歳三さんのお姉ちゃんと従兄のお兄さんの話。

らん姉ちゃんと彦五郎さん

 

土方らん(13歳)



 

初めて結った『ふくら雀』は、思ったよりも大きくてまぁるくて。

急に大人になれたような気がして嬉しかった。

今までは、喜六兄さんのお嫁さんのなかさんが、私の髪を結ってくれていたけれど。

今日は、初めて 『お姉さんの髪型』 を結うから、と髪結い屋さんを呼んでくれたの。

たくさんの櫛と、鬢付け油のにおいにドキドキして、自分の頭の形が変わっていくのが面白くて……。

私、ずっと鏡の中を見ていた。

 

ぎゅうぎゅう髪の毛を引っ張られるのは痛かったけれど……。

毛たぼをつけて、くるり髷を作って。

鬢付け油で固められて柔らかくしっとりとなった髪に、私は嬉しくって、一日でいっきに5つも歳をとったような気がしたわ!

 

本当はお正月に結えたらよかったんだけど。長さがまだ足りなかったから……。

もう春になっちゃった!

お庭では鶯が鳴いていて、桜のつぼみもやあらかくなってきたから。

彦五郎さんに見せに行こうかな?

私の姿、見たら何て言うかな?

ふくら雀を結ったから、これからはもう歳三と一緒に走り回ったりするのはやめなくっちゃね。

髪の毛がつぶれないよう、お家で静かにしていなくちゃ!

 


 

佐藤 彦五郎(17歳)



 

俺の従姉妹に土方らんちゃん、っていう子がいる。

俺より四つ年下の、人形みたいな子だ。

勿論可愛い子だから、村中の男たちが黙っちゃいない。

大きくなったら、誰のところへ嫁に行くのか、寄ると皆で話したもんだ。

皆、自分こそが彼女の夫に相応しい! なぁんて息巻いてさ。

用もないのに石田村をウロウロしては、彼女に話しかける機会をうかがっていた。

 

らんちゃんの大きな目、形の良い唇。

どこをとっても、ここいらじゃあお目にかかれない位の別嬪で、みんなが騒ぐのもそりゃあわかる。

けどさ。

こっちは、らんちゃんが赤ん坊の頃から知ってるからな。

女っていうよりも、妹ってぇ目でしか見れやしねえ。

 

何てったって、ついこの間までケシボウズってぇ、幼児の髪型をしてたんだぜ?

そんな子が急に女に見えるかってんだ。

 

「ケシボウズの頃だって、そりゃあ確かに可愛いっちゃあ可愛かったけどよ……」

短い足で、必死に俺の後ろをとことこ付いてきたらんちゃん。

赤い可愛いべべ着てさ。くりっくりのちょっと茶色い目で俺を見上げて

「ひこごろーさん」

なぁんて、舌ったらずな声で言われてみろよ。

たいていのヤツは落ちるってもんだ!

 

――もちろん。俺も例外じゃなく。

思わず彼女を抱きしめて、頬ずりをしちまった。

そんで、その時固く心に誓ったんだ!

俺の目ン玉が黒いうちは、絶対らんちゃんに悪い虫は近寄らせねぇってね!

 

俺は文机に頬杖をついて外を眺めながら、可愛いらんちゃんを思い出してだらしなく頬をゆるめた。

あの可愛かったらんちゃんも、もう13歳になった。

「早いもんだな……」

毎年正月に顔を合わせるたびに、大きくなっていて驚かされる。

月日がたつのは恐ろしく早い。

俺はそんなことを思いながら、名主の仕事から現実逃避して外を眺めていたが、向こうから来る人影に気付いて、おやと目を瞬かせた。

「ありゃあ、為次郎さんだ」

間違いない。

相変わらず趣味の良い絹の着物を着て、片腕に大事そうに小さな弟、歳三を抱きかかえている。

木の間隠れに為次郎さんたちを見ながら、俺は慌てて文机の上を片付けると、いかにも仕事をしていますというように姿勢を正して座った。

為次郎さんは、家のものと一言二言話して、玄関へと向かってくる。

 

為次郎さんの後ろにいるのは……ありゃあ、誰だ?

見たことのない娘だ。

桜色の着物を着た、とびっきりの愛らしい娘がいる。

まるで美人画から抜け出てきたような別嬪に、ドクンと俺の心臓が飛び跳ねた。

明るい黄緑色の鹿の子のちんころの横で、くすだまみたいな髪飾りのぶら下がりが揺れている。

歩くたびに涼しい鈴の音がちりちりと聞こえ、ふぅわりと良い香りまで漂ってきたような気がした。

 

あまりに見つめすぎたのだろうか?

ふいに娘がコチラに気づく。

思わず見とれていた俺は、びくりと肩を跳ね上げてみっともなくうろたえた。

口がバクバクと開閉するのに、肝心の声が出てきやがらねぇ。

首からどんどんと顔まで真っ赤になり、我ながら情けなくなってくる。

 

だけど娘はそんな俺を軽蔑するどころか、パァッと花のほころぶような笑みを浮かべると、こっぽり下駄をポクポクと鳴らしながら、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「彦五郎さん!」

「……は?」

え、何?

聞き覚えのありすぎる声に、思わず目が点になる。

「見て! 初めてふくら雀にしたの! 似合うでしょ?」

「あんた……あんた、もしかして、ら、らんちゃん……か?」

ひでぇ。何てこった。声が掠れやがる。

ぶるぶると震える指を向けながら俺が言うと、娘はきょとんとして

「私以外に誰がいるっていうの?」

俺の顔を覗き込むようにして、にっこと笑った。

 

――なんてこった!

 

まさか、ちょっと会わねぇ間に、こんなに大きくなってるなんて!

おい、おいおい、おい……!

俺は額をぱしりと叩いて、為次郎さんを呪った。

らんちゃんをこんなに可愛く着飾って、連れまわしてんじゃない!

「ああ……」

思わず特大のため息が出る。正直頭が痛い。

らんちゃんのこの姿を見た連中が、ますます大騒ぎをするのが容易に想像できて、俺はがっくりとうな垂れた。

 

急に頭を抱えて唸りだした俺に、らんちゃんはびっくりしたような顔をして、2,3歩後ずさると

「……彦五郎さん」

遠慮がちに俺の名を呼んだ。

「なん……」

だい? そう言おうとしたのに。続きが俺の口から出ることはなかった。

だから! どうしてこの子は、こんな目で俺を見るの?!

泣きそうに歪んだ顔で、不安そうにうっすらと目に涙を浮かべ、らんちゃんが俺を見ている。

「……似合わない?」

もう! 何、この可愛い子っ!

か細い声で言うらんちゃんに、俺は膝を叩いて悶えそうになるのを必死に堪えると、むずむずとする口に必死に力を込めて笑みを形作った。

「似合わねぇなんて言うヤツがいるもんかい! らんちゃんがあんまり綺麗になったからびっくりしてさ!」

おずおずとらんちゃんが顔を上げる。

「よく見せておくれ」

窓から手を伸ばして、柔らかな頬に触れると、らんちゃんはぷっと頬を膨らませて、目元を赤く染めると

「……彦五郎さん、髪の毛崩れるから触らないで!」

ぷいと横を向いて、俺の手を払った。

前は頭を撫でてやると、あんなに喜んでいたのに!

手を振り払われるなんて初めてだったから、ショックで声も出やしねぇ。

「許可なく女の子の顔に触っちゃダメなのよ!」

ツンと小さな口を尖らせてお説教をするらんちゃんに、俺はがくりとうな垂れて

「はい」

力なく頷いた。

髪型と帯が変わっただけで、急に大人ぶったらんちゃんは俺を見て

「仕方のない彦五郎さんねぇ」

と苦笑する。

――俺、マジで凹んでいい?

畳に両手を付いてうな垂れる俺とらんちゃんの会話を聞いていたんだろう。

「彦五郎さん、アンタも相変わらずだな……」

いつの間に来たのか、為次郎さんは心底呆れきったような声でそう言った。

相変わらずってなんだよ!

俺、もう本気で凹んでいい?

 

しばらく立ち直れないかも……。

  

 


2009.10.20

2011.5.28