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2002年5月26日分

「浦さんが、300キロの持ち寄りに来なかったんで、ひょっとしたら、700キロGPを外すつもりだったのかな・・そう思ってました。天気図には詳しい人ですし、700キロの状況を見て取り止めたのかなと」
「うん、浦ちゃんは、悪天候を非常に嫌ってるから、そうしたんだろうね。かなり今年はストック選手鳩を持ってるよ。去年700キロで6羽ストップさせてるし、1000キロの記録鳩が1羽、後日帰りが2羽。今年の600キロ記録が8羽。全部で17羽残してるからねえ。特に超長距離には力を入れてるから、渡辺鳩舎に良く通ってるよ、浦ちゃんは」

愛鳩家として、連合会でも指折りの渡辺、浦部鳩舎だった。悪天候のレースには参加させない主義で、長距離系の血統はスピードは出ないが、着実な帰還率を誇り、後日帰りも多い。浦部は渡辺氏型の競翔を目指したようだ。
「狙いは、新設のKC、そして1200キロGNですね」
「ああ、手強い存在だよ。彼ほど、鳩舎管理、鳩のコンディションを第一に考える者は居ないだろうね」

浦部も就職して、以前のような、大人しい少年から、社交的な若者に変わりつつあった。彼に力強く芽生える、競翔家としての成長。これまでのレースに裏づけされたもの、社会人となって、新たに金銭的に導入出来る競翔鳩など。東神原連合会は飛躍的に会員の向上が見られるようになっていた・・。
佐野からの電話で、本年度の東日本GPの行方が見えつつあったが、香月は翌朝5時半に起床した。既に薄明い空はしていたが、まだ乳白色の霧が立ち込め、昨日より更に悪い天候であった。日没までに鳩舎の近くまで帰っていれば、今朝帰る筈・・そんな香月の思いからであった。まだ、昨年の1000キロ記録鳩が1羽帰ってないのだ。この鳩は、悪天候の時の帰舎は遅いのだが、その機知を悟ると言うか、小雨でも降れば、外で遊ばせていても、すぐ鳩舎に飛び込んでくる鳩だった。どんなレースでも疲れた表情すらせず、ケロっとして戻ってくる。非常に聡明な超長距離向きの鳩であると香月は期待している1羽であった。この鳩こそ、文部杯全国優勝した、「ピン太号」香月の尤も大事にしている鳩であった。そのピン太号が・・6時過ぎだった。
「帰ってきた!」
案の定だ。昨夜の雨にも関らず、全く羽毛は濡れておらず、ケロっとした顔で、すぐ鳩舎に入ると餌をついばみ始めた。香月は自分でコンディションを整えられる、こう言う鳩こそが、優秀な競翔鳩であると思っている。源鳩パパ号と、ママ号との最初の子、そして初めてレースの参加させた文部杯で、全国優勝した鳩。まさに、香月鳩舎を象徴する代表的競翔鳩であった。
この日、学校から戻って来ると更に2羽の鳩が帰舎していた。この2羽まで打刻すると、香月は鳩時計を持って、川上氏の家に向かった。14羽中、10羽記録。香織が待っていた。
「どうだったの?香月君」
香織が聞いた。
「ああ、3羽帰って来たんで、全部で10羽だ。まあまあって所かな」
「そう、良かったわね。学校でもそわそわして落ちつかなかったから」
「はは・・。ところで?お父さんは?」

「何かねえ・・すっごい気難しい顔をして鳩舎の方に居るの。私が戻ってきてからも一度も下へ降りて来ないのよ・・調子が悪いのかしら・・」
「じゃ・・ちょっと見てくるね」

鳩舎の方に行き階段を昇って行くと、やはり小雨の降る鳩舎の前で傘も差さずに川上氏が立っていた。香月が近くに来たのも分からない様子であった。香月が声を掛けた。
「川上さん・・」
「おっ!・・驚いた。香月君、何時・・来たんだい?」
「今しがたですが、気づきませんでした・・?」
「ああ・・そうだったのか」
「どうされました?」
「ああ・・今日は10羽戻って来たんだが、全部若鳩なんだよ。私は600キロでストックしなかったから、700キロには56羽参加させた。帰舎は全部で今の所30羽と、5割以上は戻ってきてるんだが、昨年の1000キロ記録鳩が3羽、1100キロ記録鳩が2羽戻って来てないないんだ。どうも、今年は100キロレースの時の1200キロ記録鳩と言い、凄く記録鳩の帰舎が悪いみたいだよ・・」

「僕の所でも、今朝例の文部杯の1000キロ記録鳩が戻ってきましたが、この血統はそう言う悪天を避ける傾向にあるのでは?」
「そう言う傾向はあるよ。しかし・・いくら悪いと言っても、もう2日目の夕方だからね。昨日鳩舎の近く100キロ圏内に戻っていれば、今朝帰舎できた筈。それが、未だに戻って来ないとなると、事故か、或いは帰舎コースを大きく迂回して、海側を通った可能性がある」
「それは・・?」
「ああ、700キロレースは丁度、山際の放鳩地だから、山際を通って帰るのが普通だが、経験鳩は、悪天を避けて、高度を低く、海岸線を迂回して帰るケースがある。気圧の低い山際のジグザグコースを忌避して、安全である海岸線を通るコースだね。」
「成るほど・・乱気流ですね?」
「その通り!君には全部説明の必要はなさそうだ。だが・・」
「だが・・?」