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2002年12月15日分

香月「今、言われたように、山間を選ぶしか鳩に帰還コースはありません。つまり400キロと言っても、山間のコースはジグザグです。もし、逆に飛んで、海辺のコースへ迂回したとすれば、殆ど倍の距離を飛ぶ事になります。余程の事が無い限り、鳩舎が位置する方向である、この山間コースを飛ぶ事でしょう。つまり地図を見て、計算すれば、最低600キロを飛ぶ事になります。分速1200メートルを逆算して見ると、実際スピードは分速1500〜1600メートル出てる事になります。つまり、短距離そのままに叉400メートル走を全力で走ったのです。それまでの300キロレースまでが高速レースだったから、その勢いで」
磯川「・・・・・・。」
「うーーーむぅ」
会長は腕組みをした。香月は続けた。
香月「鳩は疲れますよ。今までのペースでこの難コースを飛んだのですから。だから僕は400キロ後、500キロには、300キロレースでストックした鳩だけの参加にしました。これは僕なりの考えかも知れませんが、これが好天のレースだったら、もう少し展開も違ったでしょうが、磯川さんの鳩は100、200、300、600、600と飛んだのと同じ訳ですから、疲れていると言うのが僕の理論です」
磯川「・・君の言う通りだとしよう。成る程納得出来る内容だった。が、しかし、俺の入舎が悪いのとどう繋がるのか、なら、他の鳩舎も条件は同じじゃないのか?」
香月「磯川さんの場合、3つあると思うのです。これは今春のレース前から僕が予測してました。勿論独説ですから、否定されても結構ですよ」
会長が言った。
「いやあ、川上君も言うとった。君の理論は科学的な裏付けがある、惹きつける力がある。聞かせてくれよ、是非」
磯川「認めるよ、さっきの話。お願いするよ、正直に」
香月「叉激論になると思いますが・・それでは・・・」
「続けてくれ」
香月「磯川さんの鳩舎は高台の病院の屋上にあります。最近、病院の増築をされたでしょう?」
磯川「ああ、去年から増築工事をやっていて、今年の2月にやっと完成したよ」
香月「ほぼ鳩舎と、同じ高さになりましたよね、増築館が。鳩は自由舎外ですか?強制舎外ですか?」
磯川「どちらでも無いね。ある一定の時間は強制だが、別館の方が出来てからは自由舎外の時にそっちへ行って良く遊んでるようだね。勿論病院だから糞の事には気を使ってるがね」
香月「どうやら、それが、入舎状況の悪さだと思うんです。原因の1つ。疲れは納得されていますから、つまり、お分かり頂けたと思うのですが、2として鳩はつまり別館で休憩すると言うのが習慣つけられたのでしょう」
磯川「あっ・・そうか!しかし・・君は俺の鳩舎に一回来ただけなのに、見抜いてるなんて、恐い奴だなあ」
「ははは、どうやら決定的な3つ目の原因を香月君は見抜いてるようだな。わしの所のハンドラーが予測した事と符号するやも知れん。香月君聞かせてくれ」
磯川「えっ!会長の所でも予測していた?じゃあ俺が今シーズン苦戦するって事を?」
磯川は驚いて訊ねた。
「いやいや、そうじゃ無い。わしとて競翔家の端くれ。どこの誰が、どんな鳩を持ってるか、どんな活躍をするかどうかなんて、予測もするだろう。」
磯川「聞こう・・」
香月「血統を重視されてる磯川さんだから、ペパーマン系の特徴は良くご存知だと思います」
磯川「無論だ。徹底的に研究したよ、導入前に。」
香月「素晴らしい血統ですが、どんな血統にも必ず弱点はあります。どこにあると思われますか?」
磯川「その言葉は心外だね、創始者ペパーマン氏の徹底した「優勝鳩しか仔を取らない」理論で、無敵の128連勝は知っての通りだ。ここ2シーズンの俺の活躍を見て貰っても証明済み。どこにも弱点は見当たらないよ」
香月「そう思われますか?」
磯川「全天候型で、スピードがあって、勇敢だ。欠点を探すのが難しい位だ。」
少し憮然とした表情で、磯川は言った。
香月「心外かも知れませんが、聞いてください。ペパ−マン系は、チャンピオン鳩達の集合です。その固定までには、兄弟や、親子交配を数多く行っております。しかし、その程度の数代の歴史に於いては、鳩質が揃った一群にはなりません。様々なタイプの鳩が生まれて来ております。過去にペパーマン系を導入した鳩舎はその一群のタイプで、使翔し、そこから派生して多くのチャンピオン鳩を叉輩出しています」
磯川「む・・しかし、それは競翔鳩の歴史が浅いせいで、どんな血統にも言える事だ。多かれ少なかれ、タイプの違う鳩は当然生まれて来る。特に近親交配には、全く異種のタイプも出現して来る」
香月「その通りです。中でも、磯川さんの所のパイロン号直系は、当代1の飛び筋だと言えます。これは突出していると思います」
磯川は少し機嫌が良くなった。
磯川「それで・・?」
香月「鳩質が小粒で、揃うと言うのは、パイロン号を頂点として、その代に到るまで近親交配が繰り返し行われて、言い換えれば、パイロン系と言っても、差し支えないでしょう」
磯川「確かにそうだ。血統書を見ても、パイロン号が3つも4つ出てくる鳩も多い。しかし、それは、厳しい競翔淘汰によって、残った血筋。それも、優勝鳩しか仔を取らない徹底した作出法だよ」
香月「つまり・・問題なのは」
磯川「問題?」
香月「そのパイロン号直系群が、近親で、それも数年で作られた系統の一群だと言う事です」
磯川「弊害も多いが、血が濃く出た鳩は図抜けたものが多い。異種交配しても殆どタイプが崩れない」
香月「論点が逸れました。近親交配に話を戻しますと、その為に鳩自身非常に神経質な個体が多いと言う事です」
磯川「逆に、言い直すと、頭の良い鳩も多いと言う事だ」
あくまで、磯川は自鳩を持ち上げていた。
香月「それは贔屓目では無いですか?」
磯川「事実を正確に言ってるだけだ」
叉、磯川の顔が上気した。会長が2人の顔を交互に見る。あくまでも冷静な香月だった。
香月「その事が原因の一つですよ、磯川さん。つまり鳩を客観的に冷静に見ようとしていない」
磯川「君は、この俺の鳩を見る眼が正しくないと言うんだな?競翔歴は君より3年もあり、自分でもレベルの高い競翔家と自負している、無礼じゃないか、余りにそれは!」
磯川が怒った。会長が腰を浮かそうとした。しかし、香月は言葉を続けた。
香月「近親の弊害の一つに神経質と言う事があり、それは血管が細い為に、異常に興奮すると、自分を見失う事です。レースの度に興奮して、イライラがますます激しくなる・」
磯川「それは、俺の事か?鳩の事か?」
香月「両方・・ですね」
会長がここで、爆発寸前の場を取り持った。
「わっはっは!香月君もなかなかきつい事を言う。磯川君、興奮してては何も見えんよ。香月君は今重要な事を言っているんだ。落ち着けと言ってもその様子じゃ無理だろうが、もう少し聞けよ」
憮然として、磯川は座りなおした。今にも香月に飛びかかりそうな顔である。大学ではディベート(討論)の達人と言われる磯川をこうも興奮させ、理論も、話力も人を引きつける魅力がある香月に会長は驚いていた。
香月「つまり・・レースから飛び帰った鳩は、興奮状態で、戻って来たのにまだ飛んでいるような錯覚を起こして、なかなか鳩舎に入ろうとしないのです。接戦のトップ集団を形成しながら戻って来たのに、それが現実として認識出来ないのです」
磯川「あ・・その説・・うーーーん・・それが事実だとすれば・・」
磯川の顔が急に・・変わった。
香月「更に・・」
磯川「更に?まだ何かあると言うのか?」
香月「それだけで判断するのは、暴論過ぎますし、あくまで仮説ですから。血統の違いはあるでしょうし、それが入舎の悪い原因には特定は難しいですが、3つの原因がそれぞれ重なりあった事と、もう一つ言っても良いですか?磯川さんが研究してきたペパーマン系の特徴を僕が言うのは・・どうかと思うのですが」
磯川「参った・・よ、香月君。脱帽する。君がそれほど緻密に分析してるなんて思いもよらなかった。教えてくれ」
「わしも・・正直驚くばかりだ。君は凄まじいばかりの科学者だな。根底を見抜いている。わしのハンドラーが予測した以上の事を看破している。川上君をうならす程の君だ。これほど理論家とは再認識したよ」
香月「いえ・・僕はただ・・自鳩舎に色んなタイプの鳩が居ますから、それを拡大して他鳩舎を見てるのに過ぎません。自鳩舎の欠点は、他鳩舎の欠点になると思うだけです」
「それほど、自鳩舎の鳩を君が観察してると言う事、すなわち同化してると言う事だな?」
磯川「香月君、俺は今まで、自鳩舎の欠点なんて考える事も無かった。分からなかった。だから教えてくれよ。俺は、君の言うように大事なものを忘れてきたのかも知れない」
磯川がこれ程・・会長は磯川の顔を見た。それは、多分今期の不調を自分自身で、苦しんできたからだろう。プライドの高い彼は、それを決して自分の口に出す男では無かった筈だ。香月君の類稀な才能に何かヒントを得たかったのだろう、彼としても必死で・・高橋会長は真の磯川の中にある競翔家の心を今・・見た。彼も鳩に魅せられ、そして変わって来た事を。
香月「磯川さんの鳩舎は、管理も構造も素晴らしいものです。ただ・・問題は鳩質そのものに欠点を見出す事にあったようです。いいえ、欠点なんて言葉は適当ではないかも知れません。でも、弱点を見抜く事は全てを把握する事になると思います。ペパーマン系を僕の鳩舎のシューマン系として見ると、実に多くの類似点があります。これ以上は差し出がましい事は言いませんので、ご自分で分析してください。」
磯川「分かった。言ってくれ」
香月「早熟でスピードが出る事です」
磯川「うむ」
香月「理知的で、方向判断力に優れます」
磯川「うむ」
香月「副翼が広く、長距離鳩の特性を持っています」
磯川「うむ」
香月「羽毛が密で、広い副翼がスピードを可能にします。難レ−スでも帰還率は良いです」
磯川「ちょっと待ってくれ。帰還率は400キロ辺りからそれほど良くないよ。50〜60パーセント位だ」
香月「僕が言う帰還率は入賞範囲の帰還率です。入賞率が10から15パーセントありますよ。脅威的な数字です」
磯川「ほお・・そう言われて見れば・・」
香月「次に難点も時には長所として見る方が多いので、つい見逃してしまいがちですが、筋肉が少し硬いので回復力が落ちるんですよ」
磯川「あっ!・・・」
そこまで聞いて、磯川は最大弱点を知ったようだ。瞳に生気を甦らせた。
磯川「香月君。有難う!良く分かったよ。今日君の話を聞かなければ、取り返しのつかない事になっていた。さっそく今日戻ってやるべき事をやらなきゃ」
香月「磯川さんは、磯川さんでなきゃ、僕も張り合いが無いですよ。これからも恐い存在で、居て下さい。俺の考えが、お役に立てたなら光栄です」
「磯川君、香月君。今日は私にとっても、本当に有意義な日であった。2人ともそれぞれ、理論も卓越し、手腕も一流な競翔家だ。それ故に敢えて・・敢えて、この場で、お互いの違いを明らかにする事が今後の役に立つと私は思ったんだ。幾等我々人間が浅知恵を持ってやった所で、完璧なんて言葉はあり得ない。どんなに愛情を注いでも、それが過ぎる事も無い。君達は競翔と言うものを通じてだけでなく、これからも色んな人を通じて、社会人として、育って行って欲しい。君達ほどの熱意や研究心や、非凡さがあれば、きっと夢を成しえる事は可能だろう。有難う、今日は私も非常に有意義であった。そして非常に嬉しいよ」
会長の目に涙が光っていた。性格は全く違う2人だが、鳩に対する情熱は一歩もひけを取らない。これからの東神原連合会の快進撃を生み出す、中心的な原動力になるだろう、会長はそう思った。