれて本当にありがたかったよ。」
男のプライドもあるぼくは、事情をかなり省略して説明した。
「そんな」
「事実だ! 珍しい災難にあって驚いたさ。 あれからもずっと尻を狙われてるが、隙を見せないようにして身を守っている。」
「アウチさん…そうだったんですか」
腹に力の入らぬ声だった。 すこし言い方がきつかったろうか。
「わかったかい? 坊や」
「ということは、あなたはまだバックバージン!」
「げっ」
「あなたのお初はぼくのもの! ぼくの童貞はあなたに捧げますっ」
「ど、童貞なのかっ。 しかしささげられても受け取れないのだっ」
ぼくらが騒いでいると、すっとドアが開いた。
「まああ、バーニー!」
そこには、バーニーの美人の母が立っていた。その手には、銀色のお盆が光っている。
後光がさして見えた。
まるで、ルルドの聖母が光臨したかのようだ、とぼくは思った。
「何をしているの、バーニー。」
「お母さん、ノ、ノ、ノックくらいしてくださ…」
「もう、わかってるかと思ったのに! ぎっくり腰に乱暴なマッサージなんていけません! それより、郵便局から呼びに来てるわよ。忙しいんですって。 お友達のお世話は私にまかせて、お前は仕事に戻りなさい」
バーニーは少しくマザコンの気があるらしい。すごすごと引き下がっていった。
「ごめんなさいね、あの子ってば、ちょっぴり変わってるから…あれで悪気はないのよ。」
お互いを変わり者よばわりしている親子も珍しい。
「バーニーは、すごくいいやつですよ。わかっています」
飼い主の気を引くには、ペットをほめるに限る。
年上の美人と二人っきりで家の中だ。 腰が痛いことも忘れてぼくはときめいた。
彼女はぼくの腰にそっと何か塗った。 何か聖なるものを感じさせるような、すがすがしい芳香が立ち上る。
「少し薬臭いけどガマンしてくださいな。 ただのオリーブオイルなのだけど、ジュニパーの実とか、クラリセージの葉っぱとか漬け込んであるの。 いろいろ庭に植えてあると、役に立ちますわ。」
「いい匂いですよ」
この状況…このときに胸にともったのは、覚えもある恋の予感であった。
「ささ、暖かいうちに。これは薬草茶なのよ。 気持ちが落ち着いて、痛みが楽になります。」
言われるままに、小さなカップに入った飲み物を口にした。 カモマイルにハチミツとレモンを足したような味だったが、少し苦いような感じもする。
「カモマイルの花のお茶に、聖ヨハネの薬草をほんの少しだけ。 あとはハチミツをたっぷりと」
飲み干してまもなく、ふわりと眠気が襲った。
美女と一つ屋根の下、二人きりの昼下がりだったのに。
白いエプロンの下は裸もいいなとか、それで後ろを向かれたらすごいな、とか、悪いことを考える暇もなく、ぼくは爆睡してしまったのだった。
野ばら 11
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