白い雲トップへ  次へ   参考資料   お願い  登場鳩

アイ・ブルー号のモデルになる B♂を探しています
2002年6月6日分

川上氏の打刻タイムだが、若鳩の1羽が早かったのと、全部で8羽打刻した中で7羽が記録鳩と言う事もあって、入賞圏内に居るのは確実と見られていた。8時10分頃だと言う打刻タイムだが、8羽の打刻した時間が2分前後と言うのだ。流石に実力者である。
開函場所の会長宅では、既にほぼ全員集まっていたが、香月が鳩時計を持ってない事に佐野が不思議そうに尋ねた。
文部杯常勝の香月が・・何故?そんな疑問であった。
「どうしたの?時計・・」
「打ちませんでした」
「何で?」
「とても打刻出来るタイムじゃ無かったです。8時30分に1羽。その後夕方にやっと最後の1羽ですから・・」
「そう・・意外だね・・君程の鳩舎が・・見せて貰った時も出来が悪いっては聞いてたけど・・」

ところで、来ている筈の磯川が見えない。佐野に香月は聞いた。
「ところで、磯川さんは・・?」
「まだだよ。まだ少し時間があるからね。でも・・皆、肝を潰してるよ・・あのパイロン直仔群は凄い・・ダントツで、5羽同時に帰舎したそうだ。そのタイムが8時2、3分と言うから、この悪天の中・・本当に凄いよね」
香月が当然その事を知っているかのように、佐野は言った。香月は実は全くその情報を知らなかった。
「そんなに・・早いんですか?やっぱり・・見間違いかと思った一群がそうだったんですね?若鳩とは言え、この逆風の悪条件の中、そんな分速で戻ってくるとは・・」
「あれ?知らなかったのか・・。余りの差に他の会員達も今晩は大人しいだろ?川上さん位だよ・・次に近いのは」

話し合ってる所に磯川が入って来たが、時間スレスレで、間も無く開函となった。
3腹仔を取れば、その内1羽は必ず優勝鳩が生まれるだろうと、太鼓判を押されてインデント号血筋より、更に濃い血筋として導入した血統である。脅威のペパーマン系のそれもほとんど源鳩に近い、パイロン号直系・・。香月も身震いする思いがもした。果たして、白川系とどちらが、速いのか・・それは来春になって明らかになるだろう。今の香月では到底太刀打ち出来なかった。
結果が出たのは9時前だったが、やはり1位〜5位まで文部杯と合わせても、ぶっちぎりの成績。強い磯川が完全復活したのだ。6位に川上氏、7〜9位を又磯川、10位に川上氏と、10羽中8羽と言うこの一番参加数が多い東神原連合会の100キロレースを圧勝した磯川であった。
そして、続く200キロ、300キロでも磯川の勢いは止まる所を知らず、1位から3位、又1位から4位と上位を独占した。やっと400キロレースになって、川上氏が優勝。だが、2位〜5位を磯川と、その後を川上氏が6〜8位と言った具合にレースは進んで行った。川上氏が鳩の休養を取ってジャンプ方式にしたのに対して、磯川は全レース、全鳩参加であった。400キロレースで一矢を報いたのは、ようやく疲れを見せてきた、磯川鳩舎に対して、川上氏の手腕の勝利と言えるだろう。そして、500キロレースになって、川上氏は30数羽残った選手鳩を全鳩参加。これは若鳩8羽に対して、成鳩26羽であった。成鳩に関しては、1羽落伍しただけの見事な帰還率であった。若鳩はあれほど、主力を放出した中で、よくぞ、ここまで残ったと思える成績でもあった。
そして、500キロの高松宮杯が開催された。連合会で1200羽参加。最優秀鳩舎賞は予断を許さぬ、僅差となって、川上氏はこの500キロに狙いを絞っているようであった。川上氏をここまで追い詰めたのは、300キロ10連合会合同レースで、磯川が、6600羽中総合優勝、2位、3位と独占した事で、当に圧巻であった。パイロン号直系の恐るべき優秀さは、誰もが知る事になった。恐らくペパーマン系の導入が近隣の連合会でも相次ぐ事であろう。
川上氏がこの高松宮杯に、自鳩舎の短距離のエース「アイ・ブルー号」を投入して狙っていた事を、香月だけが知っていた。過去500キロ優勝3回、400キロ優勝2回、2位4回。300キロ優勝2回、200キロ優勝1回、2位、5位100キロ優勝3回、2位2回と言う脅威的な数字を残している鳩だ。今秋は、100キロレース参加(6位)の後、一気に400キロレースに参加。その400キロを今秋を制したのもこの鳩であった。この血統は川上氏の旧主流とは違い、デルバー系の銘血を受け継いだ、世界最高分速を記録した「デントロイ号」(実在)の孫に当る。アメリカのロジャースミス氏が1968年に出した300マイルレースで、分速2800.182メートルと言う驚異的なスピードを出した鳩である。この鳩はその後、種鳩として生涯を閉じたと言う事であるが、その後も多数の子孫が大レースで優入賞したと言う事は余り聞かない。ただ、デルバール氏が28羽と言う一群の600マイルの優勝鳩ばかりを交配して、50数年に渡り、改良し、淘汰してきた血統であり、多くの銘鳩が誕生している。子孫には、このようなアイ・ブルー号のような突出した成績を残す鳩が出現している血統である。