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〇 合気道八幡浜道場
のメールマガジン第3部 第18号 2026/07/17
タイトル
「魂の学び/魂の力/魂の修行/魂の技」(マガジンID:0000179313)
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第18号 目次
◆ 誠の宝槍/高橋泥舟(謙三郎/精一)Vol.13 「徳川慶喜侯の進退は、内戦を避けイギリス他諸外国の脅威から日本を救う英断である。」---徳川慶喜侯の顕彰も大いに知られるべきと思います。
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No.18
◆ 誠の宝槍/高橋泥舟(謙三郎/精一)Vol.13 「徳川慶喜侯の進退は、内戦を避けイギリス他諸外国の脅威から日本を救う英断である。」---徳川慶喜侯の顕彰も大いに知られるべきと思う。
先日、リニューアルした江戸東京博物館を見学する。江戸東京博物館に、河越閑古遺族寄贈の高橋泥舟関連の品々が、多数所蔵されています。その中の一つとして、書 東照宮御歌 徳川慶喜筆1868年 慶応4年(寛永寺に蟄居の折に高橋泥舟に与えたものと伝えられている) 「負けて退く 人を弱しと 思うなよ 知恵の力の 強きゆえなり」 があります。江戸東京博物館の落合則子学芸員の解説により知りました。
鈴木荘一氏の講義「大政奉還という大業・明治維新の裏に隠された敗者の記録」を聞く機会を得ました。また、渋沢栄一著「徳川慶喜公伝」・大隈侯爵編纂「開国五十年誌/徳川慶喜公回顧録」あり。徳川慶喜侯は鳥羽伏見の戦いにおいて、圧倒的兵力と最新鋭の武器による軍備により有利優勢でありながら、なぜ、退却を選んで一人帰城したのか。---「徳川慶喜侯の進退は、内戦を避けイギリス他諸外国の脅威から日本を救う英断である。」---名将・徳川慶喜侯であったからこそ成し得た大勲であった。徳川慶喜侯の顕彰も大いに知られるべきと思います。---「江戸城無血開城」・「大政奉還」成る。
1902年、明治35年12月7日の慶喜叙爵祝賀会(華族として最高位の公爵に叙任される。「大政奉還」等を為し、明治維新を推進した事を評価される)に出席する。泥舟は、賀歌(水戸家・幕臣・朝廷の弥栄をことほいだ歌)「寄山祝」・「寄松祝」・「菊」を披露しています。泥舟にとっても大きな喜びであったと推察します。
旧主慶喜侯の完全な名誉回復を目にして憂いなく、その2ヶ月後の1903年、明治36年2月13日にその生涯を終えています。危篤状態にある泥舟を徳川慶喜侯と徳川家当主家達が、泥舟宅に見舞いに訪れています。---徳川慶喜侯をよく知る者は、高橋泥舟であった。大切な名臣であったことを伝えています。
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◆ 編集後記
第63回全日本合気道演武大会において、愛媛県合気道連盟は赤の畳にて演武させて頂きました。22年間、緑の畳でした。継続した出場が認められたものとうれしく思います。理事長に就任以来3回続けて全日本合気道演武大会に出場しました。愛媛県合気道連盟の演武会とはまた違うプレッシャーあり。今回、演武の反省を下に技の幅を広げるきっかけを得た思いがします。先師、山口清吾師範の「もっと弱くなれ」の口伝を稽古に展開していきたいと思います。
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○タイトル 「魂の学び/魂の力/魂の修行/魂の技」(マガジンID:0000179313)(年2回1月と7月 17日発行)
○発行責任者:〇 合気道八幡浜道場
小清水祥孝
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