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2002年12月14日分

「それでは、まず聞こう。君達にとって、競翔鳩とは何だ?香月君から聞こう」
香月「かけがえの無い存在。自分のパートナーです」
磯川は少し、香月の顔を見た。鼻で少し笑った。
磯川「勝敗を決める競翔の為に鍛えられた、エキスパートです」
「もう一つ質問する、では、競翔とは何だ?」
香月「夢です」
磯川「栄光です」
全く対照的だね。では、その理由を聞こう」
香月「夢と言ったのは、自分が競翔鳩と同化してしまう事です。自分が鳩のように、大空を飛べたなら、きっと今現在、競翔と言うものを見ている僕は、違った視線で色んな事が分かるかも知れない。僕自身なんか比べものにならない小さな競翔鳩が、何百キロ、何千キロも自鳩舎目指して飛び帰って来るんです。それをたった、数時間で、数日で。これを夢と言わずには居られません」
磯川がすぐ言った。
「君はロマンチストだね」
「磯川君!反論無用。後で話は聞こう。君の答えは?」
磯川「勝敗を決める、所詮競翔とは優劣の世界です。競翔鳩の優位そのものは持って生まれた資質によって決まるもので、俺達はそれを競翔によって判断し、更に、次代に伝えて行くトレーナーです。栄光とはそう言うもので、限られた優秀な鳩に評価を与えるもので、それは常に動物の世界では優性のサイクルが支配しています。競翔鳩は特に顕著なものでしょう」
「ふむ・・更に聞こう。では、その競翔に勝つにはどうすれば良いか」
香月「根本は愛情です。これが欠ければ、確かな判断が欠如し、全てに於いてマイナスです」
磯川「絶対的なものは資質。血統ですよ。これを見極める正確な目です」
「なお聞こう、その全てを総合して、競翔するとはどう言うものか?」
香月「今も言ったように、根本は愛情。鳩と自分を同化する事。そうすれば、その鳩の力量、資質が見えてきます。鳩舎の作り方、訓練、飼料、健康管理。自分が見逃さない細心の注意を払って、その鳩の持つ個性を的確に見抜く眼を養い、個々に応じた訓練をする事です」
磯川「勝つ為に競翔してる訳で、勝てない競翔鳩を育てて、それは何の為に飼うの?俺はいつも勝つ、勝てる鳩を育てて、勿論、鳩舎・構造・飼料・栄養バランスなんて、当然の事で、どんな駄馬に高価な飼料を与えたって、サラブレットにならないように、限られた競翔鳩だけが、訓練され、鍛えられ、その資質を充分に引き出せば良い。駄馬が120パーセントの力を発揮しても、サラブレッドの30パーセント程度の力にも及ばないように、優れた一つの血統をより同一条件の元に、一括した管理の中から、抜きん出る鳩こそ、それが、血筋じゃないか。鳩競翔の中で、勝ち残って行く血統じゃないか。今までの競翔の中で、土鳩や鑑賞鳩から優勝したなんて話を聞いた事も無いし、記録を作って来たのはほんの一握りの優勝な血統じゃないか。それが競翔鳩の歴史だよ。精神論や、根本論を今、ここで、話してどうするんですか?会長」
磯川は少々興奮していた、色白の鼻筋の通った顔は少し上気していた。それは、精神論を全面に出す香月に対する反論のように思えた。香月は、ここで、磯川に反論した。
香月「そうです。血統は大事ですよ。言われるように土鳩を飼ったってレース鳩にはなりません。では、今シーズンの磯川さんは、ご自分の不調をどう認識されて居られますか?」
磯川「不調だって?俺は今シーズン3つも優勝してるんだぜ?それに全レース入賞もしている」
香月「ええ、300キロレースまでは・・しかし、400キロから後は、10位内入賞はありません」
磯川「だから、それは入舎が悪いんだ。鳩はいつもトップ集団で帰って来てるんだ。仕上がりだって悪いとは言えない。むしろ、好調と言えるじゃないか」
香月「それはおかしいですね」
磯川「何がおかしいんだ!」
磯川の剣幕に会長がなだめた。
「まあまあ・・磯川君、落ち着きたまえ。熱くならないで、香月君の話も聞けよ」
憮然した表情だったが、磯川は気持ちを落ち着けるように言った。
磯川「では・・聞こう」
香月「鳩の入舎が悪いのは、疲れとは考えられないですか?」
磯川「それは距離が長くなればね、多少は出てくるだろう。でも、それは400キロや、500キロ位の距離での話では無いだろう」
香月「いえ・・それは間違いですよ」
磯川の顔がピクッとなった。
磯川「君が断言する、その納得出きる理由を聞こうじゃないか」
香月「100キロ〜、300キロまでのレース間隔は1週間しかありませんでした。特に、今年は好天で、分速の高いレースが続きました」
磯川「それが、好調と言うものじゃないか。俺は3連続優勝した。飛び帰る時間が短ければ、短い程鳩も休息日数・時間が取れるじゃないか」
香月それでは、少し質問しますが、200メートルを全力で走るのと、400メートルをゆっくりのペースで走るのでは、どちらが疲れると思いますか?人間に例えて」
磯川「それは・・200メートルの方だろうな」
会長はにこにこして2人の会話を聞いていた。
香月「そうです。鳩のレースにも当てはまりませんか。」
磯川「人間と鳩とは違う。それに、1週間もレース間隔があるのだし、問題は無いだろう」
香月「それが、間違いだと思うのです。磯川さんは医者の卵だし、もっとそう言うものに詳しい人だと思ってましたが・・?」
磯川「おいおい・・俺は臨床の方だし・・そんなに重要な事なのかい?走るのと飛ぶのとでは、筋肉の違いもあるだろう」
香月「僕は獣医学部を希望で来年受験します。専門的には今答える事は出来ませんが、鳩と人間だから違うと言うのは、説明不足で納得も出来ない答えです。もう一つ質問しますが、鳩の連続飛翔時間はどの位だと思われますか?」
磯川「君の言わんとする事が理解出来ないよ。」
先程の剣幕は収まったようで、磯川は苦笑していた。会長が言う。
「わはは。面白そうだから、わしも仲間に入れてくれるかい?」
香月「ええ、どうぞ。会長も答えて下さい。これは非常に重要な事ですから」
「うむ・・大体長距離となると、700キロが当日帰還出来る距離だから・・それを時間にすると、12時間位かな?」
香月「磯川さんは?」
磯川「ああ・・その位だろう・・」
香月「当たりです。それが限界と考えて考えて良いでしょう。人間と違うと言われましたが、鳩はあんなに小さい動物なんですよ。渡り鳥のように考えたら大間違いです。人間が連続して走れても、せいぜい、2、3時間が限度でしょう。その疲れがどの位残ると思われますか?大抵の人はそんなに走れば、4、5キロは体重が落ちると言われます。体重の約10分の1が消耗するんですから。鳩の重さって大体450グラムから500グラムです。それが1レース飛び帰ったら、50グラムからひどい鳩で、100グラム近く落ちます。ご存知ですか?」
磯川・会長「知らなかった・・」
香月「それだけの運動量があるのですから、回復するのは大変な事ですよ。1週間あればと言われましたが、体重だけ回復しても、全力で走り抜けた筋力が元に戻っていると思われますか?」
磯川それは・・分からないが・・・しかし、少々の疲れが残る位の方がかえって好結果に結びつく事もある。それに俺は、レース中は自由舎外にしてるからね。かなり回復出来る筈だ。優秀な競翔鳩は自分でそれをコントロール出来る筈だ」
香月「その通りだと思いますが、論点に戻しますと、今春のレースは高記録の続出から始まりました。すなわちいきなり100メートルを全力で走り、その後10分の休憩を挟み、その後も200メートルを全力で走り、今度も20分位の休憩後、300メートルを全力で走ったようなものです。少々タフな人なら、可能でしょうが。しかし、問題は400メートルをその後走るとなったら、どうなるでしょうか?」
「かなりしんどいだろうな」
磯川「そうだろうね」
香月「でしょう?充分な休憩があったとしても、いきなり全力で走るのと、マイペースを守って走るのでは、違います。一度にエネルギーを消費してまえば、それだけ疲れると言う事ですよ、筋肉が」
磯川「ちょっと待った!しかし、400キロレースは分速1200メートルを切るレースだった筈だ。君の言う通り疲れが残っていたとして、鳩はペースダウンして飛び帰った事になる。だから、次の500キロには影響しない筈だ」
香月「そこ・・ですよ。間違いは。磯川さん、400キロは山間のコースを辿りますから、分速の出ないレースって事は承知されてますよね?」
磯川「ああ、400キロは難レースだ。いつも、この400キロは分速、帰還率共に落ちる」
会長も頷いた。