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2001.4.7日分

 川上氏が高橋会長宅を出る時に、香月に対して一言、二言何かを言っていた。終始川上氏は上機嫌で、香月は初の鳩レースの興奮で、車中の話もほとんど上の空であった。
 初レースの興奮で、中々寝付かれず、朝方4時過ぎには香月は外へ出ていた。空には満天の星座の輝き。
「今日は上天気だぞ!」
 香月は嬉しくなって一人言・・放鳩の時間は6時半。まだ2時間以上もあるのだ。だが・・待ち切れないで鳩舎の周りをうろうろする。・・ようやく夜も白み始めて明るくなって来た。
「おはよう」
 芳川だ・・彼も気になったのか、もう起きてきた。
「まだ1時間以上も放鳩時間まであるじゃないか・・幾ら鳩が早く帰って来たとしたって、2時間もそうやって空を仰いでるつもり?」
 同じく空を仰ぐ芳川に、香月も笑った。初めての競翔・・こんなに興奮するものだろうか・・。香月はもうわくわくとして、じっとしていられなかった。
「ほら・・着替えて来いよ。一男」
 そう言う芳川は、もうしっかり着替えて居たのである。
 香月を促すと芳川は、
「あっ・・!そうだ!」
 自分も慌てて、家に戻って行った。
 香月が着替えて外に出ると、芳川は電卓とノートを片手に何か計算している。
「何してるの?浩ちゃん・・」
 香月が聞くと、
「時間潰しさ。複雑な計算方法ってあるんだろうけど、鳩の帰舎時間と、放鳩時間を距離で割ったら、分速計算が出きるだろ?その表を作ってるのさ」
 香月も面白そうだと一緒にやり始める。・・その時電話のベルが聞こえてくる。慌てて、香月が電話を取った。6時15分に放鳩されたと言う、川上氏からの電話であった。時計を見ると、既に6時半。鳩はもう一斉に鳩舎に向かって飛んで帰っているのだ。今日は絶好の快晴・・恐らく早い帰舎に違いない。・・まだか・・まだか・・空を仰ぐ。芳川も同じだ。母親が呆れながら、おにぎりを2人に作って持って来る。2人は、それを食べながら空を仰ぐ。
時計を見る7時過ぎ・・・
「あっ!浩ちゃん!あそこ!ほら!あんなに鳩が見える!」
 興奮した香月の声。突如大きな声を発して指差した、帯状の黒い集団の先頭付近から2羽の鳩が急降下してくる。
「帰ってきた!」
 香月の心臓は早鐘のように打つ・・。一気に鳩はタラップに飛び込む、ゴム輪を外す、鳩時計に打ち込む。その間にも次の鳩が入ってくる。又打ち込む。芳川は外で、鳩笛を吹いている。もう続け様に吹いて居る。それは5羽がほとんど同時と言える帰舎だった。参加12羽全て帰還したのは、それから30分の間であった。その時何故か香月の胸に熱いものが込みあげていた。その様子に
「一男・・泣いてるのか?・・馬鹿だな・・」
 芳川は優しく香月の肩を叩いた。
「だって・・生まれて初めてだよ、こんなに興奮したの・・鳩が一生懸命飛んで帰ってきたのって、嬉しいもんだね、浩ちゃん」
「・・ああ・・。競翔ってこんなに良いもんなんだな」
 ようやく一段落した頃。川上氏から又電話が入った。こう言う心遣いが素晴らしい人なのだ。川上氏と言う人は・・。
「どう?」
「はい!参加全部帰舎です」
「おお・・素晴らしい・で、何時頃?」

 興奮してて、香月は覚えていない。電話の所まで一緒ついて来ていた芳川が、ノートを差し出す。ちゃんと帰舎時間をメモってくれていたのだ。
「はい・・最初の打刻が7時15分です、それから10分の間に計5羽打刻しました。全部戻って来たのは、7時40分頃です」
 電話の向こうの川上氏の声が高くなった。
「ええっ・・?7時15分だって?そりゃ、凄く早いよ。私の家の一番手が7時45分だからね。まだ後続が戻って来てる最中だよ」
 川上氏の言う驚きは頷ける。分速1800メートル以上の高記録であるらしかった。香月が恵まれて居たのは、広い平野部に位置する、鳩の帰舎コースに自分の鳩舎があると言う事だ。放鳩地からほぼ一直線上にある香月鳩舎の立地条件は、これから先の彼の競翔人生に大きく作用する事になる。