2003.6.9日分 新たな出会いと共に・・ 愛田、咲田の結婚披露宴の2週間前の事だった。カリフォルニアへ出発前に、最終校正の英文を見てもらう為に、桑原教授宅へ訪れた香月であった。 「良い出来だ。太鼓判を押すよ、良くまとめたね」 「有難う御座います」 「現地では、バリー・マグワイア教授が案内してくれる事になっている。掛川君は英語が堪能だから、通訳兼彼も講壇に立つ事になると思うよ」 「心強いです」 「それはそうとだね、君の進路について伺おうと今日は思っている」 「遺伝子研究を一生のテーマとしてやりたいので、出来ればS工大に籍を置くかたわら、獣医になるのも夢なんです、外部で動物診療所をやりたいなあ・・今の段階になってもそんな事を思ってるんですが・・」 「君は、既に2つの博士号を取得した教授なんだ。研究は勿論だが・・S工大は国家の機関。動物診療所と言うのは、施設が無いなあ・・」 桑原教授はしばらく考え込んで居た。 「なら・・こう言うのはどうだろう。大学へ出入りする、薬剤会社の顧問となって、診療所を持たないフリーな獣医になれば良い。ただし、君は診療の報酬は受け取れないよ。あくまで、製薬会社の顧問としての顧問料だけだ」 「そんな事が出来るんですか!」 香月は嬉々としながら聞いた。 「可能だが、これから君は研究チームを発足させて、講演もある。多忙だよ。」 「でも、どこでも時間があれば、動物を診療出来るって事でもありますよね」 「ははは・・君って子は・・とことん欲が無いなあ。そんな事を言ったのは君が初めてだよ」 桑原教授は笑った。香月には太陽の光が曇り空から射して来たような、素晴らしい薦めでもあった。 ようやく・・香月の人生方向は決まった。 「母さん、書斎に今から行くから、コーヒーを頼むよ」 書斎に通されるのは、初めての事であった。 「ほとんど書斎に人を招き入れる事は無いんだよ。ほら・・色々資料とか、論文とかがあるだろう?どうしても敬遠せざるを得ないからね」 「光栄です」 香月は緊張しながら、勧められる椅子へ腰掛ける。 「こんな事を言って良いかどうか・・適切では無いが、君と私は言わば、親子の白川門下生。嘗て私が君と同じような立場であったように、君と私の関係もそうありたいと思うのだよ」 「これ以上無いお言葉です。嬉しいです。教授」 尊敬している桑原教授に、最大の言葉を貰った香月は感激した。 「君は、不思議な力を持っている。優秀な学生は他にも拓さん居るが、君には無限の可能性を感じるのだ。」 「俺なんか・・もう目一杯ですから・・そんな才能はありません」 「いやいや、君が自分の才能に気が付いていないだけだ。あ・そうだ・・急な話なんだがね、今週の金曜日に、私の本の出版記念パーティーがある。君の今後の顔つなぎの為にもどうかね?何、堅苦しいものでは無い。彼女同伴でも構わないから」 「はい。お伺いします・・あの・・少し質問させて貰ってよろしいですか?」 「うん?何だね?」 「窓際に飾ってあるアルバム写真ですが・・隣の方はひょっとして日下清次郎氏ですか?随分お若い時の写真のようにお見受けしますが」 「何だ・・日下君を知ってるのか?輸入雑貨を扱う会社をやっているが、大学時代の山岳部員としてからの付き合いだから古いよ。一番の親友だ」 「そうなんですか!」 「何だ・・凄く嬉しそうだが、君にとってどんな繋がりがあるんだね?」 「はい・・俺は趣味として、叉研究として鳩をテーマにしてますが、日下氏は競翔鳩協会の名誉理事であり、かつて白川氏が使翔していた、競翔鳩白川系と、日本鳩界を2分する、日下系の作使翔者です、かねてより是非お会いしてお話を聞かせて頂きたいと思って居りました」 「ああ・・彼が鳩を飼ってる事は知っていたが、そうだったのか。いやあ、何から何まで奇遇があるね。そのパーティーには、彼も来るよ、そう言う事なら一席設けようじゃないか」 「本当ですか!感激!感激です!」 「はははは。君は、やっぱり不思議な子だね」 桑原教授が笑った。 「有難う御座います!」 「それなら、私もお願いしようかな」 「はい!何なりと」 「家内がパーティーには出るんだが、最近腰の方が余り芳しくなくてね。どうだろう・・君、彼女連れなら、日下君との席は退屈だろう、少し家内の相手をしてやって貰えないかね?君達が構わなければ、今晩ここで顔つなぎと言う事で一緒に食事をしよう」 「それでは一度戻ってお伺いします!」 思わない奇遇がここにあった。香月の進路を示唆してくれて、助言も頂いた。そこには何の派閥エネルギーも存在しない、本当に家族と言えるような暖かいものを感じたのだ。香織は2つ返事でOKした。それは、急速に身近になった香月との結婚の文字も見えるからであった。南田、咲田の結婚式と言う事に影響されたからかも知れない。 「まあ・・綺麗なお嬢さん。嬉しいわ、こうして若い子達に囲まれて」 何度も会食している間柄の香月だが、香織が初めて加わって、花が咲いたような楽しい夕食となった。 「そうかね。今春短大を卒業して、保母さんに。」 「一年間、実習がありますけど」 「川上さんは、子供さんが好きなのね」 「はい。夢なんです。私は一人娘ですし、姉妹も居ないので、大勢の子供達と一緒に遊んだり、学んだり・・そう言う仕事に憧れてました」 「貴方達が結婚して拓さん子供を作れば、それも楽しいわよ」 「そうなると良いですね。(^.^) 」 一遍で知己のように打ち解けた晩餐であった。香月は本当に夢を見ているような一日であった。 大きな、大きな出会いが叉始まる。 |