白い雲トップへ  次へ   参考資料   お願い  登場鳩  パイロン号モデル募集中

2002年5月29日分
白い雲 第二篇 希望

グランプリ号
香月の700キロGP連合会優勝、D地区N総合2位が決定した。
その他、連合会5、16、24位となり、総合順位で、一躍トップに立ったが、続く東日本GC1000キロ、東日本CH1050キロ、東日本GCH1100キロとやはり大羽数入賞の川上鳩舎が香月のポイントを逆転し、トップに立った。香月はGCHに参加はしなかったものの、GC連合会2位、総合324位、CH連合会3位、総合218位と素晴らしい成績を収めた。
そして、若鳩ばかりで春のレースを臨んだ磯川も、700キロでは帰舎が8羽と振るわなかったものの、CHでは、700キロの帰還鳩全てを参加させ、連合会4、6、7位と入賞させた。彼はペパーマン系に自信を深めたようだった。参加全てのレースの入賞と言う快記録が続いているのだった。
その記録に満足した彼は主力である、パイロン号直系を更に導入したと言う。その磯川もポイントレースは堂々の4位にランクしている。秋のレース如何によっては、まだまだ逆転もあり得る位置であった。
そして・・この年最終のフィナーレとなる日本競翔界最大のイベントGNレースを迎える事となった。香月鳩舎の参加羽数は3羽。川上鳩舎が8羽、高橋会長は何と22羽、渡辺鳩舎16羽、浦部鳩舎が2羽と、連合会でも340羽の参加となっていた。700キロレースで、3日目には記録鳩が5羽同時に戻ってきて、やっと川上氏もこのGNに最終調整が終り、一気に700キロからジャンプの期待の一群がいる・・その最終段階を迎えた日曜日、今春のレースを報告する為に川上氏と香月は白川氏の家に来ていた。もう、初夏を思わせる昼下がりであった。
何かが違う・・香月にはそう感じた。談笑している川上氏と、白川氏から離れて、ドンと一緒に鳩舎に向かった香月であった。木陰になった1坪ほどの鳩舎に移動している白竜号ネバー号だった。しきりにドンが香月にじゃれついて来る。その餌、鳩の様子を一つ、一つ点検している香月が言葉を発した。
「やっぱり・・何かが違うぞ・・」
丁度つぶやいたその時、後ろから白川氏が声をかけた。香月の後を2人はすぐついて来た様だった。
「何が・・違うのかな?」
ネバーです。何時からあの動作を・・?」
「うん・・?あの動作って・・羽ばたきの事かね?」
「はい!」
「そう言えば、この2、3日しきりにやっているが、それが何か?」

川上氏と白川氏は分からん・・と言う表情で顔を見合わせた。鳩なら当り前の事じゃないか、羽ばたきなんて・・。2人はそう思った。
「やった!そうですか!やっと、始めましたか!もう大丈夫です。ネバーの体調は万全になりました」
川上氏が喜ぶ香月の様子に怪訝そうに聞いた。
「・・何が、そんなに重要な事なのかね?」
嬉しそうな顔で香月が振り向いた。
「はい!理由は2つあります。ネバー号はこれまで、あの広い鳩舎の中でもほとんど羽ばたきする事は無かった筈です。違いますか?白川のじいちゃん」
「・・言われて見れば・・ほとんど見た事は無かったようだが・・」
「きっと
ネバー号にとって、狭い鳩舎の空間は生きると言う、競翔と言う世界の実感が無かった筈・・そう思いました。この動作はネバー号が生きる、飛ぶと言う気力の表れでは無いでしょうか?生きていると言う実感の無いネバー号にとって、卵を産むと言う事も、異性に心を動かす事も無かった筈。」
2人は黙って聞いていた。香月の思いが、まるで夢想のような、実態の無い理論に思えて、言葉が出なかったからだ。
ネバー号は生き返った。そう思います。その行為を僕は待っていたんです。もう、一つの理由は、この鳩にとってのテリトリーがこの鳩舎となった事です。不安の無い、居心地の良い空間になった事です。人間がいかに居心地の良い空間を提供しても、ネバー号ほど強い帰巣本能を持った鳩を認めさせるには、待つしかなかった。そして、その意識を無くして人為的な交配を行っても、恐らく無性卵しか得られ無かった事と僕は思います」
「君は・・我々の思念を飛び越えているよ。及びもつかない考えだ」

川上氏はそう答えた。生態学を知り尽くしている白川氏さえ、想像も出来ぬ事だった。
「君は・・香月君は、動物の心が読める・・君しか居るまい・・この仔鳩を得るのは」
2人は香月に鳩舎を任せ、池の方へ戻った。大小の綺麗な錦鯉がさっと、2人に寄って来た。
「白川さん、しきりに香月君が少し前にネバー白竜号の使翔方法を聞いてきたんですよ・・」
「あの子には・・見えるようじゃ。あの2羽の心が」
「それ以上ですよ・・その仔鳩の将来像すら描いてるようです」
「・・何と!」

白川氏は絶句した。
「言うたら、いかん!わしの思いは」
曇り顔の白川氏は、川上氏に言った。
「はい!分かって居ります。しかし・・あの子には
ネバーの資質が完璧に分かってるようです」
「わしは・・
ネバーが生まれた時・・わしの今までの白川系はなんだったのか・・そんな思いがした。体まで覆い隠せる程の広い副翼、絹のような密集した羽毛、柔らかい筋肉、そして、その理知的な方向判断力、暗い所でも判別できるのでは?その動体視力の良さ・・バランスの取れた美しい栗色のその姿。どんな今までの銘競翔鳩すらも超越するような、均整の取れた競翔鳩なのだ。その輝きは今も確かにある。そして・・わしは心を奪われたのだ。ネバーに恋するわしがそこに居た。魅了されてしまったのだ」
「はい・・香月君も白川さんが、この鳩が一番好きな筈だ・・そう言ってました」
「見抜いたか・・やはり。なら!尚更・・」
「私が香月君に返した答えは、両鳩の資質を見極めた白川さんの使翔法にあったんだと言う事です」

白川氏は暗い表情で答えた。
「・・違う。確かに白竜号は英傑には違いない。だが、それほどの力を秘めた鳩とは見抜けなんだ。あの鳩は中距離向きの鳩で、むしろ1000キロだろう、真価を発揮するのは」
「確か・・6位でしたね。」
「その程度の力しかわしも見ていなかった。ただ、血統的に見て、遅咲きの鳩とは見て居ったし、もっと長い目で見れば、結果が出るであろうとな」
「では・・?何故両鳩を分けました?」
「全ては
ネバーオンリーのレースにする為に。自鳩舎の中だけでも、ライバルになる選手鳩は消したかったからだ」
「・・そこまで、徹底されたのですか?でも総合87位・素晴らしい成績でしたね。1050キロ」
「そんなもんじゃいかんのだよ。そんな非凡の鳩と言う枠では計り切れない鳩なのだ。
ネバーは・・前にも言った筈だ。今は4つのレース。来年は5つのレースになるらしいが、今のGC、CH、GCH、GNのレースでのグランドスラム、総合優勝を1羽の鳩で狙って居った」
「今更ながら・・聞けば、聞くほど身震いしますよ。白川さん・・」
「狙って出きるもんじゃない。だが、わしはそれだからこそ
ネバーにそれまでの競翔人生を賭けて、鍛えてきたのだ。それは、それほど完成された鳩だからだ」
「・・貴方と言い、香月君と言い・・・私が凡庸だからでしょうか・・理解不能です」
「お前が手にして見れば、分かるであろう・・。お前が絶対の信頼を置く自鳩舎のエースに期待を賭けるのと、そう大差は無い事だ・・だが・・」
「結果は完全に裏切られた・・
白竜号と言う伏兵にですか?」
「ああ・・
白竜の真の資質を見抜けなんだわしの不明。ネバーを酷使したわしの不徳、多くの選手鳩を道具のように酷使したわしの大罪・・全ては狂ってしまったのだ。わしの異常な執着が」
白川氏の顔色が少し悪くなった。
「お疲れでしょう。少し主屋の方に戻りましょう・・・」

白川氏の心情を悟り、川上氏は言った。