寝る前に、明日やる楽しいことを10個思い浮かべてみる。 1.朝起きたら、お気に入りの紅茶を飲もう。 2.今日は暑いけど、たまにはゼリー以外の甘いもの……そう! 大学の帰りに、甘い甘いモンブランを買ってきて食べよう。
それから―― 私は鼻をすすって、顔を枕に押し付けた。 楽しいことなんて。無理やり10個探そうとしても、思いついた試しがない。 でも、こうでもして無理やり明るいことを考えないと、悲しみにぺしゃりとつぶされてしまう気がした。 泣きながら寝るなんて、ゴメンだった。 翌日目を晴らして、不細工な顔を鏡の中に見つけると、一日憂鬱な気分になるからだ。 楽しいこと…… 「残り8個か……」 8個も見つかるわけない。 わかってた。 だって、ここにはあなたがいない! あなたがいないのだから!
記憶の向こうに風鈴の声
私には前世の記憶がある。 幼い頃はこれが普通だと思っていた。 私の中には『沖田総司』その人がいて、今の私の性格形成にも大いに影響している。
私の前世は沖田総司だった。 あの新撰組一番隊隊長だ。 平均よりちょっと高い身長。日に焼けた健康そうな肌(これは紫外線を気にせずに、外を駆け回っていたからだと思う)。 よく笑う明るい性格に、子供っぽさを前面に出した大人の顔。 それが私の中にある沖田総司だ。 甘え上手で引き上手。どこまで他人の懐に入っていいか、境界線をちゃんと心得ている。 今の私は、この沖田総司の性格そのままだと言っていいだろう。 一つ違うのは、女として生まれてきたということだけだ! 「……私は気にしてないんだけどね……」 むしろ、願ったり叶ったりというか。 どうして女になって生まれ変わってきたのかは、大体想像が付く。 きっとあれだ。 死ぬ前に強く祈ったからだと思う。 『今度は健康な体で、女性に生まれてきたい』 って。 『土方さんと同じ時代に、女性として生まれてきたい!』 って
私は土方さんが好きだった。 ずっと小さな頃から、彼に恋をしていた。 だけど―― 土方さんは男よりも女が好きだったから……。 想いを告げてこの関係が壊れるよりは、想いを殺すほうを選んだんだ。 (殺さないで!) 私が最初に殺したのは、幼い私自身。 (生きたい……!) 土方さんと共に生きたい、そう叫ぶ自分自身を殺して、なんでもない顔で笑って暮らしていた。 どんなに 『 私 』 が泣いて懇願しても、頑として土方さんに想いを告げることはなかった。
まさか、自分が病で死ぬようになるとは思いもしなかったから……。 ぎりぎりになって焦って。 病床に見舞いに来てくれた土方さんに、何度も告げようと思った。 だけど土方さんの顔を見るだけで胸がいっぱいになって、何も話せなくなった。 ずっと一緒にいた頃は、話題が尽きなかったのに。 どんなに苦しくても、笑っていられたのに。 会えない時間が二人の距離も広げて ―― 私たちは会話に困っては、話題を探して黙り込んだ。 開け放した窓から入る風が、風鈴を気持ち良さそうに揺らして―― 土方さんはその音に気付いては、 「そろそろ……帰らなくては、な」 居心地の悪い沈黙から逃げるように腰を上げた。 行かないで! その言葉を何度飲み込んだだろう。 私はあなたのことが ―― 何度言おうとしただろう。 でも、言葉が出てくることはなかった。この頃にはもう ―― 私の心は死んでいたから……。 私にはもう寿命がない。 私は土方さんが帰った後、涙がこぼれないよう必死に天井を睨みつけて決意した。
来世ではきっと土方さんに想いを告げよう、と。
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そうして願いどおり、私は女性として生まれ変わったけど ―― 大学生になっても、まだ土方さんを見つけられずにいた。 もしかしたら。 土方さんは、まだこの時代に生まれてきていないのかもしれない。 何度絶望し、挫けそうになったかわからない。 土方さんがいない時代に一人生きるなんて――! 想像するだけで怖かった。寂しくて堪らなかった。 一人ぼっちが悲しくて。 暗闇の中泣きながら蹲っている迷子のように、頼りない心地がした。 いっそ、この記憶がなければ! 現世では普通の幸せを掴めたかもしれないのに! これは 『 私 』 を殺した 『 私 』 の呪い ――? 「ううん」 この想いを、呪いになんかしたくない。大切に大切にしたい。 私が土方さんを思う気持ちは、本物だ。 他の誰でもない、彼と幸せになりたいんだ。 「会いたいよ。土方さん……」 土方さんは、今どこにいるんだろう? 「会いたいよ」 会えないと生きている意味がない! 「折角、あなた好みの女性になれるよう、努力したのに ――!」 私は熱くわななく心臓をきゅっと握り緊めると、唇をかみ締めた。 切なくて、涙がこぼれそう! ゆっくり深呼吸して、けだるい体を仰向けにして天井を睨みつける。 泣かない。 泣きたくない。 泣けば諦めてしまいそうになるから! まだ、土方さんがこの時代にいないと決まったわけじゃない。 私は自分を鼓舞すると、気を取り直すために習慣になった10の楽しいことを考えた。 「3つめはそうだな……」 明日は早起きをして、朝マックでも買いに行こうかな? めったに食べないから、たまには食べたい。確かCMで限定のハンバーガーが出てるって言ってたような気がする。 「4つめは……」 明日の大学は授業が二つしかないから、帰りにブラブラお店を見て帰ろう。 5つめは、土方さんの好きそうなところを探して歩いてみよう。 もしかしたら、土方さんと出会えるかもしれない。もしかしたら明日こそ、この想いを伝えられるかもしれない! 「ふふ……」 布団を口元まで引き上げて、小さく笑う。 少し心が軽くなった。 「うん。未来には何が起こるかわからないんだから!」 だから、私はまだ諦めない! 「早く寝なくちゃ」 クマのある顔で土方さんに会うなんて、とんでもない! 私は静かに目を閉じた。 外ではクーラーのモーター音に負けないくらい、蛙が煩くないている。 風鈴の音は聞こえない。
明日起こる10の楽しいこと! いつも10個も思い浮かばないけど、土方さんがいればすぐに思い浮かぶようになると思う! だから、だから早く私を見つけて! 私に楽しいことを運んできて! 今度こそ幸せになりたい。 そのために! あなたを見つけたら、絶対に落としてやるんだから! 覚悟しててよね! 土方さん!
記憶の向こうに風鈴の声
↑ → 2010.7.27
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