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2003年1月29・30日分

この300キロレースは、後に控える10連合会合同レースの人気が最近高いので、幾分参加羽数は減っていた。この300キロレースから500キロへジャンプする鳩舎も多いので、参加羽数は連合会では2500羽余。
晴天に恵まれて、この300キロレースは高速レースとなり、分速1700メートル台の高分速は、100キロ、200キロと好調に優勝して来た勢いで、このレースでも香月が優勝。川上氏が2、4、8位。浦部が、3位、北村が、5位、磯川鳩舎6位、7位、9位に高橋鳩舎、10位が、桐生鳩舎だった。ただ、毎回入賞を重ねては居るが、磯川鳩舎が、今一つの勢いで、それがかえって侮れない存在と香月の目には映っていた。とにかくとして、香月はここまで無傷の3連勝。この勢いは、素晴らしかった。
そして、いよいよ、秋の花型レースの1つ、300キロ合同ダービーを迎える。10連合会が今年から15連合会に膨れ上がり、それも運輸大臣杯に参加せず、主力をキープして来た各鳩舎の思惑通りに、連合会でも4780羽参加、15連合会で、3万4千羽余りの大羽数が集結した。香月は16羽参加。中には300キロを続けて参加させた鳩も居た。他の鳩舎でもそう言った参加は多いようで、この300キロ後、500キロにジャンプさせる鳩舎の狙いがそこにある。そして、この日は無風だが、途中の平野部に霧が発生し、分速が落ちるであろうと予想されている。しかし、香月自身は、最もこの条件を待ち望んだレースであった。訓練の成果が出るとするならこのレースだ。香月は短距離の期待鳩をここへ持って来た。その中の1羽は、今秋100キロ、200キロ、300キロと3連続優勝した1羽でもあった。そして、このレースは磯川にとっても最も強いレース、過去にも総合優勝を飾っている放鳩地でもある。放鳩はもう、これ以上は天候が悪化しないだろうと言う判断で、午前8時20分にスタートした。トップ集団の帰舎が12時前後と読んだ香月は、分速が落ちるレースと周囲が予想する中で、相当早い帰還を考えていた。それは、短距離レーサーだけに絞った参加をさせた狙いもあるのだが、自分の思案した訓練が生きてくる筈・・そう言う期待感が高かったからだ。
そして、乳白色の霧が立ち込める鳩舎上空、その悪条件の中、香月が予想した時間よりも、なお鳩の帰舎は早かった。12時前にバラバラといきなりタラップに降り立った鳩は、6羽。今回のレースには、帰還する大集団が見えない。いきなり鳩舎に飛び込んだと言う表現がぴったりだった。そして、後続は中々続かず、ようやく次の集団が戻って来たのは、12時半を回ってからで、その後ボツボツと帰舎し、全鳩が帰舎したのは1時を少し過ぎてからだった。短距離鳩だけに絞ったこのダービーは、香月の読みがほぼ的中した形となって、それ程帰舎の遅い鳩も居ず、スタート100キロレースからまだ1羽の落伍鳩も出して居なかった。競翔前訓練と淘汰がここまでは功を奏したと言えるだろう。叉、この日の帰舎でも100キロから3連勝した鳩が一番目に帰舎した。とにかく、訓練時から飛びぬけていた仔鳩であった。ようやく2時近くになって、佐野から連絡が入った。各鳩舎の状況を確認していたのだろうが、佐野も今秋は、300キロの運輸杯では11位だったが、常に先頭集団に入って居る。叉浦部も短距離から確実に入賞を続けて居た。
「やあ、今日は随分分速が乱れているようだよ。どの鳩舎もまちまちだ。君の所はどう?」
「ええ、俺の所は、6羽タイムして、時間は早いのが11時52分で、後は何分かのバラバラと。その後間が空いて、全鳩戻ったのが1時少し回った位です。他の鳩舎はどうですか?」
「ええっ!11時52分だって?そりゃあ、早すぎるよ。ダントツで、君が早い。それも6羽も?」

香月はこの時、優勝等とは予想もして無かったし、いつも強い磯川や、川上氏が当然上位に来てるだろうと、自鳩舎は、入賞程度としか思っても無かった。佐野の驚きに香月が驚いた位だった。
「君、独占してるかもよ、上位。俺が調べた所では、俺が12時10分に2羽、12時11分に磯川さん、川上さんが、12時10分頃に5羽。それに小谷鳩舎が12分頃に2羽。それと渡辺鳩舎が13分頃に1羽。ウラちゃんが、9分に1羽。その他にはそんなに早い鳩舎は無いよ。ひょっとして・・君が総合一桁に大量入賞してる可能性も・・調べて見るよ、今から!」
そう言って佐野は電話を切った。香月は予想以上の展開に驚いていた。そして、そのまま、電話を北村に繋いだ。
「やあ!どうだった?俺の所は遅いよ。ははは。ま、短距離じゃこんなもんだけど。」
聞く間も無く、北村は笑いながら、こう言った。
「それで・・この前の件なんですが・・」
「ああ!調べて見たよ。確かに今秋の磯川さんの参加形式は変だったよ。100キロレースが、12羽参加。200キロが24羽。300キロの運輸杯が21羽。そして、今回のダービーが15羽。少ないねえ・・。磯川さんは、相当仔鳩を引いてる筈だし、佐野の情報でも60数羽居る筈なんだ、選手鳩」
「やっぱり・・」
香月が言うと、
「狙ってるね、きっと、700キロの菊花賞」
北村が答える。
「そうでしょうね、今度の400キロに恐らく殆んど持って来そうな気がしますね、有難う御座いました」

磯川は今秋の大レースである、菊花賞一本に狙いを絞ってるいるようだ。今秋の場合、1000キロのダイヤモンドカップを、連合会としては参加を見合わせた関係上、最終レースとなる、菊花賞が磯川の狙いだったのだ。磯川の競翔は大きく変わった。それは、優秀さを誇示証明するかのような、全レース参加型から、自鳩舎の主力を狙ったレースに持って来るような、照準型へと。それにしても、やはり少ない参加羽数でありながら、全レースに上位入賞を果たして来る所はペパーマン系の底力だ・・としか形容出来ない。
夕方、川上宅を訪れると、川上氏はにこにこしながら香月の車に乗り込んだ。
「いやあ、参ったねえ。君の訓練通りのレースになったようだ。これだけ早かったのは、訓練の賜物だろう。集計が楽しみだね。君の15連合会総合優勝もあるって、佐野君は言っていたよ」
「嬉しいんですが・・今日の天候を見た場合、バタバタっと戻って来て、後続が30分以上遅れました。恐らく霧の中で、分速が落ちたものと見ますが、そんなに濃い霧では無かったようなのに、影響はあるものでしょうか」
「うん・・。君の理論を借りれば、方向判断力が正しければ、直線的に戻る筈だと言う事になる。が、果たしてそうだろうか?我々人間が晴天の中を歩いていたら、急に雨が降った・・大慌てで、どこかで雨やどりをしようとする。叉立ち往生してどうしようかと迷ってしまう。特に鳥類は、水滴が飛翔の最大の妨げになる事から、恐怖心もあって、避けて通る傾向がある。分速が落ちるレースには、そう言う時にマイペース型の鳩が上位に食い込んだりする事もある。順位だけで、鳩の資質を判断するのは危険だ。そう言う事を何回も体験して、なお且つ上位に食い込む鳩は優秀だと判断出来る。何分若鳩と言う事を忘れてはいけないね、香月君」
「はい、分かりました」

素直に頷く香月に川上氏もにこりと笑った。この子は、知識が勝っている。そう川上氏は思った。優劣は順位では無い。鳩には、個々の能力の違いがある、その資質を見る事なのだ・・と。しかし、香月は充分に理解して川上氏に訊ねたのであった。人に心があるように、鳩にも個体差があり、それぞれの性格、資質は違う。それが川上氏が常々言う、最後の犯してはならない部分の『聖域』なのだとしたら、きっとそう言う事なのだろうと思った。そこへ踏み込む事に今の香月は躊躇していた。踏み込めばきっと自戒する事になるだろう・・と。香月の追求するものに対する壁がそこにあった。川上氏は香月の予想通りの答えをやはり出して来た・・確かにそれは正論だと思った。
香月の成績はやはり連合会ではダントツの1位〜6位を独占している模様で、この夜はそのまま帰路へ着いた。