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2003.7.9日分

アメリカへ渡って3日後、香月達は、ジェームス木原と言う、日系のS工大出身者の教授と会う事になっていた。講演が終わる時刻に、ジェームス木原氏が香月を出迎えた。濃い眉毛の日焼けした顔だが、独特な雰囲気を持った、異才。そんな印象を受けたジェームス氏の理論は、談笑の中でも流石に鋭く、実践に基づく症例と、臨床実験の披露は、香月にとっても貴重な意義ある内容であった。その理論の中で、香月が耳に止まった事がある。何故か、心に響くような気持ちになって、香月はまだ十分に頭の中で理論構築出来ないまま、半解の言葉に出していた。
「あの・・ミスター・ジェームス木原」
「はい、何でしょう?香月博士」
「先ほどの理論はとても素晴らしい内容で、自分にとっても大変有意義でした。その中で、ある1節が妙に心に残るので、どう・・お伺いすれば良いか考えて居りました。英語の表現が難しいので」
「OH!日本語でOKよ。香月博士」
「それでは・・先ほどの理論の中で、条件反射と、反復訓練、そして集中学習と言う一節がありました」
「はい。理解が難しいですか?」
「いえ、凄く明解に解説されてまして、良く分かりました。集中学習と言う事について、もう少し詳しく聞かせて頂けたらと思うのですが。つまり、反復から学習した事を更に、集中学習へと移行して、その能力を更に高めると言う過程に於いての障害です」
「障害?その意味を理解し難いが・・。」

ジェームス氏は困惑した顔になった。
「申し訳ありません。まだ頭の中の整理が出来ないまま質問しました。つまり、反復学習では、知識として犬は認識していると仮定すれば良いのですね?」
「うむ・・。知識、理解として見るのが正しいと言える。それだけ犬には高い知能があるのだから」
「この反復は、条件反射を高度化したものであって、命令された事に対して理解出来ていると言う事ですね?」
「YES。その通りです。ほぼ完全に命令に従うようになるでしょう」
「この時点で、犬は命令された事に忠実に、機械的に理解するのであって、次の段階・・教授の言われる集中学習とは犬が命令した事に対して、理解を示す段階と思って良いのでしょうか?」
「大筋はそうです。しかしながら、私はその道の専門家ではない。君の求める質問に満足出来る答えを出すのは、難しそうな論理追求だね・・ははは。それでは、少し視点を変えて、ある一定期間集中学習する事によって、犬本来の持つ知能が、ごく稀な一例だが、教えた以上の理解を示すケースがあったそうです。この集中学習とは、知能を高める訓練と解釈すれば、どうかな?」
「良く分かりました。障害とは、理解力が定かでない犬が、集中学習で、混乱しないかと言う疑問でした」
「ははあ・・やはり、その先まで見越しての質問だったか・・。流石に君の視点は違うね」

このアメリカ講演は、叉香月に大きな一歩を残した。残り2日間の日程を自由行動として、掛川は、メアリーの案内で、ニューヨークに先に出発する事となり、香月は、橋本・香織組と、一日を過ごす事になった。これは、香月に大きな関心を寄せているメアリーに対する、掛川の気遣いでもあった。・・と言うよりも、掛川自身が、メアリーに好意を持ったと言うのが正確でもあった。後に掛川とメアリーは結婚する事になるのだから・・・。
「よお!」
弾んだ声で香月が声を掛けた。足早に向かって来るのは、橋本・香織の2人だった。
「どうも!」
明るい声で、橋本が言う。これまで楽しい旅の日程だった事の証明のように、2人とも華やかに会話が弾む。
「ねえ、どうだったの?講演」
香織が聞く。
「ああ、大成功だった。素晴らしい博士達とも出会えて、有意義な日程だったよ」
香月も明るく答えた。
「ねえ・・香月さん。香織とも色々話したんだけど」
橋本が言う。
「うん・・?」
「あのね、ここから近い所に教会があるのよ。知ってる?」

その言葉に香月は大きな声を出した。
「あ!ああ・・そうなんだ!そうだったんだよ。俺は大事な事言ってなかったね」
むしろ、橋本・香織の2人が顔を見合わせた。
「橋本さん、今から香織と結婚式をあげたい・・立ち会ってくれるかい?」
「え・・ええ。香月さん。貴方・・私達の話を知ってたの?」
「え・・?何の話?香織・・突然だが、正式に俺の妻として、ここで結婚の誓いをして欲しい」
「は・・はい・・」

まさに以心伝心とはこの事。香月も香織も全く同じ事を考えていたのだ。
香織の目から、大粒の涙が零れる。
「良かったわね、香織。ちゃんと、香月君は今度の旅行の意味を分かっててくれた。友人として、これ以上に無い喜びだわ。私が2人を見届けます」
教会について、神父さんの前で、誓いの言葉を述べる香月・香織であった。香織の指には、香月が用意していた、結婚指輪が入れられる、香月の手にも。橋本京子が手を叩く。2人は、ここで、終生の誓いをしたのであった。(以下省略)
メアリーは次の日に、香月達と合流したが、指に入れられている指輪を見て、すぐに悟った。
「おめでとう!香月博士、そして、香織さん」
掛川が、そっとメアリーの肩に手を回した。メアリーは、掛川の腕に少しもたれかかった。一日の出来事が、急激に運命を変えて行く。不思議な出会い。不思議な旅は実は、今から始まるのだ・・。