白い雲トップへ  次へ   参考資料   お願い  登場鳩

シュウ号のモデルのBCの♂を探しています
2002年6月8日分

700キロ西コースは、高橋会長が連合会優勝、6500羽中総合24位、川上氏も連合会2、4、6、7位に入賞した。磯川も3位には入賞したものの、連戦参加のペパーマン系も、かなりハードな西コースは、疲れが出ているようだった。この時点で、磯川は秋のレースを中止した。川上鳩舎の第一回最優秀鳩舎賞はやっとこれで確定的となった。
そして、最終1000キロDCレースは、川上鳩舎が、難レース連合会唯5羽翌日帰りの中、これも愛鳩「シュウ号」が優勝、総合59位に入賞したのであった。
そして・・例の仔鳩が誕生したシーンから、2週間後の事であった。川上氏が、香月の家に訪問する事になった。子鳩を見たいと言う主旨でもあるが、香月の両親とも話があるそうで、家では慌しく、母親奈津子が部屋の掃除をしていた。外ではすっかり香月家の家族となった、ドンが楽しそうに走り回っている。ドンは非常に訓練された賢い犬だ。「おーい!ドン」香月が呼ぶと一目散に掛け戻ってくる。頭を撫でながら、香月が言う「今日はね、君の好きな香織が来るよ。良かったな」「ワン!」言葉を理解しているのやらどうか分からないが、嬉しそうにドンは尾を振る。広がった田園風景の中で、動物も人間もおおらかになるのだろうか・・。
川上氏は何回目かの香月宅訪問であったが、この日は先に家に入った。香月と香織が外でドンと戯れていた。用件は、仔鳩の事もあるが、最近特に学校の先生の訪問が多くなった、香月の進路の件であろう。川上氏来訪は、母親奈津子からの電話でその相談の事も兼ねていた。
父、泰樹が型どおりの挨拶の後、こう切り出した。
泰樹:「いやあ・・本当に良いお付き合いをさせて貰っています。私達も、いつも感謝しています。今日お越しいただき少しお話もしたいと思うのですが・・・他でも無いのですが、こいつが、一男の進路について非常に心配してましてね。こんな相談を貴方にはご迷惑とは存じましたが」
川上:「いえいえ、とんでも無いです。こちらこそ、本当に良い息子さんで、家内ともども感謝してるんです」
奈津子:「実は・・再三、担任の先生から呼び出しがあって、私も何度も学校に行ったり、熱心な先生ですから、しょっちゅう家にもおいで下さったり、希望の大学以外のパンフレットを貰ったり・・私は息子が進路を決める事については、何にも、口出しはするつもりは無かったのです・・けど・・」
川上:「お母さんの、そのお気持ち良く分かります。私も同様です。私も息子同様にも思ってますから」
泰樹:「有難う御座います。私は中央の都市で仕事をしてました。一男が小学校の時に、事故で突然両親を亡くして、それから、家族共々こちらへ戻って来て、慣れない百姓を始めました。何とか現在、土地も増やし、果樹も栽培し始めて少しは生活の方もゆとりが出来ました。私は子供に夢を押し付けるつもりは無いですが、出来る事であればやはり、S工大受験で苦労するよりは、中央でしっかり学んで欲しいと思っているんです」
奈津子:「苦労しました。この人と必死になって、やって来ました。主人は、大手の商社に勤めてましたので、その人脈のお陰で契約農家で、果樹を栽培するまでになりました」
川上:「ご苦労、良く分かります。それで・・」
奈津子:「S工大進学の事を聞けば、聞くほど、一浪、二浪なんて当たり前。そんな苦労をして欲しくは無いし、もし入学出来たとしても、あの子が目指す、将来の方向が不安なのです」
川上:「お子さんとは良く話し合いましたか?」
泰樹:「話はしました。先日亡くなられた、白川さんと同じ道を・・そう言う事です。学者になって、食って行けるものなのかどうか・・不安でもあります」
奈津子:「白川さんのように学長まで勤められた人ならいざ知らず、同じ道を目指すならば、大学課程、それから大学院、博士課程・・それらを含めてこれから、まだまだ長い道程があります。」
川上:「・・確かにそうですね。親として、不安は同じです。でも・・あの子なら・・そんな希望を持ったりするんです。この頃特にそう感じます。S工大は確かに特殊な大学です。でも、優秀ならば飛び級もあるし、在学中に現役で、博士号を取得出来るとも聞いて居ります」
奈津子:「そう言うお話は、他の大学や、研究施設から再入学した人達が、研究した結果として、あるとは聞きました。ですが、一男は、まだ17歳です。人生経験も、一般知識も、勉学だけでは無い幅広い教養や、弁論も必要と聞きます。それが、不安で仕方が無いのです」
川上:「私の方からも、もう少し多方面の方に聞いて見ましょう。ただ・・香月君は明確な研究課題を持っています。その資料は白川氏から頂いた筈。きっとお役には立てると思いますが・・」
泰樹:「反対を押し付けるのは親としてしたくないんです。優しい子で、何一つ、今まで私達が心配する事は無かった。私達の仕事を気遣い、大人しく本を読んでいる子でした。それが、貴方に出会い、お宅のお嬢さんに出会い、明るく、積極的な子に変わりました。本当に感謝しております。この不安は、やっと私達が親として、あの子をどうにかしてやりたい、その応援の心配でもあるんです」
川上:「はい。私も、もう少し、知り合いの人に聞いて見ましょう。ご両親の気持ちは良く分かりました」
そう言って、外に出た川上氏は、楽しそうにドンと遊ぶ子供達の姿に目を細めた。白川氏はこの香月に何を託そうとしたのか、その遺志を香月はどう受け止めようとしているのか。不思議な運命の糸が自分の周囲で、絡まるのを、川上氏は感じずには居られなかった。