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カリー号  S♀のモデルを探しています
2003.7.31日分

この春季400キロレースになって、芳川が香月鳩舎の代理として、24羽の鳩を持ち寄り場所へ持って来ていた。その芳川が新人と言う事で、実はこの籠の中に紫竜号が参加させられているのを、他の会員達に気づかれる事も無かった。香月は、契約する製薬会社との打ち合わせもあって、毎日多忙な日々を過ごしていた。紫竜号が香月にとって、災いをもたらす鳩なのかと言う事を危惧しながらも、芳川は香月を見守って行こうと決心をしていた。この時磯川が、自信満々に連れて来た鳩がパイロン3世号・・奇しくも同放鳩車のブロックに入れられていた。
連合会主催の単独放鳩地であるこの400キロレースは、参加鳩舎、鳩数も少なく、900羽余りであったが、その中では全国的に名が知れ渡り、銘鳩大鑑にも記載されているパイロン3世号は、他の鳩を圧倒するような威風堂々のオーラを放っていた。紫竜号は、パイロン3世号に近寄った。そして、眼光鋭くこう言い放った。
「よお・・。このレース、俺と勝負だな」
「おっさん・・。
スプリント号の所の・・。見かけた顔だが・・それより、あんたの所のスプリント号はどうした?」
「ふん・・引退しちまったよ」
「そうか・・悪いが、俺のライバルは、
スプリント号と、タンギ号だけ。おっさんも、精々頑張るんだな」
パイロン3世号は意にも返さなかった。
紫竜号の当面の気持ちの切り替えは、パイロン3世号に向けられた。このレースを制する鳩は、重要なこの後のレースを左右する。それは、紫竜号自身が、敏感に感じていた。
この時、川上氏と芳川が、香月との主役交代の形で、少し離れた所で会話をしていた。
「ああ、この前君は不在だったが、日下さんの鳩が来たので、立会いついでに、香月君と話をした。危惧は覚えるが、彼の考えはしっかりあるので、私も賛成する事にしたよ。少なくても、白川氏のような、境地には至っていない」
「・・今はそうかも知れません。ですが、一男自身、それ程まで、白川氏が危惧した立場には今居ないとしても、何かが怖い・・見えない意思があるようで・・
紫竜号の為だけに、2年間競翔を続けると言う一男の気持ちが、純粋であれば有る程今後の不安の方が大きいです」
「見守ろう・・君のような兄貴分がついてれば、きっと大丈夫だよ。」

不安な気持ちが日増しに強くなって行く芳川だった。身近に居るからこそ感じる、香月が紫竜号に賭ける思いが伝わってくるからだ。
その不安の第一幕が、スタートした。それは、紫竜号が屈辱的な試練を浴びるレースでもあった。
曇天の空、高く舞い上がろうとする紫竜号だったが、その体は意思に反して、重く動かなかった。
「ど・・どうしたんだ・・」
その横目で、
「ふっ・・おっさん、頑張りな」
パイロン3世号は、一気にその差を離すと、視界から見えなくなった。
重い体は、紫竜号の傷を癒す為に香月が筋肉訓練を施した為だ。同時に香月は、長距離を照準に、短距離から徐々に体を絞る事に目標を置いていた。その狙いは、紫竜号の浮力を抑止する事。紫竜号は、体から湧き上がる香月に対する憎悪の炎で一杯になった。しかし、その類稀な方向判断力で、突如紫竜号は真横に進路を取った。山超えのルートを辿るのだ。体は重い。だが、今の紫竜号には執念のような感覚があった。俺を潰す気なら、挑戦してやるぜ・・紫竜号はそう思った。
紫竜号は直角にコースを取って、直角三角形のような岐路コースを辿る事になった。三角形の斜辺の距離が短い事は、当たり前であるが、その斜辺はじぐざくで山道を縫うように進む為に、紫竜号が選んだコースと比べて実は遜色が無かったのであった。紫竜号は本能で、瞬時にそれを判断したのだ。それは、母鳩ネバー号から受け継いだ天才的なレーダーと、勇猛果敢な白竜号の気性でもあった。紛れも無く、紫竜号は英傑2羽の血を濃く受け継いでいるのだった。だが・・先頭を飛び帰る、パイロン3世号は、当代一のこれも英傑、スピードバードだ。パイロン3世号は他鳩群を大きく引き離し帰路を急いでいた。この時の紫竜号との距離差は、実に30キロも離れていた。互いに山を挟んで、見えない戦いが繰り広げられていたこの頃、香月鳩舎では、芳川と香月が話し合っていた。当日、日下ピロ号と、アメリカチャンピオンのステッケルボード系のメス、カリ―号との一腹目の仔鳩2羽が巣立ちを迎え、到着したからだ。新しい選手鳩鳩舎に入れられる2羽。芳川が競翔家として、デビューする、最初の管理鳩であった。興奮して、多弁な芳川がそこに居た。
「うーーん。目が良いよなあ・・。これこそ、当代一の仔鳩だろう」
「予想外に小振りだから、期待が持てそう」
「小振りと期待がどう比例するの?」
「間違い無く、超長距離系だと言う事だよ」
「ふーーん。
紫竜号とは違うねえ」
「あれ?
紫竜号の今はそうなんだけど(体が大きい)、仔鳩の時は小さかったんだよ」
「そうなの?すると、
紫竜号は超長距離鳩な訳だね」
「そう、典型的な」
「今日の400キロには、磯川鳩舎の
パイロン3世号が参加されていたね。川上氏は主流を500キロに持って行くようだ」
「良かった・・。」
「何が・・?」

芳川は、その言葉の意味を追い切れない。
紫竜号は、常にトップを戻る鳩。でも、超スピードバードのパイロン3世号とは比べようも無いから・・今の体では」
「そう・・敢えてしたんだろ?一男が」
「うん、敢えて」
「分からないよ、一男の
紫竜号に対する異常な訓練、そして、紫竜号の人間不信とも言えるような、抗戦的な態度」
「俺にも分かってないんだ。
紫竜号にどうやれば良いかと言う、その答えが」
「まあ、その話は置いといて・・とにかくさ、一男の助言は得るが、任せて貰えるんだね?こっちの管理」
「うん。浩ちゃんが、叉自分の鳩舎を持ちたいなんて言い出さないようにね」
「はは。そうなりたいね。これ程の鳩を見てれば」

初めての競翔当時そのままに、再び一緒に空を見上げる2人だった。刻一刻と鳩達が帰舎する時間を迎えていた・・。