2002年6月4日分 香月の人気が証明されてるようで、盛んに女生徒の声援が飛び交っていた。試合は正式のものと同様、2本先取で決まる。副審を辻村が勤めた。大勢が固唾を飲んで見守る中、試合は始まった。だが、誰もが、全国インターハイで、一年生ながら個人競技の準優勝を遂げた木村の勝利は確実と見ていたし、香月への声援は、むしろ善戦して、頑張ってと言う応援でもあった。県下では無敗、インター杯の個人戦決勝で敗れはしたものの、惜敗だった。今年は優勝候補ナンバー1の木村は、学校のスターなのだ。それに対する香月には実戦がほとんど無い。誰もその香月の剣道の実力は知らない・・いや・・正確には2名、香月の勝利を信じて疑わなかった者が居る。香織・・そして女子剣道部の女武蔵と称される、香月と同じ中学校出身の、村上和美であった。
場内に響き渡る気合と共に、その時木村の上段からの横面が決まった。 「一本!」 の声と共に、館内は沸いた。時間が経過してるので、10分間の休憩を取ると言う事で、村上は腰を浮かそうとしたが、そこで思いとどまった。誰よりも早く香月の傍らに駆け寄った香織のその姿に、自分の出る幕は無いと悟ったのだ。村上は、中学校の県大会決勝戦で、善戦空しく破れた香月の試合後の顔を知っている。その負けて悔いなしの爽やかな、白い歯を見せた笑顔に心奪われ、それからの片思いであった。同じ高校を目指し、そして、同じ剣道部に入った。しかし、彼女と香月の距離はむしろ中学校の時より遠くなった。傍らに、男勝りの自分など到底敵いそうに無い、可愛くて、明るい・・そんな彼女が居たからだ。 香織は、すぐタオルを濡らすと、香月の大粒の汗を拭う。香月の左の額は、今の横面を受けて赤く腫れていた。 「大丈夫?香月君」 心配そうに聞く香織。 「大丈夫・・でも、強いなあ・・あいつ・・。俺も死に物狂いで掛からなきゃ、気合で負ける」 少し離れた木村の方は、辻主将に言っていた。 「彼は強いです・・俺が今まで対戦したどの相手よりも・・恐ろしいほどの気合ですよ。先ほどかろうじて避けた小手は強烈でした。まだ腕が痺れてます」 そう言って差し出した、木村の右腕も真っ赤に腫れていた。 「惜しい・・何とかならんものか・・」 辻村は未練そうに言った。後輩の剣道部員の中にも、香月の部活動を心良く思って居ない者も居たが、誰一人香月の実力を認めない者は居なかった。 そして・・10分の休憩が終り、今度は香月が木村得意の上段からの面を竹刀ごとはね上げた、振り上げ抜き胴が鮮やかに決まり、再び館内は大歓声に包まれた。嘗てこれほどすさまじい試合があっただろうか。どちらが武蔵で小次郎か。実力は全く互角。延長の又延長・・。そして、これでもう最後だという顧問の言葉で再開した間際の事であった。再三香月の小手に悩まされて来た、木村の捨て身の払い胴が決まった瞬間、大きな歓声と共に、全員が2人に走りよった。もう、どちらが勝とうがそんな事はどうでも良かった。両者の力を尽くした戦いに全員は感動を貰ったのであった。 ふらふらになりながら、でも、2人の間には爽やかな笑顔が零れた。村上の目から涙が零れた。自分が好きであった、その爽やかな笑顔だった。 香月は木村に手を差し出した。 「はあはあ・・有難う・・やっぱり君は強かった・・払い胴見事だったね」 「はあはあ・・君こそ・・俺が今まで対戦したどの相手よりも強かった」 大きな拍手に送られて、香月は香織の肩を借りながら館内を後にした。 しばらくは立ち上がれないほど、剣道部室内の香月は疲れていた。 「香織・・俺は恵まれてる・・今日こそそれを思った事は無い」 「貴方が何事も純粋で、全力だから皆が応援してくれる・・私こそ・・有難う・・」 香織の目から大粒の涙が零れる。 「どうしたの?」 「ううん・・なんでも無い。こんな素敵な彼が居て・・幸せ・・」 そう言って、香織は肩の頭をもたれかけてきた。 唇を寄せ合った2人。しょっぱい汗の味がした。 |