人形遊びは危険な罠
VOL.12
「ヴィンセント先輩、私と居て、貴女は楽しいんですか?」
テラスで、幾つも並んでいるテーブルから、木陰に一番近い場所を選んで、ヴィンセント先輩が、紳士宜しくエスコートをしてくれる。
私が膨れっ面のままで居ると言うのに、ヴィンセント先輩は始終にこやかだった。
「と居て楽しい、って?」
私の椅子を引きながらヴィンセント先輩が、私の耳元でクク、と喉奥で笑った。
その低い声音が、耳の奥底まで響いてきて、私は思わず身を震わせる。
「楽しくない、なんて言う筈がないだろう?」
一瞬後に、楽しそうな声が聞こえてきて、私はヴィンセント先輩を視線で追う。
「変な人。私と居て楽しいなんて、ちゃん以外の誰も言ってくれないわ」
ヴィンセント先輩が、私の椅子から離れて、向かいの椅子へと優雅に腰を下ろす。
短い白金糸が、風にふわりと揺らいだ。
「イアンが居るんじゃないのかい」
「イアン?」
小さく微笑みを浮かべているヴィンセントが、軽く右手をあげると侍女が近寄ってきて。
私は、ヴィンセント先輩の言葉に軽く眉を寄せるけれど、侍女へと視線を向けて、顔を俯けた。
「頼むよ」
ヴィンセント先輩が、侍女に耳打ちすると、頬を真っ赤に染めて侍女が足を翻した。
一体何を言ったのかは知らないけれど。
「最近よくイアンと居る所を見かける、と他の子たちから聞いたよ」
「よりにもよってイアンなの?」
私は、嫌悪感を含ませて眉を寄せ、唇を尖らせた。
ヴィンセント先輩は、肘をテーブルの上について、私の方に身を乗り出すようにして頬杖をつく。
「確か、キミの大事な人形さんとも、仲が良かった。人形さんと仲が良い子ならば、人形さんの傍に居るキミとも仲が良いのは、不思議ではないね?」
「止めてください」
私がムと眉を寄せると、ヴィンセント先輩は口端で小さく笑みを象った。
「如何してそんなに嫌うのか、理由がわからないね」
「理由?そんなの一つしかないわ」
「人形さんの傍に居るから?けれど、それは可笑しくないかい」
「え?」
ヴィンセント先輩の言葉に、私は益々顔を歪ませていく。絶対今日の私は可愛くない。
けど、聞きなれない言葉に、私は顔を上げた。
「人形さんの傍にいるのは、イアン一人じゃない。なのに、イアン一人を嫌うのは、可笑しくないかい」
「イアンだけじゃないわよ。私はちゃんに近づく全ての人が嫌いだわ?」
「全て?ジオラルドは?」
「はい?」
驚いたようにヴィンセント先輩が声音を高めた。
私は、ヴィンセント先輩に首を傾げる。
「おや、知らないのかい?」
「え、何、を?」
私が目を数度瞬きさせると、ヴィンセント先輩の目が細くなった。
「へぇ……」
見定めるように、それで居て何処か楽しげに、目の奥が光った。
私は思わず黙り込む。
「の事を何でも知っていると吹聴している割りには、何も解ってないんだな?」
「え……」
「私も、の周りをうろつく人間の一人だ。もっと、警戒するべきじゃないのか」
私が口を開こうとすると、ヴィンセントはもう一方の手の人差し指をたてて「シ」と黙るように囁いた。
「…………」
風に揺られて、ザザーっと木の葉の擦れる音が聞こえてきた。
「私よりも、警戒する人間は、居ると思うけれどね?」
そして、ヴィンセント先輩の人差し指が動いて、私も、視線を動かした。
その先に見えたのは校舎で。
私は何を意味しているのか解らずに、けれど、身体が勝手に動いて椅子から立ち上がっていた。
その勢いで、私は、ヴィンセント先輩が示す方向へと足を進める。
如何して、何故。
何か、胸騒ぎがするのは、何故?
「可愛いお姫様は、人形遊びに夢中、か」
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後書き(言い訳)
遅くなってすみませ…っ(土下座)
2007/06/23 片桐
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