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2002年12月17日分

第4編 新たなる闘いの序章
1話 春の息吹

季節は巡った・・暖かな春の光に誘われて、新緑の輝かしい息吹が美しいメロディーを奏で出す。香月と2人3脚で歩んで来た高校生活の最後の日を迎えていた。香月にとって、香織にとって、同年齢の若者が青春を謳歌し、恋を語り合っている同じ時、お互いを励まし、少しでも失いたくない時間を学業に、そして自分の信じるものに分け合った。それがどんなに2人にとって充実し、見つめ合いながら、互いに理解し合える愛を育んできた事だろう。2人の愛は本物だった。
今日、卒業生総代として、壇上で答辞を述べる香月の姿は、誰よりも輝き、凛々しかった。これから、彼の姿を見続けて行くであろう自分は、今幸せの中に居る。知り合って4年、思えば、色んな事が目に浮かぶ。悩み、悲しんだ白川老の死。受験勉強、剣道部退部の時の激しい一戦。そして、鳩が取り持つ縁・・。誰よりも真剣に全力で投げ出さずやって来た香月の1挙手、1頭足、香織の胸の中に刻み込まれて忘れる事はない。今日―この日を迎えて、一言の奇矯も無く、静かな館内に響き渡る涼やかな香月の声が、校舎の周りの木々と呼応するように、リズミカルに聞こえて来る。一度もお互いを信じないとか、信じられないと言う気持ち等起きる筈も無い程、2人は心と心で繋がってきたと言えるだろう。
香織は胸から熱いものが湧き上がるのをが押さえ切れなかった。涙が頬を伝わって流れた。最後に控えるS工大獣医学部の受験。香織にはそんな難関も彼なら突破するのでは・・予感があった。香織は知っている。数多くの偉業を残し、死ぬ間際まで、香月の名を呼び続けていた、白川正造氏の深い業績が、その愛情が、香月を明らかに変え、一段と彼を逞しく成長させている事を。白川氏の動物生態学の研究を自らが受け継ごうとしている事を。その為、どんなに香月がこの3年間努力して来たのかを。だから、決して香月は受験に於いても敗北する事は無い。持って生まれた天分と、老競翔家との深い心の繋がりと信頼の絆。そして、自分との愛。彼はそれに答えてくれる大きな人間である事を香織は誰よりも知っている。
香月の両親も、川上夫妻もこの卒業式に来ていた。息子の晴れ姿に涙する母親奈津子、父親泰樹。川上夫妻も涙ぐんでいた。素朴で、生真面目な香月の父親だが、自分の息子をこれほど成長させてくれた、川上氏に感謝していた。そして、香織の存在。川上氏は自分にとって、1羽の鳩が取り持った不思議な縁で、これほど天分を有した競翔家に育ち、一人娘とも確かな結びつき。そして、逞しく成長して行く彼の姿が嬉しかった。それぞれの胸に香月一男と言う少年の3年間の姿が昨日のように浮かぶのだった。
2年の時には、まだ他の大学を・・。そんな度重なる担任の相談。奈津子も悩んだ。しかし、一心不乱に勉強する我が子にそれは言えなかった。成績は県下でもトップの数字。全国旺文社の模試でも常に一桁になってからは、もしかしたら・・周りもそう思った。川上氏は、受験に討論も過去にあったと言うS工大だが、理論家の磯川さえも感服させたあの一夜を知っている。その知識は、自分を飛び越えて・・もしや・・そんな期待感も持っていた。

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卒業式が終り、香月が職員室の先生に挨拶を済ませるのを、香織は教室で待っていた。親しかった友人とも別れを告げ、香月の机の前に座っていた。
香月が教室へ戻って来ると、
「香月君、ねえ、ここへ座って」
「何だい?」
「いいから」

香織に促されるように、机を挟んで、向かい合わせに香月は座った。香織は香月を見つめたまま、何も喋ろうとしない。
「どうしたの・・・何か顔についているのかい?」
「クスッ・・」
「あはは。初めて会った時を思い出したね。こう言う答えを待って居たんだろう?」

あの頃と違うのは、香月が香織の黒い大きな瞳を見ても、赤面しない事と、互いの考えている事が手に取るように分かる事だ。
「そう。でも、貴方はあの頃と比べると逞しく成長して、今じゃ私の一番大切な人になった」
「俺もそうだよ。君は一段と輝いて、かけがえの無い存在になった」

「貴方と一緒に受験勉強を始めるようになって、同じ高校に通い、ほとんど毎日昼休みには、こうして机を挟んで昼食を食べるようになって、最初は皆からもからかわれたりしたけど、その内誰も言わなくなった。上級生の人も、そして貴方のファン倶楽部の人も」
「ファン倶楽部?大袈裟だけどさ、君の方も大変だったよ。帰りに待ち伏せされて、君との事を色々聞かれたり」
「あら?そんな事があったの?でも、貴方はそれで?」
「勿論、俺の彼女ですって答えたさ。先生の方からも色々あったけど、結果的には堂々と俺達は付き合って来た。次元の低い話は消えてしまったんだよね」
「本当に色々あったわね。でも、一つ、一つが私にとっては大事な思い出だし、これからも凄く大事な事だと思うの。だから、これから貴方と私は違う場所で、違う人との中で、過ごす訳だけど、ここで約束して。私は貴方の良き理解者として、趣味は続けて欲しい。でも、私との時間は今度は貴方が作って欲しいの」
「ああ、約束するよ。俺も最後の入試がある身だけど、この1年間本当に君と過ごす時間が欲しかった。少しでも一緒に居たかった。いや・・俺がお願いするよ。我ままな人間だけど、これからもお付き合いください。」

2人が握手を交わした時、丁度1年時の担任であった、鈴原教諭が入って来た。
「やあ、まだ教室に残って居たのか。香月君、川上さん。よくこの3年間頑張ったね。学校と言う規則で縛られた中で、本当に君達は男女の交際と言うものを我々に教えてくれた。傍目で見ても微笑ましい似合いのカップルだった。色々職員の中では言う者もあったが、その声をはねのける程君達は頑張ったよね。特に香月君の頑張りは、2年時から、トップの座を一度も明け渡す事無く、生徒会活動にも良く頑張ってくれた。叉、川上さん、君も2年時から急速に成績も上がり、いち早く、N短大合格おめでとう!」
鈴原教諭は、2人にとっては、最大の理解者だった。思い出多い教室に最後の別れを告げると、2人は同級生の待つ、市内の小料理屋へと向かった。
この小料理屋での事が香月達にとって、叉大きな出会いとなって人生に影響ある出来事になるのであった。