まりもっこり






VOL.8





彼女が如何して、ヴィンセントなんて名乗っているのかなんて、私の知った事ではないわ?

先輩の、男気溢れる笑顔に一度でも、ときめいた事がないと言えば、嘘になる。

けれど、私が好きなのはちゃんだけ。ちゃんだけなの。

「はーあ…ヤになっちゃう」

「何がだ?」

レースをふんだんに使われたクッションを両手で抱きしめながら私は盛大な溜息を吐いた。

そしてこの部屋の主であるジオラルドが不思議そうに私を眺めてくる。

「貴方の手にあるもの」

折角、ちゃんと二人きりで居られる時間だと言うのに。何を思ったのか、時々勝手に部屋に入ってくる人を私は頭に浮かべて溜息を吐いた。

如何して皆、私とちゃんとの時間を邪魔するの?

大事そうに持たれているジオラルドの手をチラリ、と横目で見て、私はクッションに顔を埋めた。

「ジャパンのホッカイドウの名産だぞっ」

「何か、嘘くさいわ」

「嘘じゃない!この形、色、ツヤ!どれをとっても男として最高の出来栄えじゃないかっ」

クッションに埋めていた顔を少し覗かせた。

「その目と下半身がイヤ」

決して愚弄している訳じゃないのだけれど。

ジオラルドがインターネットで発見して、即買いしたのだという、その緑色で、目がいやらしく垂れ下がっていて、下半身が膨らんでいる、まりもを見て、私はまた、溜息が出た。

見つめていると、どんどん嵌っていく自分が怖い。

一瞬そんな事まで頭に浮かび上がってきて、思わず、私は苦笑を浮かべる。

「それが売りなんだろうっ」

そうなんだろうけど。

自慢げに、ジオラルドが私の手元にまりもっこりと押し付けてきて、私は、手で叩き落とした。

「おい、大事に扱え!メイド イン ジャパンなんだぞ!」

床に転げ落ちるまりもっこりとジオラルドが慌てて拾い上げて、胸の中に大事そうに包み込まれる姿を見て、その目に少しときめいただなんて言う話は誰にも内緒で。

けれど、ジャパンと言う言葉で、ちゃんの事がまた、頭に描かれて、私はまたクッションに顔を埋めた。

ジャパンで商品化されたまりもっこりが、素晴らしい、と思ったのなんて、決して口には出さないけれど。








「もー、イヤ。今日は最低な日ね」

中庭にあるブランコ型のベンチに座って、私は風に揺れる髪を指先に巻きつけてくるくると弄る。

夜中にビクトリア、いや、ヴィンセント先輩に邪魔されて、今朝は早くからジオラルドが部屋に押しかけてきて、ちゃんが起きる前にジオラルドを引きずり出したものは良いけれど、朝から何を見せられるかと思えば、あのまりもの形をしたキーホルダーで。

確か今日は晴れだと言うのに、雲が覆い、湿気が多い所為で、何時もなら綺麗に出来ている筈の縦巻きロールが上手くいかずに苛立ちを覚えたのは、今日だけじゃなくて。

ここ数日続いている心の中の靄に憂鬱さを感じている。

ちゃんがジャパンから帰ってきてから。

ちゃんがジャパンに行く前まで。

何かが心の中に翳っていて、晴れない気持ちに、嫌気がさしてくる。

「ご機嫌よう?

そしてこんな日に限って、行く先々で逢うこの人。

「ご機嫌よう、イアン」

私は髪を弄っていた手を離して、そっぽを向くの。

ちゃんを、私の目の前から掻っ攫ってしまうこの人。

どんなに渇望しても、私の手に入らない事は解っているのに、如何しても求められずには居られない。

なのに、私の前から掻っ攫って行ってしまう一人の人、イアンが私の目の前に立っていて、逆行のお陰でその笑顔を見ずに済んだのが、幸運とでも言うのかしら。

「今日はよく会う。確か、今朝逢ったのはジオの部屋の前、だったかな?」

「…………」

イアンの流れるように紡がれる言葉に、私は視線を向けなかった。

「急いでジオに連れられて、中で何をしていたんだい?」

私の顔に被っていた影が揺れ動いて、私の許可なしに隣に座るイアン。

その素早く優雅な動きでも、ベンチは揺れなかった。

「貴方はよく知っているんじゃないの?」

顎をツンと上げる。

「………」

「何?……っ!」

そっと、スカートの裾が揺れる気配がして、何か、と私はイアンへと顔を向けた。

女の子のスカートの裾を持つなんて、紳士らしくないんじゃないの!

心の中で罵倒するのも束の間で、私はイアンの不思議そうな視線を追って、スカートの裾へと目を向ける。

その先には、さっきまでジオラルドが私に自慢していたまりもっこりの姿が。

何時の間につけたのよ!

悲鳴をあげそうになり、私はイアンからスカートの裾についているまりもっこりを引き千切り、立ち上がった。

「君がそんな卑猥なものを持っているとは思ってもいなかったよ」

噴出しそうになって、いえ、噴出しながら私から視線を反らすイアンに、私は身体の熱が顔中に集まるのを感じた。

私は引き千切ったまりもっこりと私はイアンの胸へと向かって投げつけた。

「レディが、危険な事をするもんじゃない」

まりもっこりを上手く手で受け取って、小さく笑うイアンの顔は、今にも大声で笑いだしそうだった。

「好きでもってるわけじゃないわよっ」

スカートの裾を両手で持ち上げて、掌に爪の跡が残るほど強く握り締める。

「君の意外な面が見れて、嬉しいよ」

私がイアンに背を向けると、小さく声をたてるイアンの声が聞こえてきて、口から火が出そうになるほど、耳まで真っ赤に染めたながら苦虫を噛み潰す。

「私は嬉しくもなんともないわよっ」

苦しげに吐出した言葉は、呂律が回らずに、絡まった。

それでも、私はスカートの裾を持ち上げて走り出した。

「次も期待しているよ」

背から聞こえてくる笑い声が、悔しさを一層、増加させる。

最低な一日!

私は、イアンの声が聞こえぬ場所まで走り続けた。









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後書き

まりもっこりを見つけてくれたのは柑子さんです。
有難う!柑子さん!(笑)
欲しくなってきた…(笑)




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