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2003年1月18・19日分

そして・・秋レース本番に向けて競翔訓練・調整に余念が無い頃、論文の発表があった。講堂前の廊下に貼り出されたのは、助教授選が50点、教授選が25点、特選数点がある。それぞれに、推薦教授の名前が論文の下にある。助教授選は、若干手直しが必要だが、合格。教授賞は手直しが無くそのまま合格。選が無いものは、これから1ヶ月の講義を受けて、叉再提出の形となり、合格出来ない限り、それの繰り返しになる。6ヶ月を経緯しても合格しない者は有無を言わせぬ落第だった。殆んどの受講生が集まる中、お互いに話し合う余裕すらなく、凝視しながら見て行く。同様に順番に見て行く香月だが、助教授賞の選には名前が無かった。教授賞の所へ目が行くと、流石に著名な教授の名前が載っている。まだ・・無い。香月は大きな不安にかられた。高校生程度の学力では、無理なのか・・。そして、特選・・香月の名がそこにあった時は、興奮で、倒れそうになった。最優秀論文、学長賞とあったのだ。夢では無い。そのまま硬直する香月の耳にマイクの声が聞こえた。一番に呼ばれたのは香月であった。小講堂の中には26名の椅子があり、思い思いの席を取ると、しばらくしてから、正面の座に教授陣が入って来た。一斉に受講生達に緊張が走る。笹原教授、中央正面には木原名誉教授・本学長が座った。右隣には、桑原名誉教授・本学副学長・居並ぶS工大を代表する、日本屈指、世界レベルの教授陣を前にしては、物凄い倍率の中から勝ち残って来た、英才・秀才達にとっても当然の事でもある。司会進行を勤める掛川教授の挨拶の後(この掛川教授の息子さんは現在S工大助手を勤めていて、親子2代のS工大教授となる。この後に香月と大きな縁がある)香月の学長賞を筆頭に論文表彰を終えた後、木原学長が総論を述べた。
「今日は皆さん、おめでとう。3ヶ月の短期間に良くこの小論文をまとめて提出されました。当学内、機関に於いても、従来の形式的な小試験制を廃して、今年度からは、講義内容を理解しているか、その論文の構築度や、熟学度等を計る方式を導入しました。君達も大変であったでしょうが、我々教授陣も全ての論文に眼を通す為に約1ヶ月半時間を要しました。この選は再度教授陣による検討の末に今回の決定となりました。当大学は、学ぶ為の機関ではありません。その研究をいかに国益として活用出来るかを問う目的を持っています。よって、入試の論文形式は、その時点での君達の進路を決めたものであったと言えます。採点の方は今回初めての試みでもあったので、幾分甘かったと思うが、その中で、今回特に優れていた香月君の論文は、全会一致で、学長賞と言う特例を設けました。一つ一つの序文、構文には注釈がついており、要点、症例の付則と、類を見ない完成度でした。」
一同が香月の顔を見た。最年少である筈の彼が?驚きと共に、天才?そんな小声が聞こえた。木原学長は続けた。
「この席に今座る者は、この後希望するチームで、思う存分独自のテーマに取り組んで貰いたい。もう一度おめでとう!」
拍手の中で、いよいよ香月の研究がスタートとなった。今・・門が開いたのであった。香月は数日後、今度は堂々と笹原チーム、そして、桑原チームに加入希望を提出。勿論その場で受理される事となる。笹原チームでは故白川博士の遺志を受け継ぎ、動物生態学を。桑原チームでは、遺伝子工学を研究する事となるのだった。その桑原チームは、S工大の中でもシンクタンクと呼ばれる、特殊な英才の集まりであった。香月は学長賞と言う文句無しの成績で、加入となった。この時から周囲は香月を別格扱いとして見るようになって行く。溢れんばかりの才能と、幸運。今、この天才少年は、大きく羽ばたく一歩を踏み出そうとしていた。誰もが驚く早さで、階段を昇って行くのだった。
この日、香織との約束の為にN短大の前に車を止めて待つ香月であったが、車を覗き込む女学生も居るし、キャーキャーと騒ぐ娘も居て、落ち着けない。やっと、香織が校門から出て来たのを見届けると、急いで車に彼女を呼び込んで、車を急発進する香月であった。
「いやあ・・君の短大って凄いんだね。君が出て来るまで、色んな事を聞かれたり、車の中に入れてなんて娘も居て、驚いちゃったよ」
「まあ・・。でも、貴方は自分がモテルって事自覚してないから。もう、少し離れた所で待っててくれたら良かったのよね」
「参ったよ、今度からそうする」
「女子短大って凄い競争力よ。男子校に凄い挑発的な服着て行く娘も居る位だし」
「凄いって事は分かったよ。はは・・」
「短大を卒業する頃は20才だから、女の娘ってもう、将来設計もあるし、そう言う意味で同年齢の男子学生よりはずっと大人よね」
「うーーん。じゃ、君も橋本さんもそんな話題をしている訳だ」
「どう・・かしら?でも、案外しっかり彼氏をつかまえてる娘は判るわね。落ち着いてるし」
「ふーーん。ああ、そうだ。これからどこ行く?喫茶店?何か食べる?」
「じゃ、今日は私が行く所へ付き合って頂戴。貴方の結果も聞きたいし、実は行きたいなって所あったんだ」
「いいとも」

香織の言うままに、車を左折、叉右折して行く内に、静かな郊外へ出た。晩夏とは言え、杉並木の道を進んで行く内に、次第に人家を離れて、山間の寂しい道に入っていた。
「一体・・どこ行くの?」
「内緒。着けば判るわ」
「やれやれ、はい・・」

クスっと香織は笑ったが、それ以上は言わなかった。
山間を抜けると、広い庭園に出た。
「ここは・・?」
「いいから。もう少し入って。そしたら白い建物が見えるから」
「ああ・・」

車を走らすと、庭園を過ぎた所に大きな白い建物が見えた。香月はここがどこなのかさっぱり検討もつかなかった。建物前には大きな池もあるし、数台の車が駐車してはいるが、広さに半比例して、人の姿も見えない。その香織も初めてのようで、きょろきょろしていた。
「ここは・・一体?見た所ホテルのように見えるし、見方によっては、どこかの会社の保養所のようにも見えるし、判らないなあ・・。看板が出てる訳でも無いしね」
「うふふ。実は私も初めてなの。短大の友達に聞いてきたんだけど、ここはね」
「ここは?」
「何だと思う?」
「降参だよ」
「温泉!」
「温泉?こんな所に?初めて聞いたよ。目印も無かったね」
「つい最近だけど、掘り当てたらしいの。それも偶然に。元々は会社の研修に使ってた建物らしいんだけど、一般に公開したそうなの。だから、まだネーミングも決まって無くて、私用地になるのか、公共の場として使うのかも決定してなくて、一部娯楽設備や、幾つかの業者が入っていて、今は仮オープンらしいの」
「へえーー」
「それより、中へ入らない?外で、色々言ってるより」
「それもそうだ。じゃ!」

腕を組んで中へ入ると、中は広くて、人こそ少ないが、仮設のフロントで聞くと自由に入って下さいとの事。広いロビーがあって、ショーに使われるのだろうか。中央のソファーに座って見た。すると、喫茶室にでもなってるのだろうか、すぐ、ウェイトレスが水を持って来た。オーダーを取ると、
「お客様、今はサービス期間中で御座います。お飲み物は全て無料となって居りますので、どうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
と言って離れて行った・
「無料だって・・」
「そうなのよ。噂では、本格的にオープンするのは冬かららしいのよね。今がチャンスかもね」
「何だ。ある程度君は知ってたんだ」
「そう・・驚かそうって思って。でも、本当に良い所でしょ?こんな広いロビーに2人きりだなんて。」
「そうだね。じゃあ・・後で温泉にでも入らないか?ここは混浴?」
「もう・・・やだあ。他にも何人かが来ているようだし、2人きりって事は無いでしょう。」
「そうか、残念だなあ」
「本当にそう思ってるの・・?」

香織は上目使いに香月を見た。
「・・少しだけ」
「うふ・・・あら、忘れてた。貴方今日発表だったわよね。おめでとう!」
「って、何もまだ言って無いよ」
「その顔見てたら分かるわ。で?」
「ああ・・合格したよ。でも・・」
「教授賞じゃ無かったの?でも、助教授賞でも良いじゃないの」
「それが、学長賞なんだ。この数年で初めての事らしい」
「ええっ!200数十名の中で、最高の賞なの!」
「ああ・・驚いた」
「それじゃ、もっと嬉しそうな顔するべきよ。貴方ったら。でも、私はもう貴方には驚かないつもりだったのに、嬉しくて涙が出てきちゃう。もう、本当に香月君たら」
シンクロするように2人の気持ちが重なった。
「まあ、でもこれからだ。これからもっと忙しくなりそうだし、笹原、桑原チームの掛け持ちになりそうだから、2チーム参加なんて他にも居ないって。俺の体が持たないよ」
「それも、驚きよね。S工大のシンクタンクの一員だなんて。でも、本当におめでとう!お父さんにも報告しなくちゃ」
「近い内にお邪魔するよって言って」
「ええ」