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2002年5月30日分

「わしは・・1羽の偉大な競翔鳩を手にしたばかりに、全てを失ったのだ。それまでの鳩に賭ける情熱、愛情・・全てを。失って初めてわしは思った。こんなわしのような思いを他の会員には、させてはならない。競翔は素晴らしいものなのだと。だから白川系を封印し、全ての一線から引いたのだ」
「なら・・何故?その思いを香月君に託したのか?」
川上氏は、少しきつい調子で、白川氏に言った。又その白川系を自分に託した白川氏の真意とは?・・。
「あの子の澄んだ瞳が、わしを正道の・・競翔の喜びを・・引き継いでくれそうな気がしたからだ。そして、それはお前にも言える。だからこそ、見守って欲しいのだ。このわしの可愛い子(鳩)達を是非・・・」
「お・・おお・・・」
川上氏の目からは涙が溢れた。全てを今・・理解した。白川氏は、託そうとしたのだ、2つの自分の分身を、正道な競翔として。
「わ・・分かりました。私の命に代えても守り抜きます。見守ります。お約束致します」
しばらくして、香月が主屋に戻ってきた。機敏な香月はすぐ聞いた。
「どうされました?重要なお話でしたか?」
「いやいや・・もう話は済んだよ。君の方が良ければ、お暇しようか?」

川上氏が答えた。
「ええ・・あの・・白川のじいちゃんにお話があるんですが・・」
香月の敏感な視線は、白川氏の表情を読んでいた。すぐ笑顔を作り、白川氏は言った。
「おう!なんだ?わしに出来る事かな?」
「ええ・・他でもないんですが、今両鳩の仕切りは完全に取り外しましたので、そこで、GNが終るまで、飲料水に牛乳を少量入れていただきたいのです」
「ほ?牛乳とな?わはは。面白い、良かろう!」
「君の考えは突飛過ぎて、私には理解できないよ。ははは」
「異論など、無かろう?ここまで完璧に読んできた香月君の管理を」
「はい・・ありません。では・・このへんで・・」

頭を深々と下げながら、川上氏は目線を白川氏に送った。それは、白川氏も充分に理解していた。川上氏は全てを許容すると約束したのだ。白川系を使翔すると・・。香月を見守ると・・。残り少ない余命の白川氏に出来るだけの事を自分はやるのだとと・・そう決心したのだった。
この夜は、一緒に川上氏宅で食事をしようと言う事で、香織との時間を持ってやった川上氏らしい配慮があった。あんなに我儘で勝気な娘が香月に出会って、県下でも有数の進学校に入学し、元々明るかった娘ではあるが、人に対する思いやりも持つようになり、実に香月に対しては控えめで、従順な所が見える。この変貌ぶりは、香月の大らかで、純粋な温かみのある性格からであろう。素直に娘の成長と2人の交際を双方の両親は喜んでいた。
楽しそうに食事をしながら、しきりに香織が香月に話かける。
「ねえ、香月君、夏休みになったら私、海に行きたいな」
「良いけど、まだまだ先の話だね」
「だって、去年も生徒会の夏季活動があったり、剣道の合宿もあったでしょ?それに、最近学校でもお昼ご飯一緒に出来ない事も多いんだもん」
「ああ、2年になって、クラスも変わったし、学級委員長になって、時間が少ないからね」

それまで、黙って聞いていた香織の母親、恵子さんだが、
「ねえ・・香月君。貴方は県下でも常に一桁の成績らしいけど、将来どこを目指すのかしら?」
川上氏がそれを制した。
「止さんか。そう言う話は、又にすれば良い。まだ2年生になったばかり。ゆっくり考える時間はある」
香月は微笑したが、食事の後の茶の時間になって、
「あの・・先ほどの件ですが・・地元の高校に入学する前に僕は、色々考えたんです。やはり僕は一人息子だし、両親が農業をしてる事もあって、遠くへは行けないと思うんです。僕は、隣市にある、S工大獣医学部を受けたいと思ってます」
川上夫妻は目を見合わせた。S工大は中央のM大や、N大が一流と言っても、そんな比では無く、一種の研究機関のような、いきなり大学院へ行くような学校でもあり、優秀だからとか、そんなレベルで入学できる所では無いからだ。白川氏から、聞いていた筈の川上氏ではあったが、はっきり本人の口からその言葉が出た事によって、むしろ、将来の自分の娘婿になるやも知れない香月に、親馬鹿と言うか、不安が先に立った。
大きく・・何かが変わろうとしていた。香月と運命の子鳩・・白川氏・・この運命と言う波の中で、否応なく何かが導かれるような・・そんな気がしていた。
そして、最終GNレースは、香月が愛鳩「ピン太号」を連合会2位に入賞させ、この一本に絞っていた浦部は、堂々連合会優勝を飾ったのだった。新たな強敵が香月鳩舎の前に現れ
た。