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2002年6月1日分

川上氏が自鳩舎に白川ベルランジェ系を収容した際に、それ以外の血統は倶楽部の学生競翔家に譲るとの白川氏の遺言通り、その中の2羽の鳩を香月は貰ってきた。その血統はシューマン系で、この2羽を香月鳩舎の異血導入とするつもりであった。香月鳩舎も同交配3年目を迎え、同じ血では、何年も当り交配は出来ない壁に突き当たろうとしていた。この2羽は、まさに香月にとってうってつけの異血導入と思えた。さて、香月の持ち帰った鳩だが、その成績を見て、まず、香月自身が驚いた。白川氏使翔では、白川系と、恐らく白竜ネバー号以外に無いであろう1000キロ連合会優勝を2羽とも記録していた、取り分け優秀な競翔鳩だったからである。更に生後5年と若く、白川氏が最後に使翔した鳩達でもあった。恐らく、白川系異血導入への、試し腹・・試験的に導入された競翔鳩であったのだろう。川上氏も、良い狙いだね・・香月にそう言った。

マロン号
又2羽とも非常に栗色の美しい鳩で、その姿も綺麗な雌鳩であった。
この2羽に≪のちの最重要種鳩≫(リリー号)(マロン号)さっそく「ピン太号」を。グランプリ総合2位の「グランプリ号」を交配させる事に決定した。ピン太号グランプリ号は、源鳩に代わる第2代の種鳩候補になった。源鳩も既に作出のピークを過ぎて交配を見直す時期に来ていた。今春、源鳩交配は8羽の仔しかとっていない。その出来も期待できるようなものでは無かったのだ。

リリー号
そして・・来期、自鳩舎の選手鳩と、白川系を駆使してレースに臨む川上氏であったが、この時から、川上氏は自鳩舎の種鳩を徐々に関西のある鳩舎に分譲し始めて居た事は、誰も知らなかった。
川上氏から、残りの主流血統を他鳩舎に全部譲るのだと、香月に電話が入ったのはそれから数日後の、日曜日だった。
「どうだい?交配」
「はい、すぐ鳩舎に慣れて、それぞれカップリングも成功しました」
「うむ・・それじゃ待ってるよ」

川上氏がこれまでの主流を分譲すると聞いて、少し動揺があった香月だ。近隣の連合会の人達がそんな事を聞けば、大騒ぎして大勢が駆けつけるだろう。しかし、何故?今までの主流を・・?
川上氏宅に着き、白川鳩舎から譲り受けた60数羽の白川系の一群を手に取ったり、特徴などを聞きながら、改めて白川系が、日本の気候風土に適した交配を重ねられながら改良された図抜けた血統である事を、認識した香月であった。この血統の特徴は、短距離から長距離にかけてオールマイティーなスピードバードだと言う事だ。説明する川上氏の顔も上気しながら熱が入った。嘗ては日本一、全国一と知れ渡った血統である。
「どうだい?これだけ粒の揃った鳩達はまず居ないだろう。これからの競翔はやはりスピードが主力となって来るだろう。何羽参加させて、何羽戻らすと言った時代は、もう過ぎたのかも知れないね。私の主流血統は、長距離向きで、悪天候には強かったが、好天候のスピードの出るレースでは弱かった。放鳩の技術も年々向上し、好分速のレースが続出する展開になってきている」
香月には川上氏が言い出さない、その本当の理由を悟っていた。白川系と川上鳩舎主力とは異血統である為、今までの使翔法では同結果は望めないのである。白川氏の遺志を継ぐ為には血統の一本化をしなければならない。その川上氏の心にある辛さを香月は分かっているからだ。そこで敢えて、競翔結果でしか知り得る事の出来ない白川系を、川上氏はどう捉え、どう使翔しようと言うのか聞いて見た。
「あの・・僕も余りベルランジェ系の特徴については知らないのですが、良ければ、お伺いしたいのですが」
「君が知らない?ふふふ。君はとっくに研究済みであろう、敢えて聞くと言う事はヒントになる事を私から探りたい・・そう言う事かな?」

笑いながら川上氏は答えた。図星されて、香月も正直に打ち明けた。無論隠し事など一切無い師弟の間柄である。
「類似点は、旧主流と比べて、方向判断力に優れている。勇敢でもある。更に、血統の固定化が1羽の銘鳩に集約されるのでは無く、数羽の一群によって固定されてきた事であろう。これは、近親によって固定化された血統よりも、鳩質(体型、能力)のばらつきが生じる訳だが、逆に考えれば、比較的改良し易い血統とも言えよう。数々のレースで淘汰された一群の中で、第2代、第3代の精鋭を作って・・そうした血統に更に白川氏は日本の在来系である、南部系、今西系などと交配させて、その中から30数年に渡る徹底した少数精鋭主義で、淘汰を繰り返し、完成させてきた血統なのだ。」
「現川上系とどう違いますか?」

言い出さない川上氏に、敢えて香月は質問をぶつけた。
「私の主流血統のノーマンサウスウェル系は勇敢で、悪天候でも強い。それは、図抜けていて、実証されても居る。だが、白川系は更に、その上を行く。私がどんなに改良して頑張っても遠い存在だった。近年私はブリクー、ハンセン、そして、勢山系を導入しているが、改良を重ねて得られたのは、結局の所在来系である勢山系一群の飛び筋なんだ。それが主流なんだよ」
苦しい胸の内を香月は敢えて聞こうとしている。これまで築きあげてきたこの血統を、放出する無念はいかばかりか。それを素直に香月が受け止めてあげたかった。
「では・・何故その白川系に自鳩舎の血統を交配して、新しい可能性を探らないのですか?」
川上氏の顔が曇った。
「君は、私の真の狙いを見抜いているようだね・・・。残念なんだが・・私の血統では全てにおいて勝てない。特に晴天のレースでは。使翔法が全く違うのだ」
「あっ・・」

香月はこの言葉に川上氏の競翔家としての別の姿勢を見た。連合会では通用しても、中央の鳩界には通用しない。川上氏はその卓越した手腕を誇りながらも、やはり中央の連合会には一歩及んでいなかったのだ。
「分かったようだね。私だって、自鳩舎の艱難銀苦した鳩を勿論手放したくは無い。しかし、やっぱり私も競翔家なんだね。いつまでも頂点を目指して行きたいのだ。そして、それが、偉大な師に一歩でも近ずく為に・・その遺志を継ぐ為に」
川上氏の目に光る涙を見た時、香月は改めてその決意を見た。何と言う・・素晴らしい人なのだ・・・この人は・・総身がしびれるような感動を覚えた。白川系を託されると言うのは、自らも白川氏使翔法を貫くと言う事。その決意無くして、川上氏は使翔など出来はしない。愛鳩家の姿勢だけでは、使翔仕切れない程重く、大きなものを託されたのだから。
「だがね・・私も選手鳩だけは分譲したくない。この中から残った鳩は君も言った通り、白川系との異種交配となるだろう。しかし、私の血統は白川系の中に埋没するだろう。これは非常に競翔家として、悔しい事なんだが、白川さんの鳩舎に居た、200数十羽の鳩のどの血統をとっても、私の旧主流血統では苦戦を強いられるだろう。それほど・・偉大だったのだ、白川鳩舎とは。この白川系を自分の鳩舎に置いて私も実感している。それは、実は今春のレースにも既に使ったからだよ」
「えっ?」

香月は驚いた。
「昨年より、白川さんから依頼された配合で、4羽既に導入していた。その鳩の仔鳩が既に今春のレースを戦い、君のエースには負けたが、500キロレースまでの私の鳩舎の1着、2着だ」
川上氏は既にもう白川系を使翔していたのだ・・香月はもう、何も言う事が出来なかった。その選手鳩が、早熟で、図抜けた鳩だと言う事は言わないでも分かる。来春の台風の目になるのは間違い無い事だ・・。
この日、関西から人柄の良い、新川さんと言う人がトラックに乗って川上氏の所へやって来たのは午後をかなり回っての事であった。