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ルピー号 B♀の美しい姿の鳩のモデルを探しています
2003.8.9日分

「だから・・それは無謀なんだ。」
険しい顔で、川上氏が言う。
「しかし、紫竜号が終わるかどうか、最後に俺は賭けたいのです」
香月が食い下がる。何があったのだろう。何時もの師弟の会話では無かった。
「既に、GCH総合優勝と言う金字塔に輝いて、これ以上紫竜号に何を望むのか」
紫竜号にとって、これが終りとは思えないからです」
「君は・・私と約束した筈だ。
ネバー号の悲劇を叉君は作るつもりなのか?」
少し悲しそうな表情になって、川上氏は聞いた。雑誌社等からの電話、ひっきりなしに香月の所に訪れる訪問者の応対に明け暮れる毎日に、香月は疲れきっていた。そして・・紫竜号は、今・・川上鳩舎に居る。
大きく香月はかぶりを振った。
「来年・・もう一度だけ、紫竜号を参加させたいのです。どうか・・」
川上氏は、ぼろぼろに傷ついて戻って来た紫竜号を、半ば強引に香月の所から引き取った。それは、現在の香月鳩舎の状況を見れば分かる通り、師匠としての心遣いからだ。それには香月は心底感謝していた。しかし、この行動は川上氏に微妙な心の変化をもたらしていた。川上氏自身、紫竜号に魅せられたのだ。磯川がそうであるように、白川氏が、ネバー号に魅せられたように・・この偉大な競翔家にして、非の打ち所が無い競翔鳩の紫竜号には心を惑わせるものが確かにあった。
紫竜号の目はまだ・・死んでいません」
香月が重ねて言う。
「見るかね?・・私の鳩舎の中で、今ルピー号(旧川上系群勢山系の品評会総合一席の美鳩)と番になっている。あの穏やかな表情の紫竜号の目を見たまえ。私も実を言うと、もう手離したくない程紫竜号に惚れこんでいるのだ」
気持ちを川上氏は隠さなかった。それが、師匠の要望なら、香月も否とは言えないだろう。
川上氏の後をついて、香月は鳩舎に向かった。
種鳩鳩舎の一角で、確かに仲むつまじい、紫竜号ルピー号が居た。穏やかな表情だった。決して香月鳩舎では見られなかったシーンで、雌鳩を寄せ付ける事の無かった、紫竜号の異変に香月も少し驚いた。
「どうだ?紫竜号は、これでも戦場に出向く顔かね?カップリングが成功すれば、やがて仔鳩も得られる。この仔鳩達を君が使翔すれば良いじゃないか」
川上氏はそう言った。しかし、香月は紫竜号をじっと凝視していた。抜いた主翼が少し伸び始めていた。
紫竜・・一時の休息を楽しむのは構わない・・だが、お前は、その沸き起こる激情を誤魔化しているだけ・・」
そう呟いた香月の視線の先で、紫竜号の目が爛々と輝き、再び鋭い眼光が放たれた。
「お・・おお・・そ、そんな・・」
川上氏が、震えた。
「楽しむが良い、紫竜号。お前の生涯の中で、こんな美しい雌鳩と過ごす一時の至福の時間を。だが・・お前は、きっと・・きっと・・」
溢れ出る涙を香月は隠さなかった。その時初めて、川上氏は自分の何十倍も紫竜号を愛する香月の心情を悟った。自分のつまらない感情等吹き飛んでしまうような深い愛情で、失うかも知れない辛さと必死で戦いながら、香月がこの紫竜号を育てて来た事を。
「済まなかった・・香月君。この通りだ」
川上氏は、自分も涙を流した。そして、香月の手を握った。理屈では無い、経験でも無い、それは人間と動物と言う枠を超えた、情念の世界。人はすぐ結果を求めようとする。その宝を崇め奉ろうとする。棚に陳列して眺める事を至福とする事は、人間たる俗物感情・・。だが、競翔鳩は、生きているのだ。短い生涯の中で精一杯戦いながら生きているのだ。香月は競翔家だ。誰よりも鳩を愛する競翔家なのだ。紫竜号の燃え尽きない、その情念は例え、この先この鳩自身を失う事になろうとも・・、香月はもう、その辛さと決別していた。その事を川上氏はこの時悟ったのだ。
「来年・・どれ程怪我を完治させられるのか分からないが、私は自分の競翔人生の全てを賭けて、紫竜号を治して見せる。そして、私とルピー号は愛情で接し、全力で、再び羽ばたこうとする紫竜号を阻止する。それが私の最後の抵抗であり、使命だ」
香月と川上氏は、固く約束を交わした・・・。

作者より・・この物語は、少し内容を変化しました。原文では、GCH総合優勝後、香月は鉱山の奥地の磁気異常の地へ、主羽5枚を抜き、そこで、放鳩。「自分は、とうとう切り捨てられたのか・・」悲観しながら、紫竜号はぼろぼろになった体で、自鳩舎に7日ぶりに戻るシーンで、心労で、倒れる香月の元から、激怒した川上氏が香織としばらく合わせない。紫竜号を連れて帰ると言うクダリでした。やがて、同シーンに出くわす訳ですが、それは、この小説を読んで下さっている青少年にとって近年、殺伐とした事件が相次ぎ、こうした私の創作でしかない文章がもし、実際に悪影響になったらと思い、それが差し替えた理由です。原文は、400字詰原稿用紙7000余枚になりますが、物語は幾つかのブロックを区切って大幅に省略しました。いよいよ最終章を書いて、一端白い雲一部は終了しようと思っています。ここまで、お読み下さいました、皆さんに厚く感謝申し上げますと共に、やはり鳩の写真が全く足りません。どうか、ご提供をお願いしまして、この物語をこれからも続けたいと思っています。