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2002年12月9・10日分

翌週の200キロレースの持ち寄り場所で、もう結果は会員達に届いていたが、川上氏から100キロレースの成績果が発表された。
「もう、周知の事だと思いますが、文部大臣杯は、香月鳩舎が、日本記録を上回る快分速記録の2016・524メートルで優勝しました。その後も1982・624、1940・511、1932・682メートルと、圧倒的に4羽が他を引き離して、6位まで独占しています。7位が、渡辺一志鳩舎、8位が、山田道之鳩舎、9位が八田義久鳩舎、10位が尾藤健一鳩舎です」
おおっ!と言うどよめきが上がった。いずれも、1800メートル以上の快分速であったからだ。当に分・秒の打刻タイムであった。
「続いて、一般の方ですが、こちらも分速1900メートル台が3羽出てます。一位が磯川鳩舎で、1962・286メートル。2位も磯川鳩舎、分速1956.・194メートル。3位は川上鳩舎、1928・365メートルと、Jrには及びませんが、他の地区でも1900メートルの分速は出ていないと思います。以下、4位、桐生鳩舎、5位、柳鳩舎、6位、服部鳩舎7位、川上鳩舎、8位、佐野鳩舎、9位川上鳩舎、10位、水谷鳩舎・・以上はベスト10です。なお20位まで分速1800メートル台です」
ほおっ・・どよめきが上がった。過去に無い高分速のレースであった。しかし、それにしてもこれだけの大羽数、学生とは桁が違う参加数の中で、磯川の1、2位や川上氏の名前があるのは、やはり血統なのだろうか・・。鳩は一般に時速120キロ〜140キロは出すと言われている。だが、この狭い日本の中で、この東神原連合会のような放鳩地から一直線に帰舎コースが位置する所は稀だ。それだけに2年前に香月が記録した、「ピン太号」の文部杯全国優勝は、地域的有利と言われる。香月鳩舎の位置が天佑と言われる・・しかし、それは、この誰もが成し得なかった、2度目の授賞濃厚の記録の前には沈黙せざるを得なかった。他の会員達も・・・。それに近い数字が出た、この100キロレースであったのだから・・。
香月自身は今回のこのレースをこう分析した。
・・・追い風の気流に乗って、その天性の副翼の密度と完成されてはないが、柔らかい筋肉によって、上空高く舞い上がり、戻って来たのだ・・と。そして、それは何を意味するか・・子鳩は天性の長距離鳩の資質を生まれ持っていると言う事だ。・・

そして、この200キロレース・・次代の種鳩候補、「ピン太号」「グランプリ号」の仕上がりも良い。そして、シューマン系の「リリー号」「マロン号」との交配も大成功したようだ。シューマン系の特徴が強く出ているが、第2代、3代となった時はどうだろう・・香月はそんな事も想像していた。秘めたる資質は、その天分を持って生まれた子鳩に匹敵するスピ−ドをシューマン系は有している。嬉しい伏兵だと香月は思った。帰舎訓練、単羽訓練も功を奏しているのだろう。
その200キロの持ち寄りには、磯川始め何名かが香月のシューマン系の若鳩に触った。磯川が言う。
「あの・・栗はストックしたの?」
「ええ」
「そうだろうね。そうするよね」

他の学生達もそう言った。香月はにこにこして頷いた。
「それにしても、この栗群は、ペパーマン系に匹敵する筋肉だね。叉少し違った羽毛だけど」
取り分け磯川は、熱心に触っていた。

そして、200キロレースも好天気に恵まれて、やはりJrの優勝から4位を香月が独占した。2位から6位の香月鳩舎の鳩の順位が入れ替わっただけで、圧倒的に他の学生競翔家の鳩を引き離していた。一般では、川上氏の「アイ・ブルー号」が又しても、優勝した。ただし、磯川も2から4位と入賞し、かなり混戦したこの距離だが、上位30位以内にはやはり常連達は顔を揃えていたのだった。ただ・・川上氏が、このレースで、「アイ・ブルー号」で、優勝はしたものの、上位を独占すると言った今一つの冴えが感じられない。白川系の使翔が未だ掴めてないのだろうか。周りはそう思っていたようだ・・。氏が平然としているのが、何となく不気味・・磯川はそう感じていた。
 いよいよレースも300キロからになって来ると、合同レースやダービー等も加わり、賞金レース等も各団体で開催されている。そちらは1羽当たりの参加料も高いので、特定の人達によって運営されているようだったが、東神原連合会では、賞金レースは得点外としている。参加、不参加を強制するものでは無かったが・・。
その300キロレースになって、香月は磯川の参加羽数が36羽と少ないのに少し疑問を感じた。ジャンプ方式かな?春は大レースが目白押し。当然そう言ったジャンプ等は、競翔テクニックの一つである。しかし・・それは違った。この300キロレース香月は4位に入賞。磯川は優勝した。しかも毎週発刊される「週間競翔」によって、磯川の鳩が、賞金レースで堂々と4300羽中総合優勝を飾ったのを知ったのは翌週の事だった。一般の競翔は「運輸大臣杯」そちらも連合会優勝。そして、1羽参加料1500円もする賞金レースに・・。
「ご存知ですか・・?磯川さんの・・
香月が川上氏に言った。
「ああ、知ってる。どうこう言える立場では無いし、彼も成人してるのだから・・とは思うが、私自身は邪道だと思っている」
「僕も同感です。確かに素晴らしい鳩が参加されてますけど、日本の今の風土には馴染みません。後年こう言うレースが欧米や、ヨーロッパ各地のように増えて来るのでしょうか?」
「分からないが、賞金レースには、協会に所属していないプロのような連中が大勢居るし、手段として、鳩の売買を目的として行って居る。磯川君の場合、それが運輸杯だったら、10連合会の総合優勝だったよね。それが私には残念なんだよ。彼の場合自分の鳩の力を誇示しようとしているように感じる。そんな世界じゃない。そんなもんじゃないんだよ。鳩競翔と言うのは・・」
「でも・・・なんで急に?」

香月には疑問があった。
「その事か・・」
「知って居られるのですか?」
「聞いた話だが・・彼が
パイロン号直系を導入出来たのは、ブローカーを介してだ。プロと言うのは、外国じゃ常識になっていて、当然優秀な血統の鳩は高く売買されるから、そのブローカーもかなり現地の事情に詳しく、オークションを通じて手に入れる仕組みが出来ているそうだ。彼はそのブローカーを通じて導入したそうだが、何百万と言う大金が動くと言う。それはそれで、私は個人の勝手で、個人が幾等鳩に金を出そうが、構わないじゃないかと思っている。事実彼は導入以来素晴らしい成績を上げているからね。しかし、今回のその賞金レース参加には、その人物との導入にあたっての取り決めがあったらしいんだよ。何でも、もうパイロン号は死んでしまって、その直子群は数倍にも値段が跳ね上がって手に入りにくくなってしまったようなんだ。そこで、昨秋の西コースで、総合3位までを独占した中の1羽を今回の賞金レースに出して、優秀さを証明した上で、その鳩を譲渡すると言ったね・・しかし、まさかそれが総合優勝するとは思わなかっただろうけど。そんな銘鳩をみすみす手放すなんて・・惜しいと思わないか?もう引退させてしまうなんて」
「・・複雑なようですね・・。でも、一つだけ磯川さんについて川上さんの誤解があります」
「・・と、言うと?」
「彼の眼は、やはり今の所、川上さんや僕に向いていると言う事です。今春のレースが好調に来てると言う事もあるでしょうが、ペパーマン系は、100キロ〜300キロの短距離には強いですが、昨秋のように、400キロ〜700キロの中距離には難点を持っています。昨秋の400キロ、500キロを落としたのはそのせいです」
「ほお・・断言できるほど、君には確信があるんだね?聞こう」
川上氏は、日毎に逞しくなって行く香月に眼を細めた。
「はい・・先頭集団を常に形成する勇敢で、スピード豊かな系統なんですが、非常に短期間で、作られて来たせいか、神経質な鳩が多いようです。それは近親による弊害と見ます。やや疲れて来た中盤頃には、早く帰舎してもすぐに鳩舎に入らないのです。それは、磯川鳩舎の構造にも問題があるのです」
「ほお!君の理論は整然としている。磯川君の鳩舎の構造は別として、私もペパーマン系・・その
パイロン号直系群はそう見る」
「ですから、これからある、400キロレース以降・・川上さんにレースを押さえられたら彼はきっと疑問を抱き、そして研究するでしょう。それがある限り、きっと賞金レースには向かないでしょう」
「私が磯川君を押さえるなんて、どうして予想出来ようか?」

川上氏は目をぱちぱちさせた。香月は、自分をも既に驚かせる競翔家に育っている。それも高次元の理論を持って・・。感心しながら聞いていたが、その磯川を自分が押さえる所には、苦笑した。
「僕はこう見ます。磯川さんと川上さんが決定的に違うのは・・一括管理と、個別管理でしょう・・そして、それは、今春の川上鳩舎の狙う700キロレース以降の照準にあります。ですから、自由舎外にしてるのでしょう?400キロレースからは主力を投入される筈・・と見ます」
川上氏の顔が少し硬直した。
「・・うむぅ・・驚いたよ。そこまで私の狙いを見ていたのか・・」
「だって師匠のやリ方を参照するのは弟子として当然じゃないですか」
「わっはっはっは!君には負けたよ。君も400キロにはエースを持ってきそうだし・・ね」

2人は大きな声で笑った。大きな、春・・・・成長の春であった。どこまで駆け上って行くのだろう・・この若者は急激な勢いで・・川上氏はその成長が嬉しかった。