白い雲トップへ  次へ   参考資料   お願い  登場鳩

2002年6月3日分

週が明けて、香月は担任に呼ばれた・・。進路の事であった。
「どこを希望したい?香月君」
「はい・・S工大獣医学部を希望します」

担任の顔が凍った。
「・・それは・・極めて難関中の難関だ・・君の学力なら、中央のK大農学部獣医学科や、N大も可能だろう?何故?」
「僕も考えました。でも、僕の両親は小規模の農業をやってて、中央の大学へ行くには負担も大きいんです。又、調べましたら、S工大のような設備は整っていないし、それ以外には条件の当てはまる所は無いんです。」
「だが・・S工大と言えば、国家の特殊研究機関・・改めて、他の大学からも入学し直す者も居る位で、1浪、2浪は当り前の所なんだよ?学業云々じゃなく、どう言う研究目的かを問われる所だ。君はそれを持っているのか?」
「はい・・」
「うーーん・・君程優秀な学生だから、私もS工大は出来るならば、もう少し考えた方が良いと思う。来週でも君の両親と話して見よう・・」

頭を下げて香月は職員室を出た。そこへ香織が待っていた。
「進路の話?」
「ああ・・やはり考え直せって・・」
「香月君の夢の第一関門だもんね・・で、用事があるって言ったのは?」

香織が聞いた。
「うん。そろそろ倶楽部活動を止めて、本格的な受験体制に入りたいと思うんだ。スケジュールを決めて・・」
「私も、頑張らなきゃ!」
「じゃ、行こう」
「どこへ?」
「今から退部届を出しに」
「ええっ?」

余りに性急な香月の行動に香織は驚きながらついて行った。
ところが・・剣道部の顧問、杉村先生と、3年生の辻村主将と木村からは、強く留意を求められた。
辻村はきつい調子で言った。
「とにかくね!香月君、勝手過ぎるよ、君!。剣道部に在籍する以上、規律や伝統があって、いかに君個人の理由があっても、変則的な倶楽部参加にしてもだね。都合の良い方向に勝手に自分で決められたんじゃ、俺も主将としてたまったもんじゃないよ!」
「申し訳ないです。けど、僕は将来の夢の為に今から準備しなくてはならないんです。辞めさせて下さい」
「それを言うのなら、君は一年の時に結論を出すべきだった。確かに君の変則的な倶楽部参加は、文句を言う者も居る。けど、去年のインター杯での成績で、木村と並ぶ実力の君には試合には出さないと言う事だったが、是非、今年、来年と秋のインターハイには出場して貰いたかった。その俺の気持ちも分かってくれよ」

辻村は、香月の実力を買っていた。周りの雑言も押さえてきた。それは、香月も良く知っていた。木村が言った。
「この秋だけでも、参加してくれよ、香月君」
「有難う!木村。でも、僕が出場する事はきっと、来年主将を受ける君にとって、倶楽部運営に揉め事を起こす事になる。それならば、今退部したい」

香月の決心は揺らぎないようで、でも、だからと言ってすんなり退部を認める雰囲気では無かった。その時、一緒の香織が言った。
「お願いです。香月君の退部を認めて下さい。私は自主的に勝手にマネージャーをしたりしてるから、正式な倶楽部員では無いですけど、香月君はよくよく考えた上での結論なんです。今も先生の所で、進路について話してきました。彼の目標はS工大獣医学部・・学校で習う知識より、もっともっと幅広い知識を吸収しなければ受からない大学です。どうか、お願いします」
やっと、その時顧問の杉村先生が口を開いた。
「ほう・・S工大・・・我が校から過去にもストレートに入学した者は居ないと聞いている。K大卒業者でも不合格になるほどの学校だ・・それは、大変だね。どうだ?辻村君・・こう言う事なら引き止める訳には行かないだろう」
「そ・・それは・・」

辻村が口ごもった・・。
「香月・・俺は君に借りがある」
木村が言った。
「何?借りって・・」
「中学校の時の県大会の決勝戦だ」
「ああ・・君に負けたね」
「いや!あれは・・君が捻挫してる足を庇ったからで、俺は勝ったと思っちゃいない」
「それも実力だよ、過去の話だ」
「決着をつけよう!」
「え・?」

香月が木村を見上げた。それは、ライバルと称された、剣道の決着・・木村の香月に対する心配り、暖かい思いやりの送る言葉でもあった。香月は彼の気持ちを悟った。顧問の杉村も、それを理解していた。
「認めよう・・私が審判をするよ・・良いだろう?辻村君、香月君」
「願っても無い事です。異存ありません」
香月は答えた。辻村も説得困難と諦めたようだった。
木村は全国インター杯で準優勝した実力の持ち主。一方の香月は、高く実力を認めながらも、公式戦には一切顔を出さなかった陰の実力者。香月と木村の試合は瞬くまに学校中に知れ渡り、次の日の放課後の剣道場には、大勢の生徒達が集まっていた。