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2003.8.10日分

最終章 遥かな未来へ・・

香月と香織が住む新居が建造されていた。この春レース後、ようやく2人の生活が始まる。S工大教授として、研究、教鞭、講演を行う傍ら、獣医として忙しく駆け回る日々を過ごす香月だった。
芳川使翔の日下ピロ号の仔鳩は、秋レースの100キロが3位、200キロ2位、300キロ2位、400キロ6位、500キロ7位、600キロ9位、700キロ4位、総合67位と大活躍を見せた、12羽参加で、11羽が残り、図抜けた競翔鳩としての資質を見せた。秋レースは、川上氏の白川系が、100キロから700キロまで全て優勝、圧倒的な強さを誇っていた。一方西コースの500キロでは磯川が優勝〜6位を独占、700キロでは佐野が優勝、昨年に引き続き、総合5位に入賞。最終1000キロVCでは、川上氏が優勝、総合2位に入った。3強は変わらず、その中で、日下系が少ない参加羽数で全参加レース入賞を果たした事は特筆ものであった。体の出来る3歳以降に力を発揮する日下系だ。期待の持てる若鳩が作出されていた。香月は期待以上の成績に喜んだ。ステッケルボード系の交配は、実に上手くいったものである。日下氏も同様に喜んでくれた。
そんな中、香月の所へある団体から手紙が入った。それは、鳩レースが動物虐待に繋がると言う文面であった。慌てて香月は川上氏の元へ走った。
「ふむう・・・こう言うヒステリックな抗議や指摘は、我々にとっては、強く否定したいのだが、GNレースのドキュメンタリーと称してTVが放映した事に端を発したようだ。エスカレートする前にどうにかしなければ・・」
川上氏は、大急ぎで高橋会長に連絡を取ると、会員に緊急招集を掛けた。臨時の連合会の会を催したのだ。
その席上で、会員達は激しくその団体の事を非難したが、所詮一連合会で、解決出来る話ではない。香月が日下協会理事を訪ね、解決策を模索した。日下氏はただちに鳩雑誌に長い論文を掲載。そして、香月も紫竜号を題材とした論文を掲載。その内容について異例のTV放映が行われ、動物愛護団体を自認するメンバー達との対話が企画されると言う慌しい流れとなった。
参加したのは、日下氏、川上氏。そして香月が動物博士として参加。団体は、5名のメンバーが参加していた。
「最初にお尋ねします。貴方達が行っている鳩競翔とはどんなものですか?」
川上氏が答える。
「鳩を愛し、優れた帰巣能力を磨き上げる我々はトレーナーです。競翔とはその訓練の成果です」
「優劣を競う事が大前提で、つまり順位至上主義ですよね?その実態は、一握りの優だけを求める、淘汰主義では無いですか?」
「競翔とは、遠距離で争うものもあれば、短距離で行うものまで様々です。その中で、失踪鳩が出るのも事実ではありますが」
「貴方は鳩界でもトップ競翔家として名高い。貴方にお伺いします。貴方は、スタートを今年何羽の鳩で競翔に望み、何羽最終的に残りましたか?」
「比較は適当ではありません。各地、各条件によって、一概に導き出される答えではありませんから。ちなみに、私の鳩舎で言えば、昨春127羽スタートしまして、最終的に101羽が戻って来ました」
「それは、他の鳩舎と比べてどうですか?多いんですか、少ないんですか?」
「悪い数字では決して無いと思います」
「それなら、鳩レースは100羽参加させて、半分も戻ってくればよい、そんな動物を使い捨てにするようなもの・・そう断定しても構いませんか?」
「待って下さい。貴方達はヒューマニズムか何かは知らないが、競翔のただ、一元的な見方しかしていない。そこにある競翔家の愛情や、努力をまるで知らないから」

川上氏は少し顔を上気させた。そもそも、こう言う論議は不毛なものだ、香月はそう思った。そこで香月はパネルを出して、競翔鳩の骨格、知能、能力を説明し始めた。不要!時間の無駄だ!乱暴な意見が飛び交う。そこで、香月は団体にこう質問した。
「それでは、私の方から質問致します。貴方達は動物をどう自分で捉え、理解していますか?」
「人間社会にあって、本来動物は弱肉強食の世界に生きるものが、勝手な思惑によって愛玩動物、つまりペットとして扱われている。即ち、野生で無くした彼等を守り人間にとっての友、家族としての地位として捉えている」
「成るほど。つまり自分の都合の良い動物は、愛玩で、一方は食する為と分けているのですね?」
そんな事は言っていないだろ!激しい抗議が起った。
「どんな動物にせよ、生きる為には食せねばなりません。あの動物は可愛いからと言って、殺してはいけない、この動物は賢いから大事にするんだ。それこそ、人間たる勝手な所以でしょう。良いですか?貴方達の中には競馬を楽しむ方も居られますよね?」
「ああ・・?」

何の関係があるんだ!叉激しい抗議が起った。
「動物を育てるのは科学じゃありません。競馬と言うものが、一部の優秀な馬を賞賛するように、競翔の世界にあって、我々の一部にはそう言う勘違いしている者も居ないとは言いません。ですが、愛情無くして、競争鳩は育ちません。絶え間ない努力無くして、現在のような競翔鳩の歴史は無いんです。一元的な見方でもって、貴方達に競翔鳩の何が分かると言うのです。数多くの競翔鳩には私製管を入れています。GNレースに参加する鳩は前年までに1000キロ以上飛翔した鳩に限られています。それでもなお、厳しいレースで、落伍する鳩が居ます。でも、ここまで育てた鳩を失いたい競翔家なんてどこにも居ません。それだけを捉えて、切捨てするような乱暴な意見は取り下げて下さい」
厳しい香月の意見に、先ほどの激しい野次は少し治まったが、
「でも、事実は事実だろう。鳩の多くは外敵の危険にもさらされている」
「そう言う面は確かにあります。しかし、それが鳩競翔を否定する言葉にはならないと言っているのです」

(しかし・/@☆・・・)
議論は尽きなかった。最初から敵視している団体との和合などはなから無駄だったのだ。しかし、一応の形を持って、この団体に対する話合いの形で、一端は終息する事となる。だが・・この意見交換の場で、厳しい反論をした香月に対して、団体から厳しい注目を浴びる事となる。香月に新たな局面が発生したのだった。