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イン・コアー号のモデルのM♂中山鳩舎が2005/5/29御提供下さいました
2002年12月11日分

400キロレースは、曇天で、大陸から低気圧が張り出した、今にも雨が落ちそうな空模様であった。300キロレースまで好条件に恵まれて、参加羽数も5856羽と、この時点までは帰還率も高かった。これまで白熱したレース展開だったが、こう言うレースにぶつかると、鳩の優劣は顕著な形になってくる。方向判断力に優れたレーサー(競翔鳩)が、こう言うレースを制するのは言うまでも無い。それに、400キロレースはこれから後の大レースの為に重要なステップとなる。殆どの主力はこのレースに投入されるのだ。ここで、今春のレースの行方が決まると言っても過言では無い。
このレースの持ち寄り日の事、香月は磯川に、放出鳩の事を尋ねた。
「ああ、その放出鳩は、昨秋の10連合会合同レースで、総合3位。今年の賞金レースの総合優勝の鳩だよ」
「その鳩は、BCのメスだったですよね?」
「その通り。アンダーソンの血が4分の1入ってる鳩だ。」
「惜しいですよね。今からの鳩なのに・・」
「まあ・・でも、他にも居るからね。昨秋の総合1位、2位も居るし、今年の運輸大臣杯の優勝鳩も居るしね。それに、出した鳩は、純血じゃ無かったから・・ね。」
「・・そうですか?・・・ところで話は変わりますけど、僕の所では、このレース前からハチミツを与えています。磯川さんは?」
「ははは。まだレースは序盤。500キロを過ぎたら、後はGPだから、その期間に調整すれば良いよ。君は師匠に似て、慎重派だね。まだ短距離なんだから、それほど、過敏に対応する事は無いと思うよ」

香月は、もうそれ以上磯川にはう聞かなかった。
天候が悪いので、8時になっての放鳩だった。農林大臣杯、このレースは、全国杯のレースの1つだが、山沿いのコースになるので、過去全国杯の授賞はこの地区では一度も無かった。分速も極端に落ちるこのレースは、若鳩の登竜門と言われ、東神原連合会独自の放鳩地であった。過去に白川氏から提案された放鳩地で、難コースであった。この放鳩地を毛嫌いする会員は居る。代表的な会員の中では、渡辺鳩舎、浦部鳩舎がある。彼等は今回参加していない。しかし、この東神原連合会独自の400キロレースを実施し出してから、経験鳩はその後のレースに於いて、高い帰還率を誇るようになった。忌避する者、敢えてここを選ぶ者。今は後者が圧倒的になっていた。
帰還コースは山際をジグザグに通るので、実際飛距離は、600キロ近くになる、磯川が見逃しているのは、この点だ。その為、香月は磯川に先程の質問をぶつけたのだったが、これが好天の時なら、さほど問題は無い。海沿いのコースを辿るからだ。しかし、この悪天を制する鳩こそが、その競翔鳩としての素質を証明する事となる。川上氏、香月は勿論その理由を知っているし、ベテラン会員達にも、この説の信奉者は多い。香月はこの難関を制する為に、飼料にも工夫を凝らし、レース前に高価なサフラワや木の実を60パーセント近く混入し、レース後にも体力が残るようにしておいて、二重、三重の試みを施していた。残念ながら、磯川はその点を見落としているように思えた。が、それでも、優秀なペパーマン系の事だ、結果は出て見ないと分からない事ではあるが・・・。
そして・・香月鳩舎の一番目の帰舎は、2時少し前となった。すぐ呼び込んでタイムしたが、相当ぐったりと疲れている様子。実際距離を600キロだとすると、この曇天の中、分速1600メートル近くで飛び帰った事になる。香月の計算通りなら、この鳩は分速1200メートルを出していて、優勝圏内に入っている筈だ。しかし、予想外に帰舎は良くて、32羽参加中、2時半までには16羽が帰っていた。タイムしたのは5羽。いずれも、ピン太×リリーグランプリ×マロンの仔鳩達であった。2時半過ぎにはその親鳩、ピン太グランプリ号が仲良く帰還した。2羽とも流石に経験鳩。戻ってきて餌をついばむ余裕で平然としていた。両鳩の仕上がりは非常に良い。悪天には決して無理はしないで、自分の鳩舎位置を正確に掴んでいて、マイペースで戻って来る。今年は2羽ともGNに投入予定だ。
3時過ぎに佐野から電話が入った。佐野はこのレース頃から神経質になり、次に控える大レースに備える為に、各鳩舎の帰舎状況、情報収集を強化している。3時までに帰還した鳩は次に控える大レース、GPの入賞圏内に入る鳩と見て間違いないからだ。佐野流は、やはり競翔家としては、間違い無く一流の眼を持っている。
「やあ・・君の所は何羽?今日は分速の方はそこそこのようだよ。大体早い所で、1100メートル位だ」
「そうですか。僕の所は今24羽です」
「おお!良いねえ!。確か32羽参加だったよね。凄い帰舎率の上に、早そうだね、今の時間に24羽も帰ってるのなら」
「早いのが、2時少し前です。10分頃までに5羽打刻してそれで、止めました」
「早い!それは、今まで集めた中で、一番だよ。やっぱり君かあ。それだと1200メートル出てるよね」
「どの程度今の時間で帰って来てると、佐野さんは予測されます?」

香月はこちらの方に興味があった。自鳩舎と、全体参加鳩数との帰還比率が自分にとって重要だから。
「え・・と・・。今俺が集めた数で、540羽だね。この位の時間に居ないと、とても700キロのGPは入賞出来ないからね・・あ!そうだ。川上さんの所もかなり現時点での帰舎率が良いよ。今48羽帰舎してる。参加羽数が意外と少なかったけど・・68羽参加で、48羽だから良いよねえ・・10羽タイムしてる、分速も君に近いかな。10羽も打刻するって事は、かなり入賞を意識しての事だよね」
「ところで・・?会長や、郡上さんは?」
「ああ・・会長や郡上さんは、ジャンプ方式だから、次の500キロの郵政大臣杯(当時)に主力を持って行ってるようだから、参加は少なかったよ。渡辺鳩舎、ウラちゃんは、参加して居ない」
「今年は、KCや、QC等がありますからね。成る程・・有難う御座いました」

電話を切って、なんとなく会員達の今春が見えた気がした香月だった。この日は早めに川上氏宅へ行く香月だった。400キロレースからの集計所は、1つになる。会長宅近くの自治公民館だった。川上宅で香月は少し話をしたい事があったのだ。
「よお!君にやられたようだね。餌・・栄養管理・・君程私も行き届かないが、一応結果は出てるようだね」
「磯川さんの名前が出てこなかったですね」
「悪かったようだよ。この400キロは」
「磯川さんには、レース前に調整法について少し聞きました。やはり、400キロを過ぎてからと考えていたようですね」
「まあ・・重視してる人も居れば、この400キロは通過点。そう考える人も居るだろう。それは、個々人的に視点が違う事だからね」
「あの・・分譲鳩が投入されてたら、こう言う結果では無かったでしょうに・・」
「あー、あの10連合会総合3位、賞金レース総合優勝の?確かに素晴らしい良い鳩だったよね。でも・・結果は分からんよ」
「いえ・・他の異腹の調子が悪かった所を見ると、逆に結果が出てたと僕は思いますが・・」
「?・・根拠を見つけてるって解釈で良いのかな?君の事だから」
「憶測に過ぎませんが、あの鳩だけアンダーソン系の血が入ってるんですよ。」
「ほお・・少し興味があるね、聞こう」
「あの鳩の祖父に、サンセバスチャンIN総合優勝、3位の超銘鳩、
イン・コア−号が居ます。イギリスの新聞を今取り寄せてますけど、それに詳しい紹介記事がありました。確かにペパーマン系の特徴を受け継いだ鳩ですが、あの1羽だけは、羽毛、筋肉が別でした。恐らく、アンダーソン系の血が濃く出てるのでしょう。これから、どんな活躍を見せた長距離鳩であるか分からないのに・・」
「ほお・・!それが、この400キロレースの重要性と君は見てるんだね。それは私も同感だ。この400キロは、長距離鳩、つまりGNにとって、最重要な地だ。白川氏が提唱されてから、飛躍的にGNレースの帰還鳩が増えた。私は白川氏の遺産と考えてるんだ」

川上氏と香月の見方は一致していた。だからこそ、香月は磯川に・・そうですか?・・そう言ったのだった。