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2002年12月28.29.30.31日分

雑誌社から取材日程の連絡で電話が入ったのは、それからしばらくしての事であった。取材記者の名前は、片岡安正と言った。若い声だった。その電話の3日後の事である、香月はアルバイト先で、日下部店主と談笑していた。
「いやあ、香月君がここへ来てくれて間も無いんだけど、凄く盛況でねー。特に若い女の子が急増中だ。君の応対が良いって事もあるけど、モテルよねー、香月君は」
いえいえ。とんでも無いですよ。でも、色々質問も受けて、俺も勉強になります」
「そう言えば、君、凄い事になったよね。私もGPは参加させたものの、当日帰りは無かった。君は強豪レーサーと聞いてたけど、驚異的だよね、GPの10傑に3羽。それも1,2位は同着だったんだろう?」
「ええ、何とか当たり交配の期待の2羽が頑張ってくれました。」
「シューマン系×ノーマンサウスウェル系?」
「それに、勢山系と、ブリクーの血も入ってます」
「しかし、そんなスピードバードは、旧来の血では・・」

日下部氏も少し首を捻った。確かにGPの高速レースを今まで、東神原連合会が制した事は無かった。
「シューマン系の血が濃く出てますね、2羽とも」
「その、シューマン系は余り聞いた事が無いんだけど、どこから?」
「白川さんの所です」
「ははあ・・亡くなられた時学生競翔家に渡ったと言う血統だね。しかし、凄いよねえ。もう1羽の8位の鳩も?」
「いえ、それは、血統が叉違います。でも、白川さんの所の鳩です。文部杯の鳩なんです」
「ん?文部杯の鳩だって?全国優勝の?ちょ・・ちょっと待ってて」

日下部氏は奥に消えて、すぐ本を片手に戻って来た。
「そう、そう・・気になってたんだよ。この血統。オペル系」
日下部氏はオペル系を主力にしていた。長距離系を主力にしている強豪でもあった。
「はい、雌親がオペル系です」
「いや、このオペルでも血筋なんだ、注目は」
「グラン氏が使翔したオペル系の飛び筋である、
ダブルBの曾孫にあたります」
「何!それは凄い血筋だよ。日本では、白川さんしか持っていなかった筈。直仔は手には入らない鳩なんだよ。その鳩が曾孫と言ったら・・ええっ!ひょっとして、あの死んでから、GCHの称号を貰った、
ネバー・マイロード号の直仔かい!」
もう、隠す必要も無かった。香月は答えた。
「ええ、唯一の仔鳩です」
「む・・むむぅ・・その血筋は殆んどもう居ないと聞いていたが、
ダブルBの三重近親の孫の中で、1羽だけ、突出した鳩が生まれたと言う・・それがネバー・マイロード号・・すると、世の中に1羽キリだよね。そのダブルB三重近親の曾孫は」
「そう・・なりますか・・」
「驚いた!凄く驚いたよ、香月君。その鳩が文部の全国杯、そして、このGPの総合8位なんだね?」

子供のように興奮した顔で、日下部氏は言った。
「はい」
「勿論、種鳩にするんだろう?」
「え・・?いえ・・。まだ成長過程にある競翔鳩です。むしろ、GP総合1、2位の鳩・・
ヒロ号と、シルク号って言うんですが、次にCHレースか、GCHに参加させたら、種鳩にしようと思ってます。早熟過ぎますし、それ以上の期待はもう無理でしょうし」
「何と!・・それなら、ついでに聞くよ。雄親の血統は、アイザクソン系ってあるが・・」
「ああ、
白竜号ですよ」
香月は平然と言った。
日下部氏は雑誌の写真と、香月の顔を交互に見たまま、言葉を発しなかった。競翔をやってる者なら、超銘鳩の頂点に位置するGCH同士の仔とは。それも両親は既に、この世に無し。2度と生まれぬ奇跡の仔・・。その驚きは言うまでも無い。香月が困った顔で言った。
「全国杯の時には、愛称で隠しました。その年は川上さんが、大活躍されて取材の主でしたから。しかし、今度は隠し通す事も無理ですから。公になるでしょう。」
「そりゃあ・・大変な事になるよ、香月君」
「で・・しょうね」
「君はS工大に入学したばかり。きっと、おちおち学業にも専念出来ない騒ぎになるかも知れないよね」
「困りましたよね・・」
「・・一つ聞くよ?」
「ええ」
「君はまだ、この鳩を競翔に参加させるの?」
「その・・つもりです」
「なら・・公開しない方が良い。」
「でも・・それは・・無理でしょう?今となっては」
「雑誌社は何時来るって?」
「明後日です」
「分かった、その担当者の名前を言ってくれ。君に援助したい」
「え・・?どう言う事ですか?」
「君、日下さんって知ってる?」
「協会の理事さんで、あの、白川系と天下を2分した、日下系の作使翔者でしょう?」
「少し私の知っている協会理事を通じて、雑誌社に働きかけて貰えるようお願いして見る。その理事とは少しは顔の利く付き合いだ。その雑誌社の社長さんと、日下さんとは旧知の仲だと聞いているから」
「本当ですか!日下さんとは、俺・・何時か会いたいと!」
香月は目を輝かせながら言った。
「その話の実現は、俺の力では難しいかも知れないが、今は、この記事の事だ。公に出ないように頼んで見る。君が使翔すると言う、その怪物の活躍を俺も見てみたい。オペル系最高峰のダブルBの血筋の活躍を応援したいから」
日下部氏との思っても見なかった会話の中から、大きな一路が開かれた。香月の進む道、必ず出会いがあった。まさに、香月はこの時にも不思議な縁に恵まれたのであった。紫竜号の素性は、まだ、封印されて行く・・。
取材が無事終了し、総合1位、2位のヒロ・シルク号2羽の話を中心に、紫竜号の記事は小さく扱われた。お陰で、注目はされたが、その血統に対して、記事も無かった事から、故白川氏の遺産との題で、ヒロ号シルク号が大きく紹介された。美しく、品評会でもこの後総合1席、2席を分け合う2羽は、記事としては多いに目立ったのだ。
大きな心の重みが消えた事で、次に控える、GC1000キロ、CH1000キロの参加鳩選びに集中出来た香月であった。
同じ1000キロでも、知名度は天と地程違う。当然参加羽数も、5対1の割合だ。香月は7羽の振り分けをしている最中であった。両距離とも帰還率についてそれ程差は無い。香月は、この時ヒロ号シルク号の2羽を参加させた後、種鳩にする決意をした。両鳩は早熟で、突出した成績を残した事もあるが、筋肉が硬く、使翔3年がピークであろう。それより早く種鳩とした方が良いと考えた。そして・・香月はヒロ号シルク号をそれぞれ、GCと、CHに分けて参加させる事に決定したのだった。
GCHには3羽。GNには、4羽参加予定。香月は、晩生ながら、万全に仕上がった、あの・・佐伯氏より譲り受けた「ムーン号」に大きく期待を持っていた。なお、川上氏は700キロGPの翌日には36羽もの帰舎があり、3日後の記録は、もっと増えた。第一人者として、川上氏がこのままで春レースを終える筈も無い。
香月がいつものように、1000キロレース前に川上氏宅を訪れた。先刻まで来客が居たようで、川上氏が香月を呼び入れる。灰皿に煙草の吸殻があり、来客は帰った後だった。
「あの・・どなたか?」
「ああ、今しがた帰ったばかり。他でも無い、磯川君だよ」
「えっ・・?」
「ははは。驚く事は無い。彼も大きく変わって、今日は、CH1000キロと、GCH1100キロの参加について迷ってるようで、相談に来たんだよ」
「へえ・・・」

嘗て無い事である・・磯川が川上氏に相談に来るなんて・・。香月は驚いた。
「随分変わったよね、彼・・」
「はい・で・・今日の用件は?」
「ああ、GCの参加と、GNの関係、CHの関係と、GCHの関係なんだよ」
「全く同じ事を俺も考えてました」
「ほほう・・・気付いたのかな?方程式を」
「不思議な定義ですよね。直線にして80キロしか違わない両放鳩地が、何で生まれたかと言う事と、GCに参加させた鳩は、GNのステップと言う定義。GCHを制するのは、CHの経験鳩と言う・・」
「全くだ。私も追及しないまま、今までも参加させて来た。2人がそこに視点を向けたのは、面白いね」
「色々考えますが、帰還コースが分岐点と言う事かも知れないですね。GCは関西や、四国、九州と言った超長距離競翔地ですし、一つの関門のような・・」
「提唱したのが、協会理事の日下さんと聞いている」
「白川のじいちゃんと、大レースの優・入賞を分け合った方ですよね。俺も是非お会いしたいです。」
「多忙な方だから、実現は難しいだろうが、日下系は叉、白川系と違った、我が国を代表する血統だ」
「そうですね。見てみたいです。あ・・話が逸れましたが、磯川さんは、帰還コースの通過点の事を話してませんでしたか?」
「ふ・・同じ考えのようだね。それは、天候によって大きく左右される筈だ。どちらが良いとも、悪いとも言えないが、CHレースが圧倒的に参加数が多いのが不思議だって言ってたよ」
「恐い人だ・・」
香月は真顔で言った。川上氏は笑った。
「私に言わせれば、君達の分析の方が恐いよ。ははは」

マミー号

コール号

ムーン号
「俺は、CHより、GCに主力を移します。ちょうど、GNにマミー号コール号ムーン号が居ますから」
「おお、ムーン号って、あの佐伯君の所から貰った?しかし、そこまでの鳩に仕上げた君の手腕に感服するよ。私の目から見ても、あの時点では平凡な競翔鳩だった。しかし3歳になって、グンと体が大きくなって、しっかりした筋肉になったね。後の2羽は私の旧血統だから、特徴は良く知っている。粘り型の勢山系の特徴を良く持っているよね」

結局GCが良いか、CHが良いかの結論は出なかった。それは誰にも分からなかったが、磯川と香月が同じ疑問と方向性を持っている事だけは、この会話で明らかとなった。
香月はGCにマミー号を含む3羽を参加させる事に決定したのだった。このレースは、その
マミー号が連合会3位に入賞した。
続くCHは、磯川が連合会優勝、総合16位になった
パイロンエース号だった。この鳩も不世出の素晴らしい競翔鳩に仕上がって来ていた。叉GCHレースには仲良くヒロ号シルク号が連合会7位(総合78位)、8位(総合83位)に入賞。このGCHでは、今期一発を狙っていたかのように川上氏が総合2位の大記録。それも大量入賞で、総合18位、36位、40位、56位、87位、95位、101位、124位、146位、285位の11羽も上位に入賞させた。これらが全て、白川系の一群であったとは、まさしく脅威の血統であった。その磯川も連合会3位で、総合38位に入賞させた。
そして、最終のGNでは、香月は期待する
ムーン号で、連合会優勝、総合13位の大健闘を飾った。会長が2位で、総合20位、郡上氏が3位と、5位で、総合39位、45位。大量42羽大羽数記録も作った。そして、1000キロから連続参加のマミー号も、連合会9位で、総合235位、コール号が連合会11位で、総合437位に入賞した。川上氏も連合会6位、8位。こっちは、旧主流系を12羽記録させる等、郡上氏の影には隠れたが、素晴らしい成績を収めた。香月はこの春12羽と言う少数精鋭を競翔に参加させて、11羽帰還と言う、特筆すべき帰還率も達成していた。大きく、新たな陣容で、新たな血の追加で、加熱する東神原連合会であった。

物語は、いよいよ新章に突入して行きます。

2002年度アップ分はこれで終了します。