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2003.6.20日分

掛川と共に乗り込んだ飛行機の中で、楽しそうに話し掛ける香月だった。一方、初めての海外講演で昨夜は一睡も出来なかったと言う掛川だったが、次第にその話に引き込まれて行った。
「へえ・・桑原教授の親友だったのかい。その協会理事さんは」
「ええ。凄い奇遇で、それもですよ。現役の選手鳩を種鳩として譲ってくださると言うんですよ。もう最高ですよ」
「はは・・こっちは、講演の緊張で昨夜は眠れなかったと言うのに・・君はハイテンションだよなあ・・。でも、鳩の話をしている君はやはり21歳の若者だ。安心したよ」
「ははは。趣味と研究は別ですが、こう趣味と研究が重なってしまうと、自分でも不思議でたまらないですよ」

そんな会話の機中、既に今春の100キロレースは終了していた。東神原連合会の9800余羽の優勝は、川上氏が飾った。2位に磯川が入ったが、3位以下、10位まで9羽と言う大量入賞であった。白川系確立35年、最高の年になりそうな勢いで、まず100キロレースはスタートしていた。この間、芳川が鳩舎の管理を手伝う事になり、不在の香月の代わりに選手鳩鳩舎に入っていた。その時芳川は、頭上後方から、背筋が寒くなるような気配に振り向いた。
「え・・?何だ・・・この鳩」
薄暗い、選手鳩鳩舎内最上段から、爛々と赤い目を光らせた紫竜号が、見慣れない侵入者に威嚇するような、射抜くような視線を向けていた。芳川は、その眼光、姿に恐怖に近いような感覚を持った。「これが・・鳩・・?」この時の様子を、帰国後の香月に芳川はこう・・語っている。
「悪鬼の形相だった」・・と。不吉な芳川の予感は、香月にとっても、異質の血である、紫竜号との壮絶なドラマを予言するようなものであったと言って良い。紫竜号は九死に一生を得た・・だが、その時から紫竜号の中に眠る激情を呼び覚ますような意識の変化が、沸き起こっていた。無性に紫竜号は、苛立っていた。それは何かは自分では分からない。コントロール出来ない自身の精神へ対する苛立ちでもあった。

さて・・アメリカへ渡った香月は、最初の訪問地である、ロサンゼルスの大学で、ハリー・マクガイア博士に出迎えられていた。長身の長い顎鬚を伸ばした人だった。アメリカでは、有名な動物医学博士であった。
「How do you do, way, Doctor Kouzuki」
「It is honored that it can meet. Doctor Barry McGuire 」
「Way, Doctor Kakegawa.」
「which has already been heard can meet, and fame is deep emotion.」
「Oh! It is the pronunciation of perfect English. Doctor Kakegawa.」

数年来の知己のように、たちまちの内に3人は意気投合して、ロサンゼルス大学獣医学部に向かった。午後からと言う講演で、2時間程香月は仮眠を取った。その香月の様子に呆れたように掛川は、脇で分厚い資料を忙しく整理していた。
講演は、2人とも大成功で、特に香月の講演では質問が集中した。横で掛川が難しい英語表現を通訳してくれたお陰で、無事にこなす事が出来た。
「やれやれ・・」
緊張が解けて、掛川は、ソファーに倒れ込むように座った。
「掛川さんのお陰ですよ。助かりました」
「いやいや・・。それより君って度胸があるなあ。質問して来た連中の中には、教授が何人も居たんだよ」
「え・・そうだったんですか、知らなかった」
「ははは。それも君らしいや。でも、そんな予備知識等必要は無かったようだね、君には」

バリー・マクガイア氏が、2人の所に、にこにこしながらやって来た。その晩、夕食に招きたいと言うのだ。勿論、2人は喜んで招待を受けた。