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2002年5月28日分  

この夜、大勢の人に囲まれて香月は色んな話を聞く事が出来た。集まっている人達は、毎年GPで上位に顔を出す常連であった。その中でも、風巻連合会の吉住昇と言う初老の競翔家は、特に川上氏と親交があるらしく、親しそうに話かけて来た。
「よお、どうだい?川上君」
「こんばんわ。いやあ、今年はさっぱり駄目ですよ。厳しいですねえ・・」
「ははは。何を言うとる。連合会では常勝してるそうじゃないか、相変わらず」
「いえ、今年は100キロ、400キロ、そして、この700キロと3つ落としました。今年の連合会は嘗て無い程の盛り上がりようでしてね。いやいや、私も気が抜けませんよ。今日ここに来ている、香月君と言う若手bPで、連合会でも屈指の強豪も居ます」

川上氏に紹介されて、やや顔を赤らめながら、香月は吉住氏に挨拶をした。
「恐縮します・・。吉住さんのお名前は良く存じております。香月と申します。初めまして」
「おう!君の噂は聞いてるよ。佐伯君は私の愛弟子とも言える間柄でね。君の事を随分と褒めてたよ。文部杯の全国優勝はこの地区では君が初めてだ。君のタイムは川上君からも先ほど聞いたんだが、ひょっとしたら、このD地区N総合優勝の可能性も高い。前川君と言う中川連合会の1羽が近いタイムと聞いているが、上位は決まったようなもんだね」

香月鳩舎の上位入賞は現実味を帯びて来たようだ。その他の幾人かと言葉を交わし、帰路につく川上、香月であった。今度は川上氏から話を切り出した。
「ところで・・例の交配は続けるつもりかな?」
「えっ?ええ・・勿論!」

香月は意外な事を聞くものだ・・そんな怪訝そうな表情になった。聞いた川上氏が、そんな香月の返答にもっと困った顔をしていた。
「当然・・・?そう聞こえたのだが・・?」
「はい・・6月の予定です」
「予定だって?じゃあ・・君は産卵の期日まで決めてるって言うのかい?」

呆れたような川上氏の顔だった。そして言葉だった。
「卵は・・得ようと思えば、もっと前に可能でした。僕はでも、敢えて分けたんです。両鳩を。そして、それは、僕の疑問を解決してから。又、ネバーの体調を万全に持って行く為に・・だから6月なんです」
「・・何故?」
「両鳩の血統から・・生後3年から真価を発揮する筈です。だから生まれた年はレースを参加させずに、次の春からが、理想だからです」
「・・そこまで・・?だから、私に聞いていたのだね?両鳩の真価を・・だが・・優秀な仔鳩は、何十羽の中の1羽。その産卵が成功したとして、君が望む結果は万に一つだ。」

香月はその言葉に黙っていた。送って貰った自宅で礼を言ったその時、やっと香月がその理由を言った。
「川上さん・・僕は強運・・運命ってものを感じるんです。白竜号の何か燃えきっていない思い。そしてネバーの無念・・そんな訴えが、胸に届いてきました。白川のじいちゃんの家に初めて訪れた僕に、そう聞こえたんです。そして、それは、僕の夢想でしょう。でも、夢想でも良い。僕は万に一つに賭けたいのです・・。」
・・・おおっ・・・・川上氏は胸の奥で、張り裂けそうな感情をただ、押し殺していた・・。

プロローグ第一章 第一篇 完