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2002年12月25日分

人間の歳に鳩を当てはめてみたらどうだろう・・?香月は思った。通常競翔鳩は、3歳、4歳をピークに下降線を辿って行く。しかし、年齢を人間に当てはめて見るならば、鳩の寿命を15年として、5歳は人間の27〜30歳に相当する。長距離ランナーなら、その年齢はピークの熟年期で、一番力が発揮出来る歳である。しかし、何故多くの鳩は、その年齢を境に下降線を辿るのだろう・・・。香月は、磯川の使翔法も推理して見た。昨春は、紫竜号を400キロまでで見合わせ、その秋にも700キロを使翔するかも知れない。そして、この春はもう1000キロへ挑戦させているだろう。そして、4歳時には、もう種鳩として、引退させているかも知れない。しかし、紫竜号の母鳩ネバー号は7歳にしてなおも現役で、1100キロを先頭集団で飛び帰っている。それも、最遠の地区でありながら。その成績は熟年期の長い競翔鳩の証明である。遅咲きの血統は、むしろ白竜号の方だ。白竜号はまだ若鳩の体力で、1200キロを翔破したのであった。一方ネバー号は、得意である筈のフルマラソンに参加せず、30キロレースに参加。今から力を発揮するであろう距離で・・中断・・。香月は、その疑問を抱いていた。しかし、並外れた競翔家である白川氏だから、きっと何かの目的を持って使翔したのでは無いか・そう思った。
いかにしても、人のちっぽけな考えや思いなど、自然の中では、風に揺るぐ木の葉のようなものに過ぎないとは思うが・・。香月は推理を根本的な所まで追求し始めて居たこの時であった。・・そして・・
薄曇の天候であったが、放鳩地は快晴と言う事もあって、定刻の7時に放鳩された総数5万8千余羽の鳩は、鳩舎に向かった。幾分競翔が増え、参加羽数が分散されて、少し参加羽数が減ったGPとは言え、国内での最大のレースである事には変わりは無い。香月の読みが成功するかどうかは、結果が出ないと分からない・・しかし、それを見るには絶好の天気ともなった。
香月が最短距離コースと見ているのは、地図上海沿いで780キロ、山沿いコースで860キロ。過去のレースで、上位に食い込めなかった距離の差がここにあると香月は見た。500キロレースの分速が1600メートル台が出て、何で200キロ増えたGPで、分速が1200メートル台に落ちるのかと・・ほとんどの帰舎コースは、山沿いを通る事にある。しかし、海沿いを通ると、距離的有利があると言っても、鳩は先天的に海沿いを嫌う。それは、気圧の関係、風の関係、猛禽類等の関係がある。単独で飛ぶより、大羽数で飛び帰る方が危険は少ない。且つ、安心出来る。鳩とは集団で、生活する動物だからでもある。当然、当日帰れない鳩も出て来る。となると、経験鳩の集団はやはり山沿いのコースを通る。香月の計算はこうだった。
1、海沿いの実距離780キロメートル
 10時間費やしたとして、5時帰舎。
2、山沿いの実距離860キロメートル
 11時間40分費やして、6時40分の帰舎
3、もう一つ山岳超えがある。こちらは、820キロメートル
 10時間46分で、5時46分の帰舎。
日没が7時前とは言え、当日帰って来れる鳩の帰舎タイムはこうも違うのだ。つまりこの時間で戻っても、優勝圏内には到底入れない。いかにトップレーサーの飛翔速度が高レベルであるか。香月は分析していた。
しかも、参加地区には最短660キロの鳩舎もある。最長で、900キロ近い位置にある鳩舎が圧倒的に不利な事は言うまでも無い。
香月は、3時前から鳩舎の前で、待っていた。不安で仕方が無かった。読み通り展開するなんて事など考えてもいなかった。見えないレースが見える競翔家などありはしない。一歩でも鳩とシンクロナイズする為に競翔家は推理するのだ。今回の香月はもう一つ読みがある。山沿いを通る鳩は、帰還地近くに発生する乱気流の発生に影響されると言う考えだ。つまり、本年度のGPを制するのは、海沿いを通ったごく一部の鳩達であるーと。
香月が時計を見た時は4時半を差している。香月は密かに2羽の鳩に期待を持っていた。1羽がピン太×リリー号の子。もう1羽がグランプリ号と、マロン号の子であった。ピン太号の子は100キロ2位、200キロ優勝、300キロ4位、600キロ優勝。グランプリ号の子はムラがあるが、100キロ3位、600キロ2位、KC800キロ、会長の総合優勝の陰には隠れたが、堂々連合会3位、総合36位になっている鳩であった。第2期の当たり配合の子鳩達でもあった。愛称も既についていて、「ヒロ号」「シルク号」だ。叉、今回他の10羽全鳩が、いずれも各距離で、優入賞を果たしている記録鳩群である事に、香月もかなりの自信を持ってはいた。ただ・・紫竜号についての大きな不安以外は・・。なお、ピン太号グランプリ号と同じ源鳩配合の子もまだ2羽健在であった。特に勢山系の血を濃く受け継いだと見え、昨春の1000キロ記録もしており、今春のGN候補だった。その待っている香月の前の突然2羽が、舞い降りた。それは余りに突然の帰舎だった。
呼び込む間も無く飛び込む2羽を同時にタイムを打つ香月だった。それもすこぶる2羽の元気が良い。やはり期待した、ヒロ号と、シルク号だ、香月は嬉しかった。動揺する気持ちを隠せなかった。その香月の頭上に叉1羽が舞い降りた。その鳩を見て・・香月は背筋が凍ったのだった。