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2002年6月2日分

恰幅の良い、いかにも人の良さそうな、新川さんは、家具屋さんを営まれている方だが、数年前奥さんを交通事故で亡くされてから、競翔を中断していたとの事で、関西では有名な強豪競翔家であった。(新川さんは、白い雲2部にも重要な人物として登場します)だが、その際に自分の鳩を全て処分してしまって、数年間は、全く中断していたのだが、やはり競翔鳩が忘れられなくて数年来の知己である、川上氏に一ヶ月前に電話してきたそうだ。その電話では何羽か譲って欲しいとの事で、既に何羽か分譲しているが、この人なら・・川上氏は新川氏のお人柄を良く知っていて、関西でなら自分の血筋が・・そう決断したと言う。
「いやあ・・わしは幸運ですわ。川上さんに主流種鳩を譲って貰えるなんて」
童顔のように、恰幅の良い腹でにこにこして新川さんは言った。大きなトラックは、鳩舎が丸ごと入りそうな放鳩車であった。並の人では無い、香月も思った。
「丁度・・どなたかに・と思っていた矢先・・それが競翔を再開される新川さんなら私も安心だ」
お互いの知己は、和やかに談笑となった。
「しかし・・あれでんなあ・・わしも自分の鳩を他所に出す時は、大声で泣いたもんです。よくぞ決心してくれました。有難い事ですわ。絶対この血統は関西で活躍します」
「私も正直辛い・・ですが、思い切った鳩の入れ替えをしなければ、決断が鈍る」
川上氏は新川氏と固く握手した。香月もこの人ならと思った。・・愛鳩を手放す時泣いた程の愛鳩家ならば・・。
「それに・・私が関西の鳩舎に譲るのは、是非、稚内GN1300キロを・・その夢を託すのですから」
香月は、納得した。この人なら・・川上鳩舎の主要血統なら成しえる事であろうと・・思った。
新川氏が、何度も礼を言いながら帰った直後の事であった。
川上氏の真意を感じ取って、香月は正直に気持ちを打ち明けた。
「僕・・正直言って、川上さんが、純白川系の後継者になるものだと思ってました」
「・・なるほど・・外れては居ないと思うが・・今年のレースに白川さんに言われる交配で、言われるままにレースをした。流石に非凡な成績を残した・・が・・。私は、私の白川系を作りたいと思っている。それは故人の遺志でもきっとあった筈と思うのだよ」

「はい・・きっとじいちゃんは川上さんに更なる改良を託したのでしょう。僕は嬉しいです。尊敬します。師匠・・。」
初めて香月が川上氏を師匠と呼んだこの日・・熱い思いが川上氏に過ぎった。目が潤んだ。
「あ・・申し訳ありません。じいちゃんを思い出させるつもりでは・」
機敏な香月は白川氏の事を思い出させる・・その言葉が足りなかった事を謝った・・。
「いや・・そうじゃ無いんだ・・新川さんと同じ・・心境だったのだ」
「そうだったのですか・・そのお気持ちお察しします」
川上氏の痛い程の心情を悟り、今まで育ててきた競翔鳩を手元から分譲するこの川上氏の強い信念と、決断にも敬意を表したかった。
「あ・・言い忘れたが、香月君、君の選んだシューマン系はダークホースかも知れないね。」
「えっ・?」

香月は驚いて聞き返した。
「あの鳩群の中で、その2羽を選んだのは意図ある事かな?」
「い・・いいえ!全く・・綺麗な体形の美しい羽色でした。意図は全くありません。どの鳩を選んでも遜色なかったです」
「ふ・・ふふふ。君って言う子は・・。しかし、あのシューマン系は白川氏が導入して2腹しか仔鳩を取ってない鳩で、私もこの2羽が参加したレースでは惨敗したよ。殆どが900メートル台の分速のレースの中で、2羽ともダントツの1100メートル台で、しかも最遠地にありながら、近隣地区では圧倒的な、ぶっち切り・・総合でこそ、順位は落としたものの、それも当時参加連合会の距離の制限がまちまちで、結局850キロの範囲であった地区が上位を独占した中の、総合上位だったからね。私もこのままこの2羽が以降のレースに参加されていたら、どんな大記録が生まれたか想像できない位だ。」
「・・・そうなんですか。・・でも、結果は分かりませんけど、僕は綺麗な鳩が手に入って嬉しいです」

彼らしい率直な意見を言った後、香月は香織を連れて近くの公園に出かけた。
公園のほぼ中央に大きな池があり、一本の楠木が植えられている。丁度その木陰の下のベンチが2人の指定席だ。香織は最近香月が部員になっている剣道部のマネージャーをやっていて、倶楽部のマスコットガール的な存在だった。香月は中学校の時には県大会で準優勝するほどの実力の持ち主だが、当初はたまにしか練習に顔を出さない香月と先輩部員との間で、揉め事もあったのだが、
「スポーツは体を鍛える為のもので、試合するための活動ではありません
その意見が、理解ある先輩によって、不規則な倶楽部活動参加になっていた。
「ねえ・・香月君、今日の大会どうなったのかしら・・?」
本来なら、マネージャーである彼女も行動しなければならない大会である。
大丈夫さ・・あいつ(木村)が居る限り」
「木村さんて、香月君と中学校は県大会で優勝を分け合った程のライバルだったんでしょ?本当なら、香月君も大会に出てて当然の実力なのに・・・」

香月が剣道部に所属できているのは、この木村と言う男が強く推したからでもあった。しかし、練習にもたまにしか顔を出さない香月は、試合には出さない条件を剣道部の部長にはつけられた。
「チームは和が大事だよ。僕は試合には出たいとは思わない。それより君は行かなくて大丈夫だったのかい?」
「私?私は香月君と一緒よ。その為に入部したんだもん。時間が取れないでしょ?2人の・・」
「あ・・ああ・・色々ごたごたしたからね。」
「ね、約束しようか・香月君の夢と私の夢・・叶いますようにって。この楠木に今から誓うのよ」
「ああ、いいとも!けど、君の夢って?」
「私ね・・漠然としてたんだけど、高校を卒業したら、保母さんになるの」
「いいとも!今から誓おう!」

2人の関係は益々深いものとなって行く。