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2002年5月27日分

「今日のような小雨まじり、まして昨日からの雨では、羽毛が濡れて、飛び続けるのは困難であろう。晴天の時ならそのコースは安全なんだが、このような状況の中では、一流の選手鳩は自分の体力と相談しながら、どこかで休む事となる。と・・なると、選ばざるを得ないのは、街中なんだよ」
「あっ!・・」
香月は声を上げた。自分の読みはそこまで及んで無かったからだ。
「君は流石に察したようだね。都会の街並みで羽休めをするのは、電線、高いビル群、それにビル風と言われる乱気流。危険は一杯なんだ、更に・・」
言いかける川上氏より前に香月が答えた。
「カラス・・ですね?」
「それを知ってるのか、君は。」

川上氏が驚いて香月の顔を見た。競翔を始めて、2年の若者がそんな事を知り得るのか?そんな驚きだった。そこまで、彼の口から出るとは予想もしていない言葉だったからだ。
「僕は、白川のじいちゃんからの資料で、色んな事を学びました」
「そうか・・白川さんの・・」
納得した川上氏だったが、むしろ川上氏の眉は一瞬曇った。それを悟られまいと思ったのか、川上氏は鳩舎に向き直って、言葉を続けた。
「都会のカラス・・実にやっかいな鳥だ。この鳥は鳩をも食う。隼も危険だが、このカラスはもっとやっかいだ、集団で襲う」
「はい・・。」
競翔を重ねれば重ねるほど、記録鳩は、自ら安全な帰還コースを選択し、身に付けた自己管理能力で体を休める術を知っている。無我夢中で、自分の体力にものを言わせ、少々の無理をも承知で戻ってくる若鳩とは違うのだ。幾多の困難に生き抜いてきた現役レーサーは、競翔家にとって自鳩舎の顔、競翔家の力量全てを映し出す鏡なのだ。艱難辛苦を味わってきた友なのだ・・香月はずっしりと川上氏の言葉の意味、そして今の心情を悟っていた。
「案外・・明日ケロっとして戻って来るかも知れませんね。記録内の範囲ですし」
「そうだね、そうでなくちゃ、今年のレースが終ってしまう、ほとんど」

川上氏も香月の気遣いが分かったので、明るい顔をして言った。
「ああ、そうだ。君の所は今日どうだったの?」
「今日3羽で、10羽帰還です」
「ほお!良いねえ。特別訓練が良かったようだね」
「大した訓練でもないんですが・・小雨の降る日を選んで、10キロ、15キロ、20キロの訓練をレース前にやっただけですから」
「今春の君の強さが分かったよ。一見無駄なように思える訓練も、君にはきっと裏づけがあっての事だろう」

川上氏は香月を褒めていた。どこまで、伸びるのか、この若者は・・。川上氏は嬉しそうにその顔を見た。
「さあ・・じゃあ、行くか。これから先のレース、君がGC狙いか、GN狙いなのかは分からないが、GPの主役は君である事に間違いはない。」
そう言う川上氏に、香月が少し迷ったように言葉をかけた。