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2002年12月21日分

2部 脅威の力

既に、春の競翔が始まっていた。100キロ、200キロに香月も参加はしたのだが、タイムはしなかった。タイムを打っていたら優勝圏内には入ってる帰舎タイムであった。S工大の受験は1000名余・・一次合格180名・・狭き門だった。その狭き門に香月は受かっていた。丁度、このレース期間中が2次試験の最中となっていたのだ。そこから100名・・今期の合格者が絞られる事になる。それ程難関中の叉難関の狭き門の大学だった。その1次試験も、一枚の論文だけ。それがそのまま大学での自分の研究テーマとなるのだから、よほど明確で、完成度の高い論文で無ければ突破出来ない。香月の論文が充分に認められるテーマであったのだろう。周囲も驚いた。ここの卒業生は、学内で、教授の道を歩む者、世界各国の重要機関に派遣される者。国家機関に派遣される者。普通の学力等と言う物差しでは通用しない。どんな奇抜で難解な試験が会場で待っているかも知れないのだ。香月はこの2次試験の為に、あらゆる書物を読んでいた。
試験場に来た香月は、周りの空気を感じていた。異様にどの顔も張り詰めている。2浪、3浪なんて当たり前。合格すれば、学費も殆んど免除で、将来は約束される。しかし、その狭き門は、卒業生の数に比例するので、今年は僅か100名。その中に高校生からストレートで、受験する者は皆無に近かった。そして・・試験用紙が配られた。それを見て受験者は驚きの声を発した。大きな設問が一つあるだけで、何も他に無かったのだ。時間は120分。あらゆる動物の中で、その一つを挙げ、人間と比較する論文を完成させよ・・と、だけあった。何とも形容し難い1次試験より、更に難しい設問であった。確かに論文などは、過去の文献を研究していれば、ある程度の言葉は書ける。まして、S工大を受験するような者は学力は充分なものだから、それを今更審査する必要も無く、ただ単に学力が優秀な者も必要無いと言う事だ。香月はしかし、自分の研究テーマを書き始めた。それが認められない限り、自分がこの大学へ進む道は閉ざされるからだ。論分の最後はこう、結んだ。
人間と伝書鳩の歴史・・・劣勢遺伝、優性遺伝、セクショナリズム、DNAの研究――と。特に、20名しか取らない獣医学部は、S工大の中でもシンクタンクと呼ばれるエキスパートが集中していると言う。いかに白川博士が偉大であったか、香月は試験会場を後にする時、空を見上げた、丁度500キロレースが始まる前の事。柔らかい日差しの中、青い空が広がっていた。その足で、香月は川上宅へ向かった。香織に会う為であった。少し薄化粧をした香織が高校生の時とは、叉違う輝く美しさで、玄関に迎え入れた。
「香月君、どうだった?」
「ああ、何とかね。少し・・外へ出て話さないか?」
「いいけど・・、ここじゃ駄目なの?」
「今日は天気も良いしさ、久しぶりに体を動かしたいんだ。試験が終ったし、君とスケートでも行きたいなって思って」
「うん!」

香織はすぐ奥へ仕度しに入った。入れ替わりに川上氏が外の配達から戻って来た。
「よお!香月君。久しぶりだけど、今日2次試験だったんだろう?大丈夫かい?」
「ええ、もう、終わりましたから。その内容も論文一枚。思わず、鳩の事を書きました。それが研究テーマとして、有効かどうかは別にして、自分の目標ですから。もし、それで落ちたとしても悔いはありません」
「ん!そうか!」

笑みを受かべて、川上氏は短く答えた。その香月の答えで充分だった。香織がすぐ出て来た。
「お父さん、今日は香月君とデートなんだから、邪魔しないでね」
分かった、分かったと川上氏は店へ戻って行った。
市内のスケート場で、一日楽しく過ごした、香月と香織だった。夜遅くなって、香織を送り届けた香月だったが、ふいに川上氏に呼び止められた。
「香月君、ちょっとだけいいかい?」
時刻も時刻なので、じゃあ、少しだけと言う事で、川上宅から少し離れた小料理屋へ。
すぐ川上氏は言った。
「いやあ、遅い時間に呼び止めて済まない。試験も終った事だし、少し今春のレースの事を話しても良いと思ったんだ。香織も怒るだろうから、こっちへ来て貰って済まない」
「いえ」
「他でも無いんだが、中間報告の形だけでも、君に言っとこうと思ってね」
「はい、俺からも聞こうって思ってました。で、どのような結果ですか?」
「ああ、去年は2年連続で私も最優秀鳩舎賞だったが、今年は昨年以上に厳しいよ。100、200キロでは磯川君が優勝。私も300キロ、400キロと優勝したが、やっと10位内に2羽ずつと言った所だ。しかし、それも全部旧血統ばかりなんだ。」
「へえ・・で、磯川さんの方は?」
「ああ、良いよ、今年は特に。300キロも2.5.6位。400キロ3.4.8位と入賞している。今年は結構ジャンプ方式を採用してるようだよ」
「成る程・・川上鳩舎と、磯川鳩舎の今期の使翔法は似てるようですね。他の鳩舎も分散して、狙いのコースを絞ってるようですね」
「その通りだよ。今期は1300メートル台の分速が多くてね。結構接戦だね」
「そうですね。でも、僕も今期のレース諦めた訳じゃないですよ」
「えっ?だって君は200キロで中断してるんだろう?」
「いえ、100・200キロは佐野さんにお願いして、参加だけしました。で、実は300キロのレースの最中にトラックの運転手にお願いして、独自に400キロの放鳩訓練をしました。全鳩帰還してます」
「驚くね、君は本当に。で、その目的とは?」

「隠すつもりはありませんが、今晩はもう遅いので失礼します。それをお話しする前に、川上さんにご相談しなければならない重大な事があります。試験の通知が届くのは来週ですので、700キロのGPまでにはお話しますから、この場ではご勘弁ください」
「仕方が無いね。分かったよ、その時まで待ってるよ。遅くまで付き合せて悪かったね」