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2003年1月24・25・26日分

翌朝は、向かい風7メートルのコンディションだったが、現地の低気圧が通り過ぎた午前8時ジャストに放鳩は開始された。風は多少吹いてはいたが、晴天で、レースとしてはまあまあの分速が出そうな気がした。過去香月にとっては、殆んど明け渡した事の無い文部杯であった。香月はこの秋で、文部、Jrレースから降りようと思っている。来年には20才を迎える。そろそろ後輩の学生競翔家達に活躍の場を譲ろうと思っている。連合会内においても既にトップレーサーの位置に、自分が居る事を自覚しているからだ。レースの帰還分岐点に位置する香月鳩舎、何度も言うが、この天の利は短距離レースでは圧倒的に有利な条件だ。先頭集団を形成する一群に香月鳩舎の鳩が居ればの事ではあるが、川上鳩舎の旧主流、或いは、現種鳩からの仔鳩群は、例えペパーマン系、白川系とも一歩も引かない活躍が期待出来る筈。香月はその為に充分な訓練をして来ていた。そして、鳩舎上空に現れたのは50羽程の一群だった。その先頭集団から2羽が舞い降りた。すぐ鳩舎に飛び込み、2羽をほぼ同時に打刻するが、後続は中々姿を現さなかった。ようやく10分後に大集団が姿を見せ、その中から12羽が一斉に降り立った。打刻はしなかった。最初の打刻が9時2、3分。向かい風のコンディションを考えると、やはり短距離タイプの鳩がこう言うレースは早い。続々戻る鳩のデータを克明に記入しながら、今日のレースを分析していた香月だった。ようやく最後の1羽が入舎した時は、9時30分だった。
・・・まずまずだ・・。香月はそう思った。
長距離タイプの鳩は決して無理はしない。悠々と自分のペースを守り帰って来る。予想した通りの帰舎に香月は頷いた。9時40分になって、佐野から電話が入った。
「やあ、どうだった?」
「ええ、タイムしたのは2羽なんですが、佐野さんの所は?」
「うん。確認した所では、上位が1500メートル台かな?俺の所も9時9分にタイムしたよ。かなり一般も分速が接近してて、俺の3羽と、磯川さんの1羽。川上さんが特別多くてね、10羽なんだ。君の方の文部がどうかと思ってさ。大体君の帰舎タイムが100キロレースを左右するからね」
「ええ、9時2、3分だったと思います」
「そう!やっぱり早いね。すると・・俺の一般の方も案外良い線に行ってそうだね」
「俺が確認した所では50羽程の集団でしたから、面白いですね。間違い無く上位でしょう。ところで、佐野さんのトップは新血統ですか?」

新導入の血統を敢えて香月は聞いて居なかった。それは結果が出てから聞くものだと思っていたからだ。
佐野は、喜びを隠せないような張りのある声で答えた。
「うん!そうなんだ。実はビクターロビンソン系を入れたんだけど、長距離タイプって思ってたら、こんなに短距離にもスピードが出るなんて考えて無かったからね、期待以上で嬉しいよ」
「良かったですね。イギリスの血統ですが、かなりのスピード系と聞いてます。今晩の開函の時にでも叉聞かせて下さい」
「うん!じゃあね、今から他の鳩舎にも連絡を取って、リスト表を作って見るね」

元気の良い佐野が戻って来た。香月も嬉しくなった。佐野の新血統が幸先の良いスタート。愛鳩を失った悲しみから立ち直ったその喜びに、拍手を贈りたかった。
夕方になって、川上氏宅へ訪れると、川上氏は外で待っていた。
「やあ、今日は君の車に同乗させて貰うよ。佐野君が一般では早いらしいね。叉、強力な血統が出現したものだね」
そう言う川上氏の顔はにこやかだった。香月と同様の気持ちのようだった。
「ええ、ビクターロビンソン系を導入された見たいですね。佐野さんの鳩舎にマッチしたようです。これ程短距離にも早いとなると要注意ですね」

走りながら、佐野鳩舎の新血統を話し合っていたが、川上氏も今春の佐野鳩舎の出来事を良く知っていて、非常に熱心な若手競翔家の一人。その手腕も高く評価しているのだと嬉しそうだった。こんな川上氏故に、香月は師と呼び、深く尊敬している。
到着し、すぐ開函となったが、同場所に来ていた浦部が話しかけて来た。最近は彼も市内の工場に勤めていて、温和で大人しい人物だが、かなり社交的に変貌しつつあった。頑として、自分の競翔姿勢を崩さない彼の血統は、南部×今西系。長距離鳩舎として何度も優入賞しているが、短距離レースでは殆んど顔を出さない人が何故?香月は思った。
「やあ、こんばんわ。佐野さんから聞いたんだけど、新血統が良い見たいだね」
「ええ、ビクターロビンソン系のようですね。随分研究されての導入でしょう」
「皆、次から次へと新血統を導入して行くけど、スピードバードはそれだけ危険性も待っていると僕は思うんだ」
「確かにあるでしょうね。特に新血統の場合、全てが未知数ですから、どう対応するかによって、レースにムラが出るでしょうし。でも、それだけ突拍子も無い記録も秘めているから、反面面白さもあるとは思いますね」

浦部の姿勢を尊重して、香月は答えた。浦部は続けた。
「そうかも知れないね。ただ、僕は自分が長年飼って来た愛鳩を手放すなんて思いもつかないんだ。自分の飼ってる血統なら、こんなタイプなら、こうする、このタイプはこうだなんて、大体把握出来るし、僕は、稚内に標準を絞ってるから、粘りがあって、難レースでも後日帰りがあるようなそんな鳩が好きだな。僕は人の事はとやかく言うんじゃ無いけど、ただ、鳩レースは競い合う為のものでは無いって思ってるんだ。」
「良く分かりますし、浦部さんの姿勢は尊敬してますよ。俺も自分の鳩を1羽たりと失いたく無いんです。ただ、自鳩舎の血統の可能性を最大限引き出してやる事も愛鳩家、競翔家の姿勢だって思うんです。欲張り・・ですかね?」

ゆっくり浦部と話をした事も無かった香月だが、こう言う会話はむしろ楽しかった。
「うん。君なら、その両方を持ち合わせている。僕が言いたかったのはそう言う事なんだ。川上さんに初めて競翔の事を教えて貰った時から、僕はその事を忠実に守って来た。いつまでも、その気持ちを持って居たいんだ。だから、若いのに古い考えだって良く言われるけど、僕は僕なりに長距離鳩を育てたいんだよ」
「素晴らしいと思いますよ。第2代、3代と世代が進むに連れ、より優れた素質を引き出す事をやって行けば、浦部さん独自の血統が出来るのでは・・と思います。古い考えなんて誰が言ったのかは知りませんけど、俺は決してそんな事は思ってませんよ、日本と言う狭い島国で、戦い生き残って来た系統は、大事です。必ず、必要です。・・・で、話は全く変わりますけど・・今秋は浦部さん、いつもより仔鳩の出来と言うか、早かったようですね。短距離で姿を見るのは学生の頃だけでしたので」
「ああ・・。今秋は56羽参加したんだ。」
「いつもより凄く多いですね」
「秋の参加が多かったのは、僕の所も過去1000キロ以上記録した鳩を種鳩にしたりで、現在20羽程種鳩が居るのと、現役選手鳩兼種鳩が居る。記録鳩からは、一度春の子取りをするんで、今秋は特に羽数が増えたんだ。予想外に帰舎が良くて、いつもは短距離なんて諦めてるんだけど、5羽タイムしたよ。今日の帰舎状況を見て、ひょっとしたらって思ってね」
「・・で?何分頃でした?」
「うん。一番手が9時10分頃で、5番手が12分頃なんだ。でも、聞いたら、今集計の方やってるけど、佐野さんの所の鳩には敵わないようだし、川上さんの所も10羽も打刻してるって聞いてるしね」
「混戦のようですね、今秋は、参加羽数も6000羽余りらしいですし」

そう話している内に、集計がCブロック分が終了したようである、磯川はBブロックだ。羽数が多くて、今秋はA〜Dまで5ブロックある。集計が終わり次第、このCブロックへ集結する予定であった。