2 待ち人




好きなもの。

甘いもの。レース。ふりる。柔らかいもの。可愛いもの。

だって、私に似合ってるでしょう?

嫌いなもの。

辛いもの。男くさいもの。汚れるもの。ヒゲ。オバケ。

だって、私には似合わないんだもの。

中でも汚れるものはだぁいきらい。





「いい加減にしなさいよ!」

「何、其の服。そんなにフリルのついた服ばっかり着て。男を誑かしたいだけなんでしょう!」

ドンッ

散歩の途中、寮の中庭の影で、女の子二人に囲まれた。

両肩を二人に突き飛ばされて、背が壁に激突する。

痛いっ。

背中に走る衝撃に軽く眉を寄せる。

「…………」

「何か言いなさいよ!」

「いい加減に男ばかり見るのは止めたら如何なのよ!」

目の前に居る女の子が誰だかよく覚えていない。

私の事を知っては居るみたいだけど……確か、クラスメート…だったかしら?

ごめんなさい。名前も顔も、覚えていないわ?

「男の気を引く為だけによくこんな高い服ばかり買えるわね」

「そりゃ、確かに気持ちが解らない訳じゃぁ無いわ。アナタの気持ちは解るわ。けど、やりすぎじゃないの…?」

やりすぎも何も。

私の格好は真っ白で、可愛いひらひらのレースがふんだんに使われている、所謂ロリィタと言うファッション。

頭には真っ白な羽のように軽いヘッドドレス。

勿論、ペチコートもついてるの。

両手に抱えているのは私の服とお揃いで揃えた服を着ている茶色いクマのぬいぐるみ。

少し前に寮の部屋でインターネットをしていた時に見つけたの。

ジャパンと言う国の、極一部の人たちが着ている服みたい。

最初見た時はバカみたいに高くて。けど、見た瞬間に思ったの。

コレだっ!

ってね。

だって、この服が似合うのは私しか居ないの。

この服は私に着られる為に作られたものなのよ。

それを私が着て如何思われようとも、私の知った事じゃないわ?

この服を着れば、私の心が軽くなる。

私の心が弾んで、平坦な日々とさよなら出来るの。

だって、真っ白でひらひらで、可愛いレースなんて…まるでお姫様みたいじゃぁない?

「何時も何時も、男を侍らせて……」

「何様のつもりよ!」

私?

私の名前は

お姫様に決まってるじゃぁない?

それに、侍らせているつもりなんか無いの。

男の子たちが寄って来ちゃうんだもん。

私の所為じゃぁ無いわ?

「男にばかり色目を使って……。アンタ一人のものじゃないのよ!」

パンッ

目の前の女の子の右手が上がった、と思ったと同時に左頬にピリリ、とした感触が走った。

「…な、何よ、其の目は……」

「いい加減何か言いなさいよ!」

パンッ

今度は逆方向からもう一人の女の子が。

きっと頬が腫れちゃってる。

折角今日はお化粧がちゃんといったから気分が良くなっちゃって散歩に出かけたのにな。

というか、何か、と言われても、何を言え、と言うのかしら?解らないわ。結局何を言ったとしても、貴方たちの気が治まる事は無いんですもの。

何処に行っても同じ事の繰り返し。

折角、田んぼをしないで済むし、騎士の学校に入ったらきっと、私だけの王子さまが居る、って思ったのにな。

結局、何処に行っても、私が皆と同じような服を着ていない限り、同じような格好をしていない限り、コレは続くんだわ。

いやぁねぇ…。折角、あの田舎から出て来た、っていうのに。

折角、兄たちの呪縛から解放された、と思ったのに。

何処に行っても、女の子の考える事は同じ。

飽き飽きしてきちゃった。

平凡な生活に、飽き飽きだわ。

あぁ、駄目駄目。

コレでも私は騎士の見習い。騎士の卵。

騎士道にのっとって、女の子には優しくしなくちゃ、ならないんだけどなぁ?

「………。ゴメンなさい?」

クマのぬいぐるみから右手を外して、片方の女の子の頬へと軽く手を宛て、小首を傾げる。

手を動かした瞬間に、ふわり、と私がつけている香水の香りが周囲に散った。

甘い、甘い香り。

私の一番のお気に入りの香水。

小さく笑みを浮かべながら私がそう言うと、何故だか女の子たちは顔を真っ赤にしたの。

「し、仕方がないわねっ!今日はこのくらいにしてあげるわ。行きましょっ」

「え、えぇ…」

女の子の頬へとあてた手を振り払われ、右手が宙を掻いた。

女の子たちは私の手を振り払うとクルリ、と踵を返して、去っていく姿。

何度見てもよく解らないわ?

女の子の考えている事はよく解らない。

けど、そんな女の子も可愛いのよ?

ふふ。

「でも、痛ぁい…」

宙を舞っていた右手を頬へと宛てた。

叩かれた頬は熱を持ち、熱くなっている。きっと、腫れているんだわ。

もう、今日は特別な日だっていうのに。最悪。

「もー…あわす顔がないじゃない。今夜帰ってくる、って言うのに。」

ぷんぷん。

でも、仕方がないわ。女の子がした事だもの。何時までもそう言ってられない。

さ、早く帰ってお化粧のし直しをしなくちゃ。

「早く、帰って来てね、私の王子さま……ちゃん……」

三ヶ月も待ったの。

貴方の事を。

早く帰ってきて?

私にお話をして?

貴方の言葉は何時も私に夢を与えてくれる。

貴方の言葉は何時も私に元気を与えてくれる。

貴方の言葉は何時も私を幸福にしてくれる。

貴方は私の花。

貴方は私の源。

貴方が私を変えてくれた。

貴方が私の世界を変えてくれた。

早く帰って来て。







――――――――――

 next



黒っ!


2006/05/23
片桐誉