白い雲トップへ  次へ   参考資料   お願い  登場鳩

インデント号 BCオス中山鳩舎が2005/5/29御提供下さいました
パイロン号 BC♂のモデル中山鳩舎が2005/5/29御提供下さいました
マル号 BC♂のモデルを探しています
2001.4.21/22日分

「やあ、待っててくれたのかい?」
香月の試験が終わるのを待っていた香織であった。
ねえ、海行きたい」
「海?・・・うん。今日はじいちゃんが来客あるんで遠慮してくれって言ってたから、いいよ」

そのまま、海までバイクを走らせた二人だった。
香織が裸足になって水際まで走って行く。まだまだ暑い夏の終わりであった。
海岸でしばらく遊んでいた二人だが、大きな松の木の下で、座りながら・・
「ねえ・・お父さんから何か聞いてない?じいちゃんの事」
「いいえ?何の事?」
「うん・・聞いて無かったら良いんだ・・」

香月は遠くを眺めていた、横顔を眺めながら香織が言った。
「ねえ・今度は私が聞いても構わない?」
「ああ・・」
「S工大・・本当に受けるつもり・・なの?」
「出来れば」
「農大だってあるじゃない、獣医学部」
「うーーん、でも何か違うかな・・とか」

香織は海を見詰めながら、少し無言であった。
「ねえ・・じいちゃんの事・・なんで?」
再び香織が、その事を聞いた。
「え・・ああ、なんとなく、体調は優れないとは聞いてるんだけど、時々苦しそうなんだ。」
「そうなの・・お父さんは何も言ってくれないから」

再び無言の2人だった。
「ねえ・・」
「うん・・?」
「私と香月君の関係って?」
「えっ・・友達だろ?」
「じゃなくて、もっと特別のものとか?」
「・・好きか嫌いか、付き合ってるかって事?勿論前者だし、付き合ってる・・と思うんだけど」

香織は、いつに無く真剣な表情でもあった。
「相川さん」
「相川?ああ、あの新聞部の?」
「そう、私に付き合って下さいって」
「・・で?何て答えたの?」

香月が少し不機嫌そうな顔になった。
「妬いてる?」
「そう言う訳じゃ・・」

むすっとして香月は答えた。
「あんまり鳩の事ばかり夢中になってると、はいって・・答えちゃうぞ」
香織はいつもの明るい笑顔で、海に向かって又走り出した。香月も後を追いかけた。
こんなまだまだ幼い2人の交際の、まだまだ人生設計すら出来ていないその中で、時は既に進行していた。

香月が秋のレースに参加させた鳩は第2回目の交配、源鳩ボス号ママ号の仔10羽であった。が・・文部杯、Jr杯はなんとか優勝した香月も最終の500キロレースで8位に一羽入賞しただけで、過去2回の競翔をいずれも下回る事になった。この最終レース8位の鳩がのちの『マル号』この年の優秀鳩はこの一羽であろう。初代の当り配合も2年続けてはなかなか難しいものでもあった。

交配の難しさはこのように、同一の血では競翔と言う過酷なレースでの成績を支えるのは難しいのである。
それから・・香月に沈みがちの日が続いていた。白川氏の健康が優れぬのであった。通いのお手伝いさんに、床の世話をしてくれる看護師さんが、ついていた。それでも、香月の白竜号ネバー号の交配の応援をしてくれる・・。
そんな、もう初冬の日であった。ノート佐野から香月に電話が入った、連合会中の動向は彼に聞けば良いと、そう言われる情報通でもあった。
「磯川さんが復活するようだよ、春のレースから」
「そうなの!又にぎやかになりますね」

香月も喜んだ。
「凄い鳩だよ・・磯川さんの種鳩」
「どう言う血統ですか?」
「ペパーマン系のヨーロッパのチャンピオンだよ。現役レーサー。その中でもバルセロナINレース1100キロレース総合3位に入ってる銘鳩
『インデント号』直仔、700キロN総合優勝、12位の『パイロン号』直仔を導入している。その他にも現役レーサーが何羽も!」
磯川らしい思い切った導入だが、これは特筆すべき近代の飛び筋でもある。その中でもインデント号の主流飛び筋は、図抜けて居ると聞く。又、パイロン号は最強の中長距離競翔鳩と言われる不世出の銘鳩でもある。
「凄いですね・・」
香月は、感心していた。しかし、香月の声が小さかったので、電話のトーンが低かったのか、佐野が聞く。
「どこか・・電話の調子でも悪いの?」
「いいえ・・どこも」
「君の所も秋は今ひとつだったようだね。当り配合ってゆうか、そう言うのって難しいよね」
「ええ・・でも、春には
ピン太やこの秋の500キロ8位が居ますし、佐伯さんの所の鳩もなかなか良さそうだし、それとピン太とその佐伯さんの所の子鳩4羽がすごく面白そうなんですよ」
「ハンセン系だね、佐伯さんの鳩・・きっとブリクー系と合うと僕は見てた」

流石に研究家の佐野だ、さぞかしノートにはびっしり書き込んでいる事だろう。
その電話を切った後。香月は川上宅へ向かった。
「よお!」
川上氏は、にこにこといつものように応対した。
「あの・・聞きたい事があります」
「ん?なんだね?」
「じいちゃんは・・」
「白川さんは少し体調が優れぬようだね」

香月はじっと、川上氏の顔を見詰めた。澄んだ、何事をも偽らぬその目は川上氏に何かを訴えるように悲しい光を湛えていた。
「僕が白竜と、ネバーに夢中になってるから。それが原因で・・秋には産卵の気配はありましたが、無理でした。当分中断しようと思っています」
「そうか・・それは仕方が無い。老鳩だからねえ・・だが、君と白川さんの健康とは全く関係が無い。むしろ君の訪問を喜んでいた位で、私からも礼を言うよ」

川上氏は頭を下げた。
「いえ・・実は、凄く気になってた事なんですが・・じいちゃんは、どうして、ネバーを酷使したのでしょうか?」
おお・・と言う顔に川上氏はなった。白川宅での話がつながったのだ。
「・・なんで、そう思うのかな?」
白竜号のGNは2年連続で好天気に恵まれ、スピードバードの白竜号は、勇敢なその血と、優れた方向判断力でどの鳩よりも鳩舎までの最短距離を選び、それも最遠隔地でありながら脅威の2年連続総合優勝をしました」
「その通りだ。白竜号にすいては君の主観通りだ・・私もそう思う」
「一方
ネバーはその恵まれた天性の体、特に体を覆い隠せるほどの副翼を駆使しながら、高空まで浮かび気流に乗って、最適の条件を探しながら、鳩舎に向かう典型的な長距離鳩です。むしろ、この日本の地こそ狭すぎると思える、超長距離鳩だと思うのです。優れた状況判断力も備わって居ると思います」
「・・そこまで、君は鳩に触っただけで、分かったと言うのか・・まさに!私も同感なのだが、一体君って子は・・」

川上氏は非常に驚いていた。既に香月の天分、競翔家(トレーナー)の資質は頂上を駆け巡るが如き成長を見せ始めていた。
「もう、ワンチャンスだけ下さいと言ったら、無理でしょうか、じいちゃんに」
「私が答える事ではない・が、それは白川さんも望む事でもないのかな?」
「僕が、
白竜と、ネバーの交配を続ける事がじいちゃんの健康を蝕むようで、最近痩せて行く顔を見るのが辛いんです」
川上氏の胸が詰まった。香月は何かをその鋭敏な感覚で、感じ取ろうとしている。
「それでは、私からお願いしとこう、もう一度。白川さんは大丈夫だ、春になったら良くなると思うよ。それより磯川君が復帰するようだね。ペパーマン系の飛び筋を導入したようだ。スケールが違うねえ・・」
川上氏は話の方向を転じた。
「僕も佐野さんから聞きました。」

「あはは。私もだよ」
2人は笑った。
「君の所の交配も2年は続かなかったようだが、春は初代交配もいるし、なかなか君の所も陣容が揃っている。私も春には、今回は大羽数参加できそうだよ」
この時点で、川上氏が既に、白川系の一部の種鳩を自鳩舎に導入している事を香月は知らなかった。川上氏も、今度の磯川の導入には相当警戒していたようで、競翔家としての彼自身の変革も・・何かが大きく変わろうとしていた、初冬の事であった。