子供の頃、お伽噺を読んでは胸を躍らせていた。
困ったときには、いつも女の子を助けてくれる人がいる。
古ぼけた杖を持った魔法使いのおばあさん。
白い馬に乗った王子様。そして、そして!
颯爽と駆けつける若く美しい騎士達!
女の子なら、誰でも一度はお姫様を夢見るかもしれないけど。
何を間違ったのか。
アタシは守られるだけのお姫様じゃなくて騎士に憧れた。
剣を片手に、敵に立ち向かう強い騎士に!
初めてこの学校に来て、同室の子を見たときは正直大丈夫か? と思った。
いかにも守られるために生きているようなかわいいが、なぁんでお姫様じゃなくて騎士になろうとしているのかは本当に謎だけど。
授業内容を見て安心した。
カリキュラムは充実している。
ココで学べば、本物の騎士になれるって思った。
あたしが憧れた、騎士そのものに!
負けず嫌いな白兎
そりゃあさ。守ってもらうのは嬉しいよ?
助けてほしいときに手を差し伸べられたら、意地を張らずにその手を取りたいって思うよ。
でもね、守ってもらうだけじゃ嫌なの。
女の子だって好きな人を守ってあげたいじゃない?
だからさ。
アタシは騎士になりたいんだ。
どんなことにも負けず、立ち向かうのってカッコいいじゃん。
……って、思ってたんだけど。
「きっつ……!」
早くも決意は揺らぎそうです。
アタシは思わず庭に座り込んで、剣を地面の上に置くと空を仰いで荒い呼吸を吐き出した。
今はまだ授業は始まっていないけど。
休みの間に落ちた体力を取り戻したくて、アタシは一人こっそりと中庭で剣を振っていた。
本当は。一人で練習するよりも相手がいたほうがいいんだろうけど。
イアンに頼むのは……何となく気が引けるし。
頼めば二つ返事で引き受けてはくれそうだけど。
あの綺麗な顔に傷をつけるかもしれないと思うと、どうしても本気で打ち込めないのだ。
は……。
どちらかと言うと、アタシの中では守ってあげたい対象で……。やっぱり剣を向けるなんてことできない。
それにさ。
練習っていえど、いつものあのヒラヒラした服のズボン系? みたいな服で対峙されるからさ、なんか雰囲気でないし……。そんなに向かう自分が、なんだかケダモノ染みて見えてくるからサケタイ。
となると、やっぱり一人でやるしかなくって。
こうして、建物の影になった庭で、一人こっそり練習してたってわけ。
アタシは肩で息をしながら、真っ青な空に浮ぶ雲を眺めた。
「はぁ。きっもちいい〜!」
いい具合に汗をかいた身体に、地中海の潮風が心地いい。
今何時ぐらいだろう?
まだ昼前だとは思うけど。
茶色い古ぼけた塔に隠れて、太陽は見えない。
「静かだなぁ……」
何となくほんわかとなって、アタシはごろりと地面に寝転んだ。
まだ休み中のため、生徒の殆どは帰ってきていない。
校舎は、普段では考えられないくらい静かだ。
こんなに穏やかな日の下で校舎を眺めていると、自分が遺跡の中にいるような気がしてくる。
っていうか、遺跡そのものなんだけど。
普段は騎士達の活気に惑わされて遺跡なんてこと感じさせないんだけど。
こうして静かだと改めて古い建物なんだってわかる。
日に焼けた日干し煉瓦を積み上げられて作られた要塞。
建物と建物の間から僅かに見え隠れする、地中海の青!
首を後ろに傾けてさかさまに景色を楽しんでいると、歩いている赤い髪の男と目が合った。
いかにも遊び人という感じの男に、折角の爽やかな雰囲気をやぶられたような気がして、あからさまに顔をしかめて目をそらす。
あいつ。見たことある。
確かと仲のいい、一つ上の先輩だ。
あまりいいうわさを聞かないし、何より好みのタイプじゃないし。
係わり合いになって面倒に巻き込まれるのはゴメンだ。
(早くどっか行け!)
汗に張り付いた前髪を片手で持ちあげて男を無視して涼んでいると、そいつはあろう事はアタシの前に来て、挨拶も何もなく剣を鞘から抜いて構えて見せた。
マジっすか。
アタシとやろうっての?
じぃと男を上から下に眺めてみる。
荒々しい雰囲気。
だけど――隙が、ない。
面白い。
アタシはぺろりと唇を舐めると、剣を構えて対峙した。
男の釣りあがった目が細められ、ニィと唇に面白がるような笑みが浮んで、舌打ちする。
大した自信じゃない?
その鼻へし折ってやるんだから!
大地を蹴って、勢いに任せて剣を振り下ろす!
男相手に力で勝とうなんて、馬鹿なことは考えない。技、スピード! それがアタシの武器!
靴の下で砂塵が上がった。
飛び退って避ける先輩の前髪をかすって、剣はまっすぐに空気を切り裂く!
相手から決して目を離さず。剣を握る指に力を込める。
強いブルーの瞳が、アタシを見つめる。互いに目を離すことはない。
相手に読まれぬよう、静かに呼吸をする。
スピードは互角?
これでもし甲冑を着けていたら、勝負はどうなっていたか分からない。
重い甲冑は、女のあたしにはフリだから。
けど!
今のアタシはジャージ。髪だって邪魔にならないように、高い位置で一つに結んでいる。
対する先輩は、普段着だった。
そこらへんの街にいそうな、ちょっとおしゃれな男の子という井出達に、剣だけがやけに存在を主張している。
こいつ――。
いつから見てたんだろう?
アタシがここで稽古をしているのを、知っているように現われた先輩を睨みつけて、剣を構える。
じりじりと円を描く様に移動し、隙あらば斬りかかろうと相手の呼吸を探る。
どこまでも楽しそうな先輩がムカツク。
絶対に負けられない!
力の差だとか。女だからとか。一年の差があるとか。
そんなことを自分の言い訳にしたくない。
勝ちたい。
アタシ! こいつには絶対に負けたくない!
何でこんなタイトルなのかって(笑)?
一瞬頭に浮んだのをつけてみました。
だって、もうそれが頭にこびりついて他のが思い浮かばなかったんだもの(笑)!!