白い雲トップへ  次へ   参考資料   お願い  登場鳩

2003.7.30日分

ネバー号を得た白川氏は、この一羽を中心とした、特殊な猛訓練を繰り返す事になる。そして、その手腕は、今、君が行うような奇抜だが、科学的なものでもあった。その結末は、その時期の白川系の選手鳩が、ごく少数しか現存していない事実でも承知の事と思う。その中で、君が指摘する通り、本来超長距離鳩である、ネバー号は、比較的高分速の出る、GCHレースに集中する事になる、その非凡さは1000キロ以上8回連続連合会優勝の記録を見ても明らかだ」
「・・・でも、それは、
白竜号がGNで・・」
「ああ、伏兵であった
白竜号は、訓練によって開花した怪物だ。だが・・持って生まれた天分の才は、ネバー号にある。それも計算された訓練によって、鍛えられた稀世の鳩へと育って行く過程が見える」
「何故、同レースに出さなかったのでしょうか?そこに川上さんが言われようとする謎があると思います」
「見抜いた通りだ。白川氏には、その時
ネバー号しか見えて無かった。それは、ネバー号による1000キロ以上の大レースの完全制覇、グランドスラムの目標によるものだったからだ」
「ま・・まさか一羽の鳩で?」
「ああ・・そのまさかだ。白川氏は稀世の鳩
ネバー号を使翔して、グランド4大レース、全て一桁優入賞のグランドスラムを狙っていたんだ」
香月の顔は、青ざめた。
「そ・・そんな事を・・?」
「氏が恐れたのは、君が第2の
ネバー号を手にする事。そして、それは、競翔家を魔道に引き込むキーとなる。君にそんな事を味合わせたくないと言う気持だった。交配を許可したのも、敢えて君が仔鳩など手にする事も無かろう、叉卵を産んでも、無性卵・・そんな予想を覆すような、君は天才的手腕を発揮して、白川氏の思惑すら覆そうとしたからだ。事実、紫竜号は、ネバー号に成り得る鳩として生まれ育って来た。既に、100キロ全国総合優勝、GP総合8位、GC総合9位と超非凡な成績を上げている、その記録は不得意な距離に向かわざるを得なかった、ネバー号を凌ぎ、GNレース2年連続総合優勝を達成してしまった、伏兵GCH白竜号に打ち砕かれた白川氏の野望・・晩生ながら運命のような2年連続快晴開催となった、GNでの幸運とも言える高速レースの結果に、まだまだ、これから本来の力を発揮出来る鳩でありながら、引退してしまった白竜号の生涯の悲運もある」
「なんと言う・・」

香月の目から涙が滂沱と零れる。そして・・
「ああ・・なんと言う事。ネバー号の最初のGCHレースが悪天でなかったら、叉鍛え上げられ、その理知的なるがゆえの方向判断力がなかったら、恐らく栄冠はネバーの頭上であった筈。なんと言う運命、巡りあわせなのだろうか・・」
「え?今・・何と言ったのか?」
川上氏が驚き、香月の顔を見た。
白竜号は若鳩。その図抜けた体力であるが故に、好天候の中、快速で飛び帰りました。一方ネバー号の参加レースは悪天、突出した方向判断力ゆえに、その幅広い副翼で、高空から飛び帰ったに違いありません。ですが、迂回を重ねた結果として、白川さん見れば、結果として不本意な成績であったのでしょう。しかし、その延べ距離、帰舎時間を計算すれば、間違いなくダントツの一位であった事でしょう。人間が作ったルールの中では、優勝では無かったけれど・・。しかし、それも運命なのでしょう。ネバー号は叉・・既に、その時点では鍛え上げられて、殆ど体を完成させていた。だからこそ、ネバー号にとっては不運でもあったのだと思います」
「君は・・それを見抜いていたのか・・じゃあ、だからこそ」
「仰る言葉は理解しています。でも・・
紫竜号白竜号でもネバー号でもありません。紫竜号なのです。そして遅咲のその資質は、白竜号の血筋を引いていると見え、今から力を発揮します。俺は、紫竜号の資質を引き出そうとはしていません。むしろ、逆に資質を抑えこもうとさえしています。何故なら、紫竜号を使翔するのは、白竜号ネバー号に約束した、俺の務めのような気がしてならないんです。そして、その逆作用は、紫竜号をその資質故に失いたくない、俺の精一杯の抵抗なんです。そんな気持ちと必死に戦いながら、白川のじいちゃんの悲願への無念を引き継ごうとは俺は思わない。競翔の結果を追い求めて、紫竜号を使翔しようとは思わない。そんな俺の使翔がもし間違いと言うのでしたら、紫竜号を川上さんがお引き取り下さい。お約束します。」
川上氏の目からも涙が零れた・・。この日、香月の本心を初めて知った事で、川上氏もその香月の心情を理解した。その気持ちがある限り、香月が第2の白川氏にはならないと思った。だが・・この許可が、香月を、そして紫竜号を翻弄する岐路に変わろうとは。この時点では誰も思わなかった。