白い雲トップへ  次へ   参考資料   お願い  登場鳩

2003年1月6日分

2003年分、このページより発行します

新章 めばえ 第一篇

 S工大に通う香月の生活は、毎日車で通学する講堂への道、週三度のアルバイト先の日下部ペットショップへの往復への道と言う具合だ。香織との時間は週に4度と、充実した展開となっていた。アルバイト先が、香織が通うN短大のすぐ近くと言う事もあって、香織も橋本さんとしょっちゅう休み時間にペットショップを訪れていた。このペットショップも香月の発案により、それまでの鑑賞鳩主体から、輸入競翔鳩を手掛けるようになって、実に色んな血統が入れ替わり入って、香月にとっても研究に多いに役立っていた。香月は日下部氏に殆んど店を任される程、その信頼も厚かった。香月がきりもりするようになって、急激に女学生のファンが増えたよと、日下部氏は笑いながら言った。確かにN短大の女学生達にも香月の噂が広がっていた。香織がしょっちゅうここへ訪れているのも、内心不安な、そう言うものが含まれているらしかった。
その香月のS工大の講義は、2ヶ月先に参加となる桑原チームへの研究課題で、油断のならない重要点を学習している。この講義の論文を桑原教授に認められてやっと、S工大での自分の進路が決まるとあって、店内が暇な時間にも論文を整理しているような状況であった。その香月が受講を終了し、講堂を出た所で思いがけず、桑原教授に声を掛けられた。驚く他の学生を横に、度の強い眼鏡の奥に秘めた優しい目で
「やあ、確か香月君だったね。どうだね?君のテーマは順調に行ってるかな?獣医学部の笹本君は君の事をベタ褒めのようだが、私のチームへも入って貰って、あのユニークな論の展開を楽しみにしているよ」
「はい!」
構内では厳しい事でも定評があり、学生達からは雲の上の存在、畏怖すら感じるような高名の名誉教授だ。なのに、香月には入試の面接の時と言い、今日の事と言い、桑原教授にとって、注目に値する学生と映っているのであろうか・・・・他の学生達はそう思った。
そんな教授達の思惑も知らず、この日も香月は、日下部ペットショップに来ていた。日下部氏は、最近アメリカのゴードン系の輸入にかかっていて、交渉が難航しているようだった。高橋会長も大羽数導入している血統で、人気の高い血統であった。地道に歳月をかけて作り上げた血統は、長距離系として、販売としては大きな商品だ。今回はその中でも記録鳩群で、その扱い金額が高い事もあって、交渉が長引いているようだ。日下部氏は長く競翔をやっているので、1羽1羽自分で確認し、これはと思う鳩を選んでから導入しているので、仕入れに時間が掛かる。その吟味のおかげで、このペットショップで購入した鳩は、評判がすごく良い。厳選した鳩を対象にする事で、信用がついて来る。地方から電話一本で注文を受ける事も多い。加えて、日下部氏がそう言う競翔鳩を主体に切り替えたのも、香月と言う男が並々ならぬ選鳩眼と言うか、洞察力の持ち主と知っているからで、自分の導入鳩に対する率直で、鋭い意見も聞けるからだ。それ程、香月は日下部氏に信頼を得ていた。丁度日下部氏が出かけようとする時、香月が彼を呼び止めた。
「あの、日下部さん」
「うん?」
「もうすぐ試験が始まりますし、それに夏休みも近いので・・」

すぐ日下部氏は反応した。
「ああ!そうだね。うん!いいよ。君が来れる時に好きなように来てくれれば良い。丁度今、交渉も大詰めで、どうにか上手く行けそうなんだ。だから、気にしないで良いよ」
「あの・・」
「何だい・・?」
「それじゃ・・すぐと言っても、日下部さんのご都合もあるでしょうし・・」

香月は、自分が無理を言ってるのでは?と気遣った。
「ああ、ああ。そんな事ちっとも構わないんだよ。私も競翔家。君は本当に良くやってくれてるし、お陰で売上も倍増したし、アルバイトは一週間に一度だって構わない。君は大事な学生さん。凄い頼りになるが、それは私も弁えてるよ」
「済みません」
「何の、何の!そういや君の彼女も来る日だったね。香織ちゃんにもそう言っといてくれよ。私の所は夫婦二人きりだろ?君達が家族見たいに思ってるし、楽しく家内もお付き合いして貰ってる。若い時は青春も謳歌しなくちゃな、うん、うん!」

そう言いながら、日下部氏は店を出て行った。その奥さん(敦美さん)は、女性では珍しい競翔家の一人で、強豪として活躍されている日下部鳩舎は奥さんの手腕が大だ。その敦美さんと話してる内に香織がやって来た。香織も学校帰りにこの店を手伝う事が良くある。夕方の学生達が下校する時間体は特に忙しく、レジの掛かりを香織が受け持っているのだ。中には毎日訪れる娘も居て、細々と飼料や病気の事を質問する。何事も中途半端にしない香月は、それを親身になって説明するものだから、客数が飛躍的に増えたのも頷ける。この日も常連のその娘が訪れたようだ。香月はやはり丁寧に教えている。香織がちらちら、その様子をレジから見ている。可愛い娘であった。
「・・じゃ、そう言う時は、少し餌を減らして、代わりに青菜や、鉱物飼料も与えてね。2日位経てば、小鳥も大丈夫だよ。凄く可愛がってるようだけど、動物って君が心配する程は、か弱くないから神経質にならないでね。じゃ、叉何かあったら、言って来るんだよ」
前髪を下ろした可愛い高校生の娘で、取り分け香月のファンのようだ。香織はいじわるそうに言った。
「可愛い娘ね。特に貴方のファンの中では熱心のようだわ」
「よせよ・・動物が好きなだけだよ」
「あら・・そうかしら・・。だって貴方を見る目は恋する女の娘だわ。貴方も少し優しすぎ・・」
香月は少し、いじわるに言う香織に対して、遮るように言った。
「本当に!よせよ。俺はね、動物を大事にする人には親切になるんだ。共通するものだろ?そう言うものって」

側で微笑みながら見ていた、日下部敦美さんが、笑って言った。
「ほほほ。香月君、女の勘って鋭いわよー。香織ちゃんがやきもち妬く気持ちも分かるなー、私も」
「あら、そんなんじゃ・」

香織は少し赤くなった。舌をぺろっと出す仕草は、益々大人としての輝きを増し、叉高校生時代とは違う魅力を感じさせていた。勿論2人の間には何者も入る余地等は無かった。敦美さんも仲の良い話相手としてこの2人を暖かく見守っていた。香織も自身の姉のように慕っていた。そう言う人間関係が既に、ここには出来ていたのであった。