ファイアースピリット号のモデルになる、RC♂を探しています |
2002年5月27日分 「あの・・ちょっとお待ちいただけますか?」 「うん・・?」 「実は、お話したい事があって、少し早めに来ました」 「ああ、いいとも、時間は充分にある。下へ降りようか?」 「いえ・・ここで。他でも無いのですが、例の交配の事です。白川のじいちゃんがどうしても答えてくれませんでしたので、お聞きしたいのです」 「・・どう言う事かな・・?」 「白竜号とネバー号は、ほとんど同じ年ですが、何故、1000キロと1100キロに分けて競翔させたのでしょうか?」 「それは・・ネバーが1000キロ向きの鳩で、白竜が1100キロ向きの鳩と見たからじゃないのかね?白川さんが。」 「それは、少し合点がいかないんです。白川のじいちゃんともあろう人が、ネバーの血統であるオペル系を、超長距離系のチャンピオンで結集されたまさに源流の最高傑作でもあるその鳩を・・・もう少し詳しく言えば、1300キロ以上の優勝鳩で固めたその血統の最高血筋を何故?1000キロに固執させたのかです」 「・・うむぅ・・」 川上氏は返答に困った。 香月は続けた。 「次に白竜ですが、これも純アイザクソン系ですが、白竜号の従姉妹の鳩や従兄の鳩が、最近ヨーロッパのオーマンと言う鳩舎において、バルセロナINレースで数万羽中総合優勝を飾っています。又中距離のレースでも数々の賞金レースで、見事な成績をあげているスピード系でもあります。最近、ヨーロッパの鳩協会の新聞をとってますので、問い合わせしましたら、やはり「ファイアースピリット号」と言う銘鳩が居ました。それは、白竜号を含む、ほとんどの飛び筋の源流にあたります。」 「・・良く調べたね。でも、それと君の言う疑問とは必ずしも重ならないんじゃないのか?狭い日本、そこには、色んな地理的条件、そして、個々の競翔鳩の資質がある。長年培われてきた白川さんにしか分かりえない条件がその時あったのではないのだろうか?そして、それは私にも知りえぬ事だよ」 「確かに競翔2年ほどの僕には、分からない事だらけです。それで、白竜号のレース成績を調べました。その時の気象条件と」 「聞かせてくれるかい?」 「前年の1000キロレースでは白竜号は連合会6位に入賞してます。若鳩からの記録を調べましたら、400キロ2位、700キロ優勝、3位と言う記録が残っています。それに対して、ネバーは短、中距離では一度だけ600キロ9位と言う記録があります。他に入賞はありません。当然この2羽は同年代の鳩ですから、同じようなステップをたどり、同レースの1000キロに参加されるのが普通だと思うんです。ところが、同年に白竜号が1000キロレース(現GC)6位、ネバーが1050キロ(現GCH 連合会優勝)に参加させられました。ネバーの記録は総合で82位の素晴らしい結果ですが・・どうも、この2羽の参加が不自然なのです」 「・・分からないが・・?」 「ネバーの記録、700キロレース以後の分速を調べましたら、常に1100メートル台の安定した分速です。それはどんな悪天でもほとんど変わりません。それに対して、白竜号は、700キロレースの分速が1200メートルから1300メートル台が2度、1000メートル台が1度(この時は悪天)、又1000キロレースでは分速1000メートル台でしたが、1200キロレースでは2年連続で、1100メートル台の分速(2年連続総合優勝)。現在の高速レースにおいても1100メートル台のGNレースは快分速です。でも・・その時ネバーがそのレースに参加されていたら、どうだったのでしょう?」 「・・実に興味のある話ではあるが・・時間が来てしまった。道中で続きを聞く事にしようか」 川上氏は、胸中が締め付けられる思いがした。この・・少年は全てを見切っているのではないか・・と。 途中寄った北村の家で、鳩時計だけ預かり、風巻連合会の桜田会長宅へ向かう2人だった。 「一つ、私から質問するよ」 川上氏が少し難しい表情をして言った。 「はい・・」 「先ほどからの君の意見だと・・ネバーの方が白竜号より優れていると言う事になる」 「いえ!とんでも無いです。両鳩とも銘血の結晶。稀代の競翔鳩です」 「なら・・両雄並び立たずと言う事がある。そう言う事ではないのか?」 「いえ・・前にも言いましたが、ネバーは完璧な競翔鳩です。きっと白川のじいちゃんはネバーに期待していたと思うんです」 おっ・・・川上氏は、とうとうこの子がその本質に迫ってきた・・そう悟った。なら、尚更の事自分は白川氏の思い、無念を封印しなければ・・そう思った。 「君の大胆な推理は感服するよ。だが、果たして仮に白川さんがその力量を見ていたとして、何万羽と言う大レースの参加の中で、圧倒的な白竜号の大記録が生まれるとは想像出来ないだろうし、1050キロのこれも大レースの中で、ネバー号は最遠隔地にありながら、常に0.1パーセントと言う総合順位に6回も連続して入賞するなんて事も想像も出来なかったであろう。競翔は、常に千変万化する自然の摂理の中で行われるものだ。それに対して、トレーナーの期待と競翔鳩の体力、能力のバイオリズムが一致してこそ、成し得る記録だと言うものだ。何故?君がそこまで憶測や推理をする必要があるのか?」 「重要な事だからです。仔鳩の将来にとって」 川上氏は、とんでも無いよと言う顔で、香月を見た。 「君には幾つも驚かされる事があるが・・まだ、生まれても居ない鳩の事を?それが実現する可能性も低いかも知れないのに?」 その話の途中で、車は桜田会長の家に到着した。 香月が突き動かされる、その原動力とは一体何なのだ・・?白川氏の思いと、香月の運命が何かに導かれるように交錯する。川上氏は、未来に待ち受けるその運命を、心の隅で不安として広がっていた・・。 |