「あら、あなたたち付き合ってたの? 全然知らなかったわ」
それはもちろん、ジャック達にも聞こえていた。
聞こえた瞬間。
それまでを睨んでいたプリムは、おや、と興味深そうな色を目に宿し、不敵な笑みを浮かべて、慌てふためく彼女をじっと見た。
甲板では、の言葉にすっかり安堵したのであろう、フォリーオが白い頬をバラ色に上気させ、ニコニコと邪気のない笑みを浮かべている。
対してはうな垂れるように床に両手をついて、フォリーオの話に相槌を打っていた。(しかも、良く見れば涙目になっていた)
「へぇ」
それを見て、プリムは何事かを考えながら含むように小さく呟いた。
「……そうね。あなた達が付き合ってるんなら……別にいいわ」
(付き合っている?)
ピクリとジャックの眉が動いた。
がそう言ったのは、フォリーオを宥めるためだろう。彼らの会話を聞いていなくとも、それくらいはわかる。
反論してもよいが、話をややこしくするだけだ。
ジャックは複雑な顔でプリムの桜色の頭を見下ろした。
彼女はもうすでに自分の中で、二人は付き合っていると自己完結してしまっているのだろう。
今更何を言おうとも、聞く耳を持ってくれそうには見えない。
しかし気になるのは、彼女の言葉だ。
彼女は、何を企んでよしというのだろう。
眉間に皺を寄せ伺うように彼女の顔を覗き込んだが、プリムは悪戯にくすくす笑うだけでそれ以上答えようとはしない。
今の彼女には何を言っても無駄か。
ジャックは不満を無理やり飲み込んで胃を撫でると、なんとも言いがたい顔でさりげなく視線をずらした。
(どうせ碌でもないことを考えているんだろうが……)
この船に乗っている以上彼らを敵に回すのは良策ではない。
それも彼らが、『普通の子供』ではないのだからなおさらだ。
(なるようにしかならんだろうな……)
もはやそう達観するしかない。
ジャックはプリムに気付かれないようそっとため息をつくと、遠い目でハタハタと気持ち良さそうに風をいっぱいにはらむ白い帆を見つめた。
今日でもう3日雨が降っていない。
空はどこまでも明るく晴れ渡り、どこか近くに島でもあるのか――あるいは渡りをする鳥なのか、白い海鳥が一羽マストに羽を休めてしきりと羽をつくろっている。
甲板では、小さな子供達が洗濯籠にいっぱいに入れられた洗濯物をはしゃぎながら干している。
マストから伸びるロープにいびつに並べて干されるそれを見て、操舵輪の所にいるトーリも穏やかな表情を浮かべている。
平和だ、とそう現実逃避をしてみるのに。
その空気は、自分のいるこの場以外にしか流れていないのだ。
(やはり子供は苦手だ……)
この船を呼んだときから、こうなることは覚悟の上だったが……。
ジャックは首を振ると、気を取り直して波の音に耳を傾けた。
が、
「……そうだわ! こうしちゃいられないわ!」
諸悪の権現は突然ポンと手を叩き、ジャックは思わず手のひらで顔を覆ってしまいたい衝動に駆られた。
「……なんだ?」
今度は何を企んだと言うのだろう。
今度こそうんざりとした目を隠すことなくジャックが言うと、
「あなた達には教えてあげない!」
プリムは意味深に言って、ニコリとジャックに笑顔を向けた。
「……」
「後はもう一人でできるわよね?」
「あ、ああ……」
「じゃあ後は頼んでも大丈夫よね?」
「……ああ」
「そ」
プリムはジャックの返事に満足そうに頷いてみせると、いそいそと下に降りていった。
(不安だ……)
彼女が勢いよく飛び降りたせいで、ゆらゆら揺れる縄梯子を見てジャックは唇をへの字に結んだ。
子供はやっていいことと悪いことの線引きが曖昧なところがある。
――まぁもし度の過ぎた悪戯をするようなら、船長達が黙ってはいないだろうが……
ジャックは、見張り台から小さい子供達を心配そうに見守るハッカを見て首を振ると、ロープを手にとった。
(面倒なことにならなければいいが……)
下ではプリムに呼ばれたフォリーオがの腕から抜け出して、飛び上がるように喜んで彼女の後を追っていくのが見える。
下にいるは、二人が仲良く何事かを囁きあいながら船内に入るのを見届けると、どっと疲れたようにモップにもたれかかってため息をついていた。
ジャックに聞かれてなかったらいいけど……。
恐らくそんなことを考えながら見上げたのだろう、は彼と目が合うとぱっと視線を外して慌てた様子で立ち上がった。
不安定に揺れる足元に。バケツにモップを突っ込むのを何度も失敗しながら掃除をするを見て、ジャックはもう一度天を仰いだ。
(……長居はできないな……)
早く目的地に着けばよいが……。
どうやらその前に一波乱ありそうだ。
やれやれ。
ジャックは首を振ると、振り返って自分を見上げているミニマンダーを見つけて、神経質そうに目を光らせた。
ミニマンダーは物言いたそうに、じっとジャックを見上げている。
(問題はもう一つあったな……)
ジャックはため息をつきながらも、力強くそれに頷いてみせると、ミニマンダーは爪の音を響かせて、フイとまた前方に視線を戻した。
ミニマンダーは人形のような形をしているとはいえ、この船の守り神だ。
子供達のことが心配なのだろう。
(大丈夫だ)
子供達を傷つけたりはしない。
プリムを捕まえて圧力をかけることもできることにはできるが、あまりにも大人気ないうえに彼女を傷つけようものなら、この海賊団全てが敵に回る。
彼ら相手でも負けることはないが、いかんせん彼らも普通の子供達ではない。
無理やり言うことを聞かせたり、怒らせたりすることは極力避けたかった。
ジャックはロープの結び目を確かめると、疲れたように首を鳴らした。
自分達は彼らの敵ではない。敵に回るつもりもない。
彼らもそうであればよいが……
ジャックはもう一度険しい目でミニマンダーを見つめると、静かにその睫を伏せた。
2010.6.25