第2回 とくしまマラソン

〜 強風との闘い 〜



2009年4月26日、第2回とくしまマラソンが開催された。
去年、初めて開催された新しいレースだが、去年の時点では、翌年以降も継続して実施するかどうか未定だった。神戸淡路鳴門自動車道の全線開通10周年記念行事として、取りあえず1回やってみて、成功だったら継続することも検討する、っていうスタンスだった。初めての開催だったので、多少の不手際とかはあったが、基本的にレースは大盛況だったし、これからも継続して欲しいっていう参加者の声が圧倒的に多かったため、無事、今年も開催されたのだ

なんと言っても、このコースは坂がほとんど無くフラットなのが魅力だ。四国でもマラソン大会は多く、四国のような田舎だとフラットなコースがいくらでも取れそうな気もするが、それは間違いで、田舎のレースの大半は坂が多い。マラソン大会の一番のネックは交通規制だ。警察が納得しないとマラソン大会は開催できないのだ。その点、交通量の少ない山間部や島なら特別の大がかりな交通規制をしなくても42kmのコースを確保するのは比較的簡単だ。ただし、この場合、どうしても坂が多いコースとなってしまう。フラットなコースというのは、むしろ東京マラソンのように都会のど真ん中を走るレースの方が期待できるのだ。
我々の近場で手頃なフルマラソンと言えば11月に開催される小豆島タートルマラソンだが、これも坂が多いと言うより、まるでほとんど坂の連続のようなコースで、かなりきつい。その点、この徳島マラソンは大河川である吉野川の真っ直ぐな堤防の上を走るので、ほとんど坂が無いのだ。しかも、坂が無いのに制限時間が7時間と長く、初心者に非常に優しいレースなのだ。沿道の人たちのもてなしも暖かく、人気になるのは当然だ。たぶん、これから毎年開催されるんじゃないかな。よかったよかった。

ただし、好評を博したのは良かったのだが、好評を博し過ぎて人気が殺到し、ものすごい申し込み状況となったのだ。案内が届いたのは11月下旬で、申込期間は11月22日から2月26日となっていた。3ヵ月間もある。去年は定員3000人に対して申込者数が5814人となり、予想外に多かったため、急遽、参加人数を増やして5000人にした上で抽選をした。5000人まで増やすんなら、ついでにあと814人増やして全員参加させてあげたらいいのにと思ったものだ。
これに懲りてか、今年は最初から定員を4000人にした上で、先着順となった。去年の人気からすれば、あんまりゆっくりはできないだろうとは思ったが、ま、12月に入ってから申し込みしたので十分だろうとタカをくくって放っておいた。すると、石材店が血相を変えて飛び込んできた。

(石材店)「ててて、てぇへんだ、てぇへんだ、こ隠居!」
(幹事長)「なんだ石材店か。うるせぇな。一体なにがてぇへんなんだ?」
(石材店)「申し込みが殺到してるんですぜ!」


大会のホームページを見ると、なんと毎日1000人ずつ申込者が増えているのだ。この調子じゃ1週間もしない間に定員オーバーになっちゃう。

(幹事長)「こら、いかんがな!慌てて申し込みせんといかんがな!」


申し込み方法は振り込みとインターネットがあり、通常、僕らは振り込みを好むのだけど、こんな状況じゃあ振り込みした金が届く前に定員オーバーになるのは見えているので、二人で大慌てでインターネットで申し込んだ。そして、やはり、1週間もしない間に受付は終了してしまったのだ。

(幹事長)「こら、一体、何が起こったんだ?」
(石材店)「マラソンブームなんですかねえ」


確かに、近年、若い女性を中心にマラソンがブームらしいが、それは若い女性の多い都会の話かと思ってた。実際、この近辺のレースに出ても、おっさんやおばちゃんは溢れるほどいるけど、若い女性がそんなに増えているとも思えない。

(石材店)「甘いですねえ、幹事長。徳島と言ったら関西圏ですよ。大阪や神戸から気軽に来れますよ」

しかし、徳島マラソンはフルマラソンだ。昨日や今日、ランニングを始めたばかりの人が気軽に出るとも思えない。

(石材店)「甘いですねえ、幹事長。彼女たちは気合いの入れ方が違うから、1年もすればフルマラソンに出てきますよ。
       それに、なんと言ってもこのレースは、坂が無いうえに制限時間が7時間もありますからね」


この異常なまでの人気のため、予想通り、ペンギンズのメンバーでも申し込めなかった人が続出し、去年、一緒に行ったテニス君は、たまたま出張で長期不在だったため申し込むことができなかった。きびしーっ!

聞くところによると、徳島マラソンの1週間前に開催される長野マラソンなんか、申し込み受付開始から2〜3時間で修了になったらしい。こうなると、みんなパソコンの前に陣取って、受付開始と同時にパソコンを叩きまくらなければならない。なんとなく受付方法を考え直さないといけないかもしれないよなあ。

てことで、高松から遠征するメンバーは、僕と石材店の二人だけとなった。



さて、無事申し込めたのはいいが、今年は難問が待ち受けている。トレーニング不足だ。

(石材店)「いつもの事じゃないですか」

もちろん、トレーニング不足はいつものことだ。たいていは、石材店の数分の一しか走っていない。しかし、それでも、フルマラソンを控えた時期になると、それなりに走り込んできた。2ヵ月くらい前からは週末に20kmくらいは走り、一度は30kmくらいまで走って自信をつけていた。

(石材店)「よくもまあ、その程度の練習で自信がつきますなあ」

ところが今年は、3月から青森に転勤になってしまったため、この練習すらできなくなったのだ。

(石材店)「忙しくて?」
(幹事長)「寒くて」


3月いっぱいは外はまだ雪で、とても走る気持ちは沸かない。4月になるとだいぶマシになってきたが、それでもゴールデンウィーク直前にも雪が降ったくらいだ。3月は外へ出る気が起こらないのだ。そのため、単身赴任寮のトレーニング室にあるランニングマシーンでの練習だけとなる。
それから、これまでは専ら週末だけにトレーニングしてきたが、逆に週末は家に帰省して忙しかったりするので、トレーニングは平日の夜になる。会社から帰ってきて、ひと走りするのだ。しかし、これが苦痛。

(石材店)「忙しくて?」
(幹事長)「つまんなくて」


みなさん、ランニングマシーンって使ったことありますか?恥ずかしながら私、初めてなんです。こんなにつまんないものだとは思わなかった。まあ、確かに、走るって言ったって、同じ場所にとどまったままピョンコピョンコと走ったフリするだけなので、こんなん走った事になるのかなあっていう疑問は以前から持っていた。家内が以前、スポーツジムに通っていたことがあり、その時に使った経験から言えば、意外に実際に走るのと同じような感じで、それなりに運動になるとの事だったが、半信半疑だった。
で、実際に使ってみると、確かに、疲労度は、本当に走っているのと同じような感じだった。同じ場所にとどまったまま跳ねているだけの割には、本当に走っているかのような疲れ具合なのは不思議だ。慣性系の法則から言えば、地面が止まった上を走るのと、地面が動いて自分が止まったままなのは、相対的には同じなので、効果的には全く同じではある。動いている電車の中を逆方向に走っているのと、同じと言えば同じだ。科学少年である私としては、頭では理解できることだ。しかし、感覚的にはピンとこないところなので、かなりの意外感があった。てなことで、練習効果という観点から言えば、ランニングマシーンは、本当に走るのと同じような効果が得られそうだ
しかし、効果はともかく、精神的には、こら全くつまらない。同じ場所でひたすら走るなんてアホみたい。イライラしてくる。精神衛生上悪い。おまけに空気の循環がないトレーニング室の閉じられた空間の中では、風が無いから汗がボタボタと下に落ちる。普通、走っていると汗をかくけど、外を走っている限り汗は落ちない。前からの相対的な風で乾いていくからだ。シャツなんかは汗でビショビショになるけど、顔は塩がふくだけで汗は落ちない。しかし風が無いトレーニング室の中では乾かないから、不快な汗がダラダラ流れるのだ
もともと僕らは記録をねらうために走っている職業ランナーではない。当たり前だ。楽しいから走っているだけだ。その延長線上でレースにも出ているだけだ。あくまでも普段のランニングが楽しいから走っているだけだ。それなのに、レースに出るために、こんなつまんない練習をするなんて本末転倒だ。籠の中のブロイラーだ。

(石材店)「例えがよく分かりませんが、つまんなそうですね」
(幹事長)「発狂しそうになるぞ」


ただし、寮の食事は朝食も夕食も非常に充実していて、意識的に運動してないと、それこそブロイラーのようになってしまう。苦痛でも運動する必要がある。
最初は慣れていないこともあって3kmも走れば疲れてきて止めていた。そのうち慣れてくると、だんだん距離を延ばし、なんとか10kmくらいは走れるようになった。しかし、それが限界だ。それ以上走るのは精神的に不可能だ。どんなに頑張っても10km走るのは非常に苦痛だ。
てことで、たいていは5〜6kmくらい走れば上出来だ。その代わり、仕事で帰宅が遅くならない限り、週に3〜4回は走る。合計で言えば、週に20kmくらい走っているから、週末に20km走っていた従来の練習量と同じだ。ただし、週末だけに20km走るのと平日に3〜4回、5〜6km走るのと、どういう風に効果が違うのか、分からない。

(石材店)「両方やれば一番いいんですけどね」

石材店は、フルマラソンが近づいてくると、平日の朝、出勤前に5〜10km走り、週末には20〜30kmくらい走っている。そら、そこまでやれれば一番いいのは分かっているが、そこまでやる気はない。そこまででなくても、金哲彦氏なんかのアドバイスでは、週末に10〜20km走り、あと週中に2回ほど3〜5kmほど走ると、非常にいいらしい。ま、しかし、僕にとっては非現実的なプランだ。
で、いくら週に3〜4回走っているとは言え、長距離を一度も走らずにレースに臨むのは、いくらなんでも無謀なので、レースの1週間前に一度だけ外を20kmほど走った。2月初めの丸亀マラソン以来の長距離走だったが、意外になんとか走ることはできた。ただし、ギリギリな感じ。もう限界って感じ。1週間後に42kmも走れるとも思えない感じ。う〜ん、どうしましょう。



待ちに待ったゴールデンウィークと共に徳島マラソンがやってきた。前日の午前中まで雨だったが、うまいこと雨も上がり、天気は良い感じ。ただし、風が異常に強い。勢力の強い低気圧の影響で、まるで台風みたいな強風だ
早朝、石材店が車で迎えに来てくれる。石材店はレースで全力を使い果たすから、レース直後に帰りの車を運転するのは危険かもしれないってことで、去年は僕の車に乗り換えて出発したが、今年はそのまま石材店の車で出発だ。
駐車場になっている吉野川の河川敷に車を停める。そんなにすごく早く到着した訳ではないが、意外に車は少ない。地元の人は、どうやって来るのだろう?駐車場からはシャトルバスでスタート会場の中央公園まで運んでくれる。

受付を済ませ、着替えにかかるが、何を着るか、またまた悩んでしまう。去年は天気も良く、暑いくらいだったので、着るもので悩む余地は無く、当然のように半袖Tシャツだった。しかし今年は、気温そのものは例年並みのような気もするけど、ものすごい強風のため、体感温度は非常に寒い。凍えそう。半袖Tシャツの上に長袖シャツを着て、さらにウィンドブレーカーを羽織りたい気分。

(石材店)「何を考えとんですか。走る前から完全に受け身ですねえ。もっと攻める姿勢を見せてください」

攻めの石材店は迷うことなく半袖Tシャツ1枚になった。彼は最後まで全力で疾走するから熱を発散し、最後まで体が熱いから、半袖がいいのかもしれない。しかし、僕のように後半は一気にペースダウンすると、体が冷えてくるのだ。周囲を見渡しても、長袖シャツの上からランニングシャツを着た人とか、シャツの上に防寒用のビニール袋をかぶった人とか、結構いる。みんな寒いんやんか。悩みに悩んだ結果、長袖シャツ1枚にした。更衣室の中では問題ないかな、と感じたのだが、外へ出てみると、さっそく寒くなる。やっぱり2枚重ねした方が良かったかなあ。
風が強いので帽子は被らない方が良さそうだ。帽子嫌いの僕としては、これは問題ない。あと持ち物も考えなければならない。去年はティッシュを持っていかなかったため、トイレ探しの時に冷や汗をかいた。結局、探し当てたトイレにペーパーがあったから良かったものの、林の中で用を足す羽目になったときの事を考えると、ティッシュは必携だ

(石材店)「だから去年もティッシュは必携だって忠告したのに!」

当然、タオルも必要だし、長時間の戦いとなるフルマラソンでは後半の疲れを紛らわせるためにウォークマンが必携だ

(石材店)「だから、もう少し攻めの姿勢を見せて下さいってば!」

悩みながら歩いていると、徳島支店の片岡選手に会う。片岡選手は数年前からマラソンを始め、ヒマにあかして色んなレースで会う。去年の夏の汗見川マラソンでもゴール後の清流の中で出会った。それ以来の再会だ。

(幹事長)「何しよん?」
(片岡)「今からみんなで写真撮るんや」


徳島支店から参加したみなさんで集まって写真を撮るというので、我々もノコノコと着いて行く。誰かと思ったら、内藤副支店長もいるではないか。

(幹事長)「あれ?内藤さんもマラソンやってましたっけ?」
(内藤)「いやいや、片岡くんに刺激されて最近はじめたんよ」
(幹事長)「最近て?」
(内藤)「今年に入ってからかな」


走り始めて数ヶ月でフルマラソンだなんて、なんて大胆な。でも、ほかの人たちは、みんな鍛え上げられた早そうな人たちだった。しかも人数が多い。写真に写っている人だけで20人くらいいるが、他にもいっぱいいる。

(石材店)「それにしても、この写真、どう見ても我々が中心になってますねえ」
(幹事長)「ほんま。何も考えずに入ったんだけど、完全に我がもの顔してるなあ。ペンギンズのメンバーが一気に増えたみたい。
       ちょっとまずかったかな。徳島支店の皆さん、ごめんなさい」

徳島支店さんの集合写真のど真ん中に図々しくも鎮座する幹事長と石材店
(ペンギンズのメンバーが一気に拡大した訳ではありません)


写真を撮ったりしているうちに、太陽も上がってきてなんとなく暖かくなったような気がしてきた。スタート時間も近づいてきたので、下も短パンになってスタート地点に移動する。
ところが、スタート地点に着くと、再び強風が吹き荒れてきて、ものすごく寒くなってきた。しかし、もう仕方ない。震えながらスタートを待つ。
遠くで開会セレモニーが行われているらしいが、ランナーが多くて、僕が待っている辺りでは何も見えない。ゲストランナーには有森裕子が来ているらしい。お目にかかれる機会はあるだろうか。

いよいよスタートとなるが、このレースはタイムを体に着けたチップでネット計測してくれるので、焦る必要はない。スタート地点まではみんなダラダラ移動する。スタート地点からは当然、走り始めるが、今年は完璧なまでの練習不足のため、完走できる自信が無く、とにかく行けるところまで行ければいいか、などという受け身の姿勢なので、最初は極力抑え気味に走る
なーんて偉そうに言ったが、意識して極端に抑え気味にした訳でもなく、普通に無理せず走った程度なんだけど、時計を見ると、最初からいきなり、かなり遅い。この大きな原因は、やはり強風だ。前半は吉野川の北岸の堤防の上を西に向かって走るのだが、北西の強風はモロに向かい風になるため、非常に厳しい状態なのだ。この強風とまともに戦い、前半で多少無理したって、それで短縮される時間なんてタカがしれていて、その無理がたたって後半でロスする時間の方がはるかに大きい。なので、できるだけ後半も持つように、前半は遅い方がいい。無理して風と戦うことはない。最初の10km辺りまでは、遅いながらも、非常に正確に同じペースを維持して走る
急に前方で歓声が聞こえる。周辺に人家も無いようなところで何事かいな、と思ってみると、なんと有森裕子がコースの真ん中に立って選手にハイタッチしている。うわお。ラッキー。僕も思わず駆け寄ってハイタッチしてもらう。こういうのがあると元気が沸いてくるなあ。

去年は、この辺りでお腹を壊し、爆発寸前で奇跡的にトイレを見つけ、そこに何十分もこもったりしたのだが、今年は二度と同じ間違いをしないように、前夜の夕食は控えめにし、当日の朝食も控えめにし、さらにレース前の水分補給も控えめにしたため、お腹の調子は悪くない。
ただし、気温が低いせいか、尿意を催してしまった。この大会の最大の弱点はトイレの整備だ。3kmおき程度には仮設トイレがあるのだけど、どこも数が少なくて長蛇の列ができている。だから、去年もそうだったけど、大にしても小にしても、ちょっと列にならぶ気がしない。どこかこっそり用を足せるところは無いかなあ、なんて探しながら走っていると、同じ様な状態の人も多いらしく、近くに林があったりすると、そこに飛び込んで小用を足すランナーが多い。僕も我慢できなくなって、みんなと並んで用を足した。

これでペースが狂ったのか、あるいは、ますます強くなる風のせいか、ペースが落ちてきた。天気が良かった去年でさえ、この辺りは向かい風が強かった。後で聞くと、ここは地形のせいで年中、北西の風が強いんだそうだ。
誰かを風よけ代わりにして後ろからぴったり付いていきたいのだけど、これが意外に難しい。まずは、ちょうどいいペースの人が必要だ。あんまり前半で無理したくないから、早い人は駄目だ。だからと言って、あんまり遅い人も駄目。しかし、ちょうどいいペースの人って、なかなか探しにくい。しかも、理想を言えば、ちょうどいいペースの人が3人くらい横に並んで走ってくれていると嬉しいんだけど、そんなうまい話はある訳ない。たいていは一人だ。しかし、集団で走っている人たちの後ならいいけど、一人で走っている知らないランナーの後をピタッと付いていくってのは、なかなかやりにくい。なんとなく気まずい。だがしかし、風よけ無しというのも非常につらい。結局、時々、気づかれないようにちょっとだけ誰かを風よけにしたり、バレそうになるとすぐ離れたりしながら、気ばかり遣って、あんまり意味のない走りになる。体力的には、ほんの少しは意味があったかもしれないが、精神的には疲れてしまった。

なんとか20km地点までたどり着き、もう少しで後半に突入する。後半になれば吉野川の南岸の堤防を東に向かって走るので、今日の強風は追い風になる。あと少しで楽になれるのだ。
と期待したのだが、折り返しまでの残り1kmが無茶苦茶な強風の向かい風となった。どんなに頑張っても、前へ進まない、みたいな。もう歩いているのと変わらない、みたいな。歩いた方が飛ばされないから、むしろ早いかも、みたいな。まるで急な山道を登っているような感じだ。前半は無理しない方針だったけど、もうあと少しで折り返しなので、早く後半に入りたいので、もう必死で走って、なんとか折り返し点に到着。
期待どおり、折り返したとたん、ものすごい追い風で、ルンルンって飛ぶように軽やかに走れる。気持ち良い。

このレースは制限時間が7時間と大甘なので、前半を走りきれば、後半は歩いたってゴールできる。実際に後半をベタ歩きするのは、それはそれで20kmウォーキングになるので、それはすごくしんどいから、あり得ないのだけど、なんとなく精神的に楽だ。走れるところまで走れればいいや、って感じで。
そういう気楽さで後半に突入したうえに、特に今日は後半はすごい追い風になったので、なんとなく気分が楽になり、楽しくなってきた。23km辺りで西条大橋を渡って吉野川の南側に移る。前半の北岸は、コースはずっと堤防の上の道路なので、周辺にはほとんど人家も無いが、後半の南岸は堤防の下の道路を走ったりもするし、周辺に人家も多いから沿道の人たちの声援やお接待が絶えない。なので、ますます楽しくなってくる。

そんな感じで気楽に走り始めた頃、前方に片岡選手の弱った姿が見えてきた。前方に見えたと言うことは、ここまでは僕より早かったということだ。ううむ。侮れない。しかし、なにやら足を引きずっているように見える。

(幹事長)「おーい。どしたん?」
(片岡)「いかん。足がつりそうなんや。前半の向かい風が堪えた」
(幹事長)「もうちょっと行ったら接待があるよ」


そうなのだ。25km辺りには、いよいよ一番楽しみにしていたそば米汁の接待所があるのだ。
そば米ってのは、玄米みたいな感じだが、そばの実の殻を取ったものらしく、それが味噌汁のようなものにたくさん入っているのだ。去年は、この辺りではもう完走を諦めかけていたのだが、このそば米汁の接待で生き返った。本当に美味しかった。
期待した通り、今年も同じ場所でそば米汁の接待があった。しかも、今年はそれに加えてソーメンの接待もあった。冷たいソーメンを食べ、それから暖かいそば米汁を食べ、そしてトイレで用を足す。こんな事をしてたら5分くらいは、あっという間にロスしてしまうのだけど、記録を狙って走るハーフマラソンと違い、ま、5分くらいは誤差の範囲だ。しかも、これで元気が回復すれば、完走できる。
さあ、ここからが真の勝負だ。

(石材店)「ソーメンやそば米汁をのんびり食べながら、何が勝負なんですか!?」
(幹事長)「完走できるかどうかの勝負じゃよ」


恥ずかしながら、これまで何回もフルマラソンを走ってきたが、ゴールはするものの、最初から最後まで一度も歩かずに、文字通り完走した事はない

(支部長)「それは恥ずかしい」
(幹事長)「ハーフマラソンですら歩きまくる人に言われたくないぞ」


坂が多い小豆島タートルマラソンは、終盤の上り坂は絶対に歩く。どんなコンディションの時でも絶対に歩く。断言していい。坂が無いフラットな加古川マラソンでも、前半に調子に乗って飛ばしすぎて終盤は力尽き、ベタ歩きだった。去年の徳島マラソンは、お腹を壊して終盤は歩いたり走ったりの繰り返しだった。
今日も前半は台風のような向かい風で極端に体力を消耗したから、絶対に完走は無理だろうと早々と諦めていたのだけど、後半に追い風になって、思いのほか楽になったから、結構、行けそうだ。さすがに足は重く痛く痺れ始めているのだけど、風に乗ってどんどん前に走れてしまう。ペースもなかなか落ちない。不思議な感じ。

おまけに後半は次から次へと接待が待っている。竹輪やいちごや冷えたトマトなど美味しいものがどんどん出てくる。なんちゅうても、もうお昼どきだ。しかも走り続けているんだから、お腹はどんどん空いてくる。ちょこちょことつまみ食いしながらでないと体がもたない。
それから、沿道の人たちの声援からも、どんどん元気をもらい、力が沸いてくる。地元の人たちの阿波踊りのパフォーマンスなんかもあり、苦しさを一瞬、忘れてしまう。
だんだん足が痺れて、と言うか、痛くなってきて、もしかして肉離れか何か起こしそうな気がして怖くなってきたときもあったが、両手にスプレーを抱えたスプレー隊のおねいちゃんの集団がいて、両足にたっぷりスプレー吹いてもらったら、なんとなく足が蘇った感じ。本当にスプレーが効いたか、精神的なものなのか、あるいは、そこで少し休んだからなのかは分かんないけど。

さすがに終盤になってくるとジワジワとタイムは落ちてくるが、それでも急激には落ちない。もしかして、最後まで走れるんじゃないか、って思い始める。

そろそろ力尽きてもいい残り5km程度の辺りにくると、吉野川の大きな堤防をはずれ、コースはちょこちょこと狭い道に入ったりする。変化が大きくなり、気分が紛れてくるため、なかなか力尽きない。
ふと前を見ると、おや、どこかで見た姿。そう、再び片岡選手が弱っている。あれ?またどこかで追い抜かれていたのかなあ。足が故障気味なのに、侮れない。

(幹事長)「あと、ちょっとやで」
(片岡)「もう限界かもしれん」


残り1kmちょっとというところに、すごく短いけど、急な下り坂がある。みんな思考回路が麻痺してきているから、何も考えずにそのまま一気に下るが、疲れた足に、それは危険だ。去年、痛い目を見ているから、僕は、下り坂だけど、むしろ立ち止まるようにゆっくりおりる。ここを一気に下ってしまうと、足の筋肉が耐えられずに故障してしまう。案の定、何人かの人がしゃがみ込んで苦しんでいる。
この坂を過ぎれば、あともう1kmちょっとだ。道路は一気に町中に入り、いよいよ気分が高揚してくる。ここまで来れば完走は間違いない。あとは少しでも頑張って記録を縮めたい、と言いたいところだが、タイム的には、多少頑張ったところで平凡なタイムであることに変わりはないので、あんまり気合いは入らない。それでもレース途中で何回も何十回も抜きつ抜かれつしたおばはんに、最後は絶対に勝ちたいと思う気持ちもあって強引なスパートかける。
ゴール地点である徳島市陸上競技場に入ってくると、既に早々とゴールした石材店が待っていてくれて、写真を撮ってくれる。毎度毎度、ありがたいことだ。石材店は早いから、誰も写真を撮ってくれないのが気の毒だ。

爽快な気持ちでゴールすると、なんと再び有森裕子がハイタッチで迎えてくれる。ご苦労様です。

それにしても、前半の厳しい戦いを考えると、最後まで歩かずに完走できたのが嘘のようだ。本当に嬉しいな。

(中山)「完走、完走って嬉しそうに言ってますけど、そば米汁とか食べてる時は、歩くどころか、完全に立ち止まっているでしょ?」
(幹事長)「て言うか、座り込んでいるけど」
(中山)「それって完走っていうんですか?」


ゴールすると、暖かいうどんが待っている。本来なら、讃岐うどんに比べると、うどんとは呼べないような味だけど、疲れた体に暖かいうどんが、とっても美味しい。

(幹事長)「タイムはどうやった?」
(石材店)「前半の風が非常に厳しかった割には、去年より数分早かったですねえ」
(幹事長)「わしなんか数十分も早くなったぞ」
(石材店)「それは去年、便所で何十分も座り込んでたからでしょ!」


石材店は、僕を待っている時間でマッサージを受けたらしい。そのおかげで、去年より早かったのに、足の疲労は軽くなったようだ。彼は、色んなレースで、ボランティアによるタダのマッサージを受けている。早い人は、マッサージを受けられて、良いなあ。
一方、僕は、去年は戦いを放棄したので、ゴール後も足はあんまり痛くもなかったけど、今年は最後まで走ったせいか、最近には珍しく足が痛い。

(石材店)「ほんまに珍しいですねえ。最近は、どのレースでも全力を出さずに余力を残しまくってますからねえ。
       一昨年のタートルマラソンの時なんか、帰りの船に乗り遅れそうになって、レース中より早いスピードで
       港に走っていきましたからねえ」


ま、久しぶりに、そこそこの達成感が得られたレースではあったな。

(石材店)「そうそう、レースでの途中で、「おたく石材店?」って声をかけながら追い抜いていった人がいるんですよ」
(幹事長)「知らない人?」
(石材店)「まったく」


このホームページを見て我々の顔を覚えていてくれる人も結構いるんだけど、それにしても、石材店の後頭部がそれほど特徴的とも思えないのに、後から抜いていきながら分かるなんて、すごいなあ。
その後の「みんなの広場」への書き込みにより、この方は某塚製薬のみっきいさんと判明しました。どこかのレースで、またお会いして、交流を広げていきたいですね。



(石材店)「レース後のゴールデンウィークに遊びまくっていた割には、意外に早い掲載でしたね」
(幹事長)「焦らんと次のオリーブマラソンが迫ってきてるからなあ」


オリーブマラソンに参加する良い子のみんなは、頑張って練習しとこうね!


〜おしまい〜




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