野ばら 16    2003/5/11

 強盗犯、そしてぼくを人質に取っている奴は、小柄な体格の中年の男だった。
 歳は、40歳前といったところだろうか。このあたりでは見ない顔だった。
 
 観察されているのが気に食わなかったらしく、推しこみ強盗はいきなり、
「何で身代わりになった?」と唸った。
 ぼくは、「バーニーは友達だから」と即答した。 

 強盗はぼくを眺め、蔑んだように笑った。
 「おホモだちのために、命も捨てるってか」
 その言い方は捨て鉢だった、どうやって逃げるのかなんて、もう考えていないのかもしれない。
「お前、ム所に入ったことはあるか」
「ない。」
「それはよかった。 お前みたいなのは、ぶち込まれたその日にマワされるだろうからな。 いや、お前みたいな奴には、かえって楽しいかもしれないな。」
 
 奴はぼくを眺め回し、汚らしいオカマめ、と床につばを吐いた。
 やっぱり人助けなんてらしくないことを、やるんじゃなかった。 
 テーブルの上にオリーブオイルのビンがあった。 男は、半分ほど残っていた中身を床にぶちまけて、ぼくに蹴ってよこした。
「そこに灯油の缶がある。 お前の左手だ」
 左手を見ると、たしかに灯油の缶があった。 
「そのビンに灯油を入れて、栓をしろ」と命じられて、縛った手首に難儀しつつ、命令に従った。
「そしてそのビンの口を」
 やつは銃口をぼくに向けたまま、こう言ったのだ。
「お前の使い込んだケツの穴に入れろ。」

 死にたくなかった。 狂った命令に従い、茶色い瓶を尻の穴にあてがい、入れようと試みたが、こんな仕事は初めてで、そう簡単に入るものではない。
「ぐずい!」
 次の瞬間、奴にビンの底を蹴り上げられ、奴が銃を振り回すのが見えた。
 目の前に火花が散って、一瞬、あの女の顔が目に浮かんだ。堕胎手術の後、自分で歩いて帰ったという気丈な女は、大きくて薄い唇をしていた。
 それは、嘲笑するような笑みを浮かべ、中に色の悪い舌が見えた。…

 気がついたら、床に転がっていた。
 月明かりが明るかった。 奴の姿は見えないが、まだその辺にいる気配がする。
 
 体を起こそうとしたが、床に手をついたときにずるっと滑った。 床は相当な血が流れていた。どうやらぼくの頭から流れた血らしいが、傷が痛いという意識はなかった。 
 ただ妙に頭痛がひどかった。 振り向くと、強盗犯がイスに座って、じっとぼくを見ていた。 そして、「ちゃんと尻に入れとけと言っただろうが」とわめき、またぼくの尻に、ぐりぐりとビンをねじこんだ。
 万事休す。 ぼくはやがて、火に包まれて、あえない最期を遂げるのだ。
 人質、尻に火炎瓶をつっこまれて、焼死。
 感動的なバラッドに歌われるだろうか。「アウチ・シルバーコックの歌」。いらねえよ、そんなもん。
 それとも写真つきで、恥ずかしい週刊誌に載り、国中の笑い者になるんだろうか? いろんな人のインタビューつきで。
 まずは当事者の一人、レジーナだ。 息子の無事を喜びつつ、その心中は複雑で、涙をハンカチで押さえながら言うんだ。
 「息子のためにこんなことに。 アウチさんは本当に勇気のある方でした。 遺族の方には十分なことをさせていただきます。」
 泣いてもらうより、ベッドに誘ってくださるほうがうれしかったんです、奥さん。
「最後に見た、勇敢な後姿が今も忘れられません」助けられたバーニー青年談。 その後姿ってケツモロだしだろうが。
「ときどき買い物に来てくれました。 値切りもせず静かな人でした。 まさかこんなことになるなんて…」
 ヒゲ面で禿げ上がった、村の雑貨屋の主人が語る。そんなオヤジはどうでもいい。パス。
 そしてこの家の前の通りは、アウチ・シルバーコック通りと名づけられ…。 
 焼け落ちた家のあったところに、小さな石碑が立つのだ。

 いやだ、死にたくない! ぼくはやっと30なのに!!  ああ助けてください、聖母マリア様、私はもう恥ずかしくて恐ろしくて痛くて(尻が)、既に発狂しそうです!! 
 臨終の秘蹟も受けずに死にたくない、でもどうしても、どうしても、ダメなら、一気に、苦しまないように死なせてください!! ゆっくりなぶり殺しなんて嫌です!!

「そうか、誕生日か。 おれより、7歳年上になるんだな…でも年上って気がしない、変だな。」
 そんなことを言いながら、クージがぼくを弄んだのは、つい今朝のことだったのに。
 あれも…けっこう楽しかったかもしれない。
 目をつぶったら、クージの姿が浮かんできた。 彼は、風の中でまぶしそうに目を細めていた。  ばらけてきた髪を、解いてまた結びなおし、緑の目でぼくを見つめた。
「こんなことになっちまった…火炎瓶にバックバージンやっちまったよ。 なんだか死ぬような気がする。 やっぱり名前の通り、イタイ人生だった。」
 クージは体をかがめ、耳を寄せるしぐさをした。 ぼくは声が小さいので、奴はときどきこういうしぐさをする。
 ぼくは思ったままを口にした。
「こんなとこで死ぬんなら、いっぺんくらいお前にやらせてやってもよかった。」
 すると幻のクージは、「棺おけに釘を打たれるまで、けしてあきらめないのが男というものだ。」とぼくをたしなめた。
 
「金を持ってきた!! 撃たないでくれよ!」 
 庭から大音声が響き、半分この世からおさらばしかけていたぼくを、強引に引き戻した。
「ここに半分ある、逃走用の車も用意した、そこにあと半分置いてある!」
 強盗は薄暗がりで身動きし、「ここまでもってこい」と、庭に向かってそう叫び返した。

 重い革靴のような足音が近づき、ドアを蹴飛ばして、クージがそこに立っていた。 手には大きな革のカバンを提げていた。ぼくのほうは見向きもしなかった。
「村の全財産だよ。大仕事だったぜ」クージは白い歯を見せて笑った。
「人質はよそ者だし、ほっとけば言いなんて、けちな村長が言うからさ。 ここで見殺しにしたら国中に責められて、バカンス客も来なくなるし、出稼ぎもしにくくなる、商売もできなくなるぞって、おれが説得したのさ。 大仕事だったぜ。 ばあさんのへそくりから、娘の持参金、子供の小遣いまでもらってきたんだ!! うまいことやりやがっておっさん! 一生遊んで暮らせるぜ、見てみろや、ほれっ」
 クージはこの辺の訛り丸出しで、ぺらぺらとまくし立てながら、カバンを男に放り投げた。
 男はそのカバンを半ばかぶるようなカタチになったのだが、恐ろしい叫び声を上げた。 
 頭といわず顔といわず、無数の蜂が食いついて、うごめいていたのだった。 それだけではない、カバンの空いた口から、唸り声を上げて蜂の雲が飛び出してきたではないか。
 この男は手品師か?
「ぎゃああ!」
 ならず者は叫びながら蜂を叩き落そうとして、よけいに刺されていたようだ。 顔まで蜂に取り付かれて、狂気のようにのた打ち回っていた。
 うかつにも足元に落ちた銃を、クージはすばやく拾い上げ、一発目を放った。
 男が叫び声を上げ、 足元には何か血まみれの、人間の指のようなものが落ちていた。
 そして、クージの手に、硝煙の上がるピストルが光っているのが見えた。
 クージは無表情に、立て続けに奴を撃った。 止める暇もなかった。 気がついたら、足先や手の先から血を流した犯人が、うずくまっていた。
 しかし、急所は外して撃っているらしかった。
 そして無抵抗になった犯人の頭を、クージが思い切り蹴飛ばしたので、犯人はぐったり動かなくなった。 ひょっとしたら死んだかもしれない…。

「や、やりすぎじゃないのか。死んだらどうする…」
 犯人の落とした銃を拾い上げ、そこでクージは、倒れた男をにらんでいた視線を、一瞬こっちへ投げた。
「そういう趣味があったとはね、アウチ君」
 ぼくはあわてて、忌々しいビンを抜いた。
「こ、これは…こいつに脅迫されて」
「わかってる。立て、こっちへ来い。…早く」
 しかしクージのあたりには、カバンから飛び出した蜂が無数に飛び交っていた。
「は、蜂がっ。」
 クージはじれったそうに叫んだ。
「お前が刺された奴とおんなじ、タダの蜜蜂だ! 刺されたって死にゃしない、早く出ろ、しかし走るな!」
 釈然としないものを感じつつ、股間を手で隠してクージの横をすり抜け、外へ出た。 クージは気を失った男から目を離さず、後ろ向きに出てきた。
 暗闇の中、庭に出て行くと村人の歓声が迎えてくれたが、それより無数の強い光がぼくを射て、視界を失った。 続いて、カメラを押すような乾いた音が、立て続けに聞こえた。
 両手で顔を覆ったぼくは、股間を隠すことすら失念していた。
 
野ばら17

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