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2001.4.4・5日分
 
香月が帰り、川上氏が鳩の世話をしてる倉庫上の鳩舎の所へ、珍しく香織が上がってきた。そして・・
「ねえ・・お父さん、鳩を飼うのって楽しい?」
「おやおや・・珍しく鳩小屋に来たと思ったら、何だい?急に。・・うん、凄く楽しいよ。父さんは鳩が大好きだ。どんな趣味にも変えがたいものが鳩にはあるんだ」

少年のようににこやかな顔になって言う父親に、香織はそれ以上は何も言わなかった。そして、背を向けると
「お父さん・・私。来年、神原市のE高校を受験する」
「え・・お前・・」

県下でも名高い進学校は、香織の学力では少し難しい。突然の香織の言葉に川上氏は驚いた。


プロローグ 第二編 第二幕 競翔(仲間)

 やがて3月の初旬より作出シーズンも迎え、香月の鳩舎では現在6羽の仔鳩を得る事が出来ていた。仮母と言うテクニックを使う特殊な作出方法で、一挙に香月の鳩舎もにぎやかになっていた。この仔鳩達は9月から始まる競翔に向けて訓練を重ねられる。川上氏の細かいアドバイスを忠実に守り、香月の熱心な飼育管理によって、日増しに仔鳩達は逞しく成長して行った。
 舎外訓練から、放鳩訓練の過程で徐々に成果が上がって行くのが実感出来た。一羽の落伍も無く、秋の競翔の準備が進んでいたある日の事であった。突然川上氏が香織と共に、香月の家にやって来たのだった。
「やあ!」
「わあ・・びっくりした!今日はどうされたんですか?」

「いや、近くへ来たもんだからついでにね。香織も寄りたいって言うし」
 香月と香織達の関係・・実は、春休みに香月が家庭教師を兼ねて川上氏宅へ通っていたのだ。すっかり今では仲の良い友達になっていた。川上氏が立ち寄ったのは、香月の両親とも会う為でもあった。
 家の中で、雑談する川上氏と香月の両親。香月と香織は鳩小屋の前で話していた。
「静かな所ね」
「農村地帯だからね。こっちは」
「新学期が始まって、テストがあったでしょ・・私、先生に褒められちゃった」

嬉しそうに彼女は言った。一気に成績が50番も上がったと言うのだ。川上氏はそれが嬉しくて、お礼を香月の両親に伝えていた。初対面とは思えぬ、にぎやかな談笑が続いていた。
 そして、川上氏が2人の前に、にこやかな顔で現れた。
「いやあ、凄く楽しいご両親だねえ。私も、こんなお付き合いが出来るとは幸運だよ。香織の成績もぐんと上がって、今日は君にも感謝しに来たんだよ」
「いや、とんでも無いです。僕の方こそ香織ちゃんのおかげで、随分復習が出来ました」
 もう、すっかり川上家と香月家の間柄は、一羽の鳩によってこんな短期間に深い付き合いにまで発展していたのだった。
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 川上氏が、香月鳩舎の初作出鳩を見る・・川上氏の鋭い触診は、アイサイン、竜骨、主翼、副翼、羽毛余す所なく見抜いていた・・。
「よく・・これだけ粒が揃ったね。初めて鳩を飼って、まして初めて秋に競翔をする者とは思えない出来だ。良くここまで育て上げたね」
これ以上に無い川上氏の言葉に、香月も体に震える熱さを感じた。
 又、香月と川上氏の師弟関係とも言える深い間柄と、家族をも包容してしまった、一羽の鳩を巡っての不思議な縁・・。
 春・・夏・・季節は巡った。兄弟関係とも、親戚とも言える付き合いは益々深まり、香織と香月の間も、微笑ましい程の仲になっていた、香織の成績はうなぎのぼりに上がった。香月も見違える程明るくなり、クラスでも人気者に変貌するほどで、その成績も県下で指折り数える程の優秀さを発揮していた。
 そして・・秋。香月が鳩に出合った季節から、もう一年近くが来ようとしていた。
 香月は学生が資格ある、100キロレースの「文部大臣杯」の鳩の持ち寄りの場所へ来ていた。鳩レースとは、持ち寄った鳩を目的地から一斉に放鳩し、鳩舎に戻った鳩の番号付きゴム輪を外し、鳩時計で打刻し、その所要時間を放鳩地からの実距離で割り、分速○○○○・○○○メートルで順位を表すものである。
 さて・・その日がとうとうやって来たのだった。集合場所は、連合会のA・B・Cブロックの内、Aブロック40名が集まっていた。見知らぬ顔、今秋レースの初日と言う大羽数の参加。香月は少し不安になり、どこでどうやったら良いのか当惑していた。川上氏がその香月に気付く。
「やあ!」
 声を掛けながら近づく。香月の肩をぽんぽんと叩くと、
「皆!この子が、この秋から私の倶楽部に入会して競翔を始める、香月君だ。中学2年生です。宜しくお願いします。色々分からない事ばかりなので教えてやって下さい」
 一斉に歓迎の拍手が沸くと、すぐ2、3人の学生競翔家達が集まってきた。
 同じ倶楽部に属する、北村雄一、佐野明弘、浦部和史の3人である。倶楽部は同じで東神原連合会、神原愛鳩倶楽部である。北村は高校2年生、佐野は高校1年生、浦部は中学3年生であった。中でも北村は、学生競翔家のリーダー格であり、Jrの長を兼ねていて、面倒見が良くて学生達から「兄貴」と呼ばれていた。短く刈った髪、黒々と日焼けした顔と、太い眉。性格は非常にはきはきしていて、負けず嫌いだ。対照的に佐野は長髪色白で、度の強い眼鏡をかけていて、非常に神経質で生真面目で、沈着冷静な性格だ。通称「ノート」と呼ばれる、連合会の博士と呼ばれていた。浦部は丸刈りで、背が低く赤ら顔の口数少ない少年だが、非常に鳩を大事にする連合会一の愛鳩家であった。「うらちゃん」と呼ばれている。この3人が香月のライバルとなるのだ。三者三様の個性派であった。
 このブロックの学生競翔家は6名。20才までに与えられる文部大臣杯資格は連合会で、20名居る。このブロックに集まっているメンバーは今は3名だが、Bブロックには、磯川則哉と言う優秀な学生競翔家が居ると言う。のちのち香月にとって、最強のライバルとなる男だった。