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2002.5.17日分  (余談・・色々あって、やっと続きが書けました)

 磯川のペパーマン系は、近年の飛び筋・・その中にあって、中心的なレーサー導入はやはり、衆目が注目する大きな話題であった。かんかんがくがく・・話題は尽きなかった。近隣の連合会でもその話題は大きかった。果たして・・?この日本の気候風土、地理条件に合うのかは、未知数でもあった。だが、磯川も突出した優秀な使翔家・・充分に勝算あっての導入だろう、香月はそう思いながら、話題の続くこの席を早々と退散した。
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 さて・・そうする内に春のレースは始まった。いつもなら短距離は、調整訓練程度にしか扱わない大人達も、文部杯の若者に混じって鳩時計を打刻する風景は、「最優秀鳩舎賞の設置が、いかに大きかったかを物語っていた。香月と磯川、連合会の強豪達・・本当の意味での競翔は、今からスタートするのだ。
 会員数120名、参加羽数6800羽と言う、連合会創始以来の100キロレースの幕が切って落とされた。当日は曇り、無風で低気圧が通り過ぎたやや遅い午前7時10分に、放鳩車から一斉に解き放たれた鳩群は、空の雲に負けない黒い塊となって、旋回する。その中で、旋回もせず、一直線に帰路を目指した10数羽が居ると、放鳩委員から報告を受けた川上氏だが、その鳩達が果たして?川上氏の鳩か、磯川か、香月の鳩達なのかは、10時前後であるだろう帰舎予想時間の打刻までは知る由も無い・・。
 しかし、香月にはある程度の確信があった。香月の鳩舎の血統は、ノーマンサウスウェル系の血を濃く引き継ぎ、悪天に強く、勇敢で、方向判断力に優れていた。数年前にゴードン系を使翔し、常勝を欲しいままにしていた磯川を初参加で破ると、5シーズン、100キロ、200キロでは圧倒的な成績を収めてきた香月鳩舎だからだ。
 ようやく体調を戻された白川氏にネバー白竜号の世話をお願いし、香月も充分な管理と訓練を重ねていた。川上氏も110羽の大羽数参加で、今春に掛ける意気込みは、どの鳩舎も強かった・・。
 外に出て、空を見上げた香月だが、その瞬間、明らかな陰が写った、鳩だ!それも10数羽の一群。低空で飛んでくるその中で、一直線に香月の鳩舎に向かう鳩達。口笛を吹く。日頃の給餌の合図に素早く鳩達は反応し、3羽同時にタラップに入った。香月は手際良く、ゴム輪を外すと、3羽同時に打刻した。やはりだ・・思った通り、今の一群が先頭集団に違いない。食い込んでいた・・トップ集団に・・。今日のような天候には抜群の成績を見せる香月鳩舎の血統だ。
時計を見る・・8時半であった。100キロレースとしてはまずまずの分速で、1400メートルは恐らく出ているであろう。再び空を見上げる香月の頭上には、100羽程の一群が見えた。その後ろに第2、第3の集団が続いている。だが、先頭集団から15分遅れで、第2集団が帰舎。今度は4羽ほぼ同じに打刻、結局もう一羽を打刻して、香月は打刻を中止した。帰舎状況からして、かなり分速が荒れているような、そんな気がした香月に、川上氏から程なく電話が入った。
「どう?何分だったの?」
「僕の所は8時半前後でした。3羽同時です」
「やはり・・その辺が先頭集団かな?私の所が、8時35、6分だよ。2羽だ」

香月と川上氏の鳩舎は10キロ離れている。ならば、ほぼ同タイムと言える。優勝争いの顔ぶれが見えてきた。その電話の直後、ノート(佐野)から電話が入った。ノートもこの距離はいつも上位に顔を出す、強豪鳩舎だ。そのノートだが、いつものトーンのやや低いぼそぼそと言う声ではなく、かなり高い明るい声でもあった。
「やあ!佐野です。香月君の帰舎タイムは何分なの?今他のジュニアの連中に確認をとったんだけど、兄貴(北村)とウラちゃんは89時50分頃らしい。僕は8時38分に打刻したよ」
 彼は、他のメンバーと比べて、圧倒的に早い自鳩舎のタイムに声が弾んでいるようだった。彼も上位に食い込んでいたか・・香月はその気持ちを損なわないように、少し曖昧に答えた。
「そうですか。僕の・・所は、3羽同時にタイムはしたんだけど・・。8時半過ぎかな?・・ええ・・先頭集団が10数羽見えたんですよ。多分、その一群が上位でしょう」
 佐野もやはり香月が、上位に食い込んでいる事を聞くと、ややトーンが落ちたが、上位の入賞は間違いないと自信を深めたようで、そこで電話を切った。
香月鳩舎の全鳩帰還は、夕方4時になった。この最後にゆうゆうと一羽帰って来た鳩は、昨年の1000キロ記録鳩であり、短距離のレースはいつも、夕方に帰ってくる変わった鳩だ。まだ、少し早いが川上氏宅へ向かう香月であった。川上氏宅へ着いたのは、5時少し前。陽はもうかなり西の方に傾いたが、川上氏はまだ、鳩舎の方へ居るようだった。香月が階段を昇って行くと、
「えっ?もうそんな時間か・・」
 と、まだ空を仰いでいる。どうしたのか・・?香月が聞いた。
「どうされたんですか?空を仰いで・・。」
「うん、まだ帰ってない鳩が居るんだよ。それも昨年の1200キロGNレース連合会の唯一羽翌日記録の鳩なんだ。いつも遅いと言っても、もう帰ってる頃なんだが・・。」
 
川上氏はこのレースに110羽参加させていた。しかし、あろう事か、未帰還が昨年度鳩舎の中で、最長距離を記録した鳩とは。川上氏の不安は同時に香月の不安にもなった。陽が落ちると川上氏の鳩舎ではタラップを閉める。外敵に襲われるからだ。もう、暗闇が押し迫っていた。・・その時「バサッ・・」と言う音と共に、一羽の鳩がタラップに降り立った。
「帰ってきたか!・・心配させて・・」
 川上氏の表情は緩み、鳩舎に鳩を呼び込んだ。しかし・・その鳩はこんな短距離レースなのに異常に疲れていた。川上氏は鳩を抱きかかえると、口から泡を吹いていた。
「やはり!そうか!」
川上氏は大声を出した。そして同じ言葉を繰り返した。
「やはり!そうだ・・ああ・・病気にかかっている・・」
沈痛な表情になり、川上氏は言葉を続けた。
なんと言う不明・・日頃から、あれほど、健康には気をつけていたのに。もう少しで大事な選手鳩を失う所だった。許してくれ・・私の不手際だ」
薬を与え、隔離鳩舎にその鳩を移すと、香月にこう言った・
「香月君、私の大失態だ。今シーズン、今の鳩に期待する所が大きかったので、ついこんなレースに訓練のつもりで出したんだ。今春、この鳩はレースを断念しなければならない。鳩に申し訳ないよ・・。」
川上氏の鳩舎には何百羽も居るのだし、こんな小さな異変に気付かないのは仕方が無いでしょうと、香月も言ったが、川上氏は、我が子が病気したように、自分を責めていた。川上氏とは、こう言う人物なのだ。尊敬して止まない競翔家なのだ。香月はこの川上氏の一貫した愛鳩家の姿勢が嬉しかった。