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2003年1月31日分

ようやく秋季レースも、東神原連合会一番の難レース、400キロ衆議院議長杯を迎えた。香月は長距離鳩候補の12羽を参加した。
残るレースは、高松宮杯の500キロレース、運輸大臣杯の600キロレース、フィナーレが、菊花賞700キロ総合レースだ。恐らく菊花賞は、近年に無い参加羽数があるだろう。更に800キロKCや、1000キロDC等があるが、この参加は連合会では、任意開催となって居て、参加希望者は、隣市の風巻連合会が持ち寄り場所となっている。連合会で個人的に何名が参加になるのかは、この400キロレースの結果次第と言える。香月、川上氏は700キロの菊花賞以降の参加を見合わせる事で一致していた。磯川の狙いが菊花賞であるなら、この400キロは要注意の鳩舎だ。常に先頭集団を形成するペパーマン系も数シーズン目を迎え、円熟期に入っている。爆発的な帰舎は未だ見えないが、それは、狙いのレースに絞っていて、これまで主力を分散していたからであろう。恐らくこの400キロには、全鳩参加か・・?香月はそう見ていた。夜遅くに、B持ち寄り場所の北村から、香月に電話が入った。
「やあ、こんばんわ。磯川さんだけど。参加がやはり62羽だったよ。単なるジャンプじゃないね。特殊訓練でもしたんじゃないかなあ。主流を全部ここへ持って来たって感じだよ」
「やっぱり・・そうですか。相当に菊花賞に入れ込んでるようで、不気味ささえ感じますよ」
「そうだね。でも、菊花賞は新設だけど、KCや、DCもあるから、そっちも人気はあるよね」
「ええ。でも、KCやDCは当連合会にとっては遠隔地ですから、上位入賞を狙うならやはり菊花賞でしょう。120連合会が参加するらしいですし、各距離に応じた、総合レースで、協会の方でも力を入れてますし、何と言っても、今回の総合順位はカラー印刷で、50位まで掲載されるようですよ。
(当時はカラーページはべらぼうに高かった)これは、磯川さんの性格から言って、待っていたようなレースでしょう。上位入賞すれば全国に知れ渡るわけですから。叉、このレースを制する鳩は、春のGPや、その後のCH、GCHも狙える有力候補ですからね」
「そうだよね、まさしく。で・・その磯川さんが、君の鳩を要注意って言ってたよ。2人ともライバルだから同じ事言ってるよね。面白いね、ははは。特に、100キロから4連勝した、シルバーの鳩。400キロも参加させたの?異常にマークしてたよ」
「ははは。調べたんですか・・まだ、連合会の集計結果は聞いて無いんですけど。でも、この鳩は俺の場合、今秋は短距離鳩候補、長距離鳩候補と分けて参加させてますから、この400キロには参加してないです。次の500キロの宮杯には参加させますけど」
「そうなんだ。でも、その調子じゃ、君も相当に自信を持ってそうだね。明日放鳩だから、結果が楽しみだ。じゃ!叉!」

北村の、張りがあって明るい声には香月も元気が出る。磯川の狙いがはっきりしている以上、香月は、自分の訓練の成果を待つだけである。やっと、このレースでペパーマン系の本隊と戦えるのだ。それにしても、明日は聞きしに勝る難レースの400キロ、ここを嫌って参加を敬遠している鳩舎も多い。浦部、高橋、道上氏等だ。参加羽数は連合会で2856羽とやはり少なかった。
朝・・香月は空を見上げて、深いため息をついた。空は乳白色に染まり、最悪のコンディションを思わせた。東神原連合会独自で行う短距離のこのレースには延期は無い。7時に川上氏より電話があった時も、放鳩委員が迷っているようだった。分速が出ないとするならば、どうしても当日帰れる時間での放鳩になる。小雨もぱらつき、高橋会長も連絡を受けて、役員の緊急会議が開かれ、9時ジャストにもう待てないとの判断で放鳩が決行された。川上氏は参加全鳩舎に電話を入れていた。内容は、最悪の放鳩状態になった事を覚悟してくれと言うものであった。川上氏のこれが競翔家としての姿勢であり、こまやかな気遣いでもあったが、不参加鳩舎からは、そら見ろ・・
そんな声が聞こえたのもやはり事実だった。非常に難しい判断でもあった。晴天時でも過去最高が、分速1200メートル台のレースである。当日戻れない鳩も多く出るだろう。まして、この日は小雨、乳白色の厚い雲。競翔と言う名に於いては、放鳩を避けられないものなのかも知れない。だが、敢えて難レースを覚悟の放鳩地を選ぶ必要等は無い。それは、どちらも正論で、連合会でも過去何十回となく話し合って来た事だ。ただ・・香月は、このレースが、菊花賞を左右するレースと位置付けていた。その狙いは磯川も同様。このレースを勝ち残れないようで、菊花賞に到底入賞等出来ぬだろう・・それが川上氏をはじめとする者達の意見だ。が、そんな記録や栄誉に拘って競翔してるのでは無い。秋のレースは若鳩の訓練なのだ。競翔鳩を育てる為にやっているのだ・・それも真理だ。
このレース、香月は長距離鳩候補ナンバー1の1羽に期待をかけて、参加させていた、高地からの訓練で、紫竜号と肩を並べて戻って来た鳩だ。ピン太と、マロン号の交配の仔が、4連勝のS♂。ヒロと、ムーン号との交配の仔が、今回の鳩だ。源鳩からは孫と、曾孫に当たる。どの交配も香月鳩舎の代表する素晴らしい記録を残した種鳩達だ。資質から見てもピン太号の直系は、スピードのある鳩が多く出て、ヒロや、ムーン号からは、長距離向きの鳩が出ている。
そして・・ようやくこのレース。鳩が姿を見せたのは、3時50分の事であった。やはり、期待の1羽が一番手だった。しかし、異常に疲れていた。難レースの帰舎をそのまま現していた。続いて、戻って来た鳩も同様だった。スタミナジュースを与えたら、首を突っ込んで飲むその姿を見ると、相当長い距離を飛んだのだろうと思われた。その内にもポツリ、ポツリと鳩は戻って来て、8羽目が戻って来た時間は4時50分だった。12羽参加で、こんな天候なのに、良くぞ戻って来た・・香月は思った。6時にタラップを締めるまでには、計10羽が当日戻って居たのだった。一応の結果に満足した香月の所に、川上氏から電話が入った。
「どうだった?香月君。私も殆んど主力92羽参加させたが、半分にも満たないね、今日の帰舎。他の鳩舎も非常に悪いようだ。今朝の会議でももめた事だが、近年最悪のレースとなったよ。申し訳ない」
川上氏の沈んだ声に反比例するように、香月は勤めて明るく答えた。
「とんでも無いですよ、12羽中、10羽です。悪天候の割りに帰舎は上出来です。むしろ、こんな天気でもきちんと戻って来る鳩を見て、俺は安心しました。菊花賞に狙いが当てられますから。まだ、菊花賞まで1ヶ月近くもあります。調整は十分ですから」
「ほお・・10羽かね?それは良い帰舎だね」

香月はすぐ電話を置くと、川上氏宅へ向かった。会長宅での開函に行く道中の会話も、このレースの話題ばかりであったが、会長宅へ着くと、20人前後しか会員は集まって居なかった。開函を済ますと、審査員を除く全員で円陣が組まれた。口火を切ったのは、このレースに大羽数260羽を参加させていた郡上氏であった。
「いやいや、参ったねえ。この連合会に参加して何度目かの400キロだが、今日は本当に放鳩したのか?と思ったよ。何しろ260羽も参加させてるのに、4時半だよ。一番手が戻って来たのは。あははは」
郡上氏らしい余裕の言葉に、硬い表情の会員達も幾分緊張が解けたようだった。
小谷氏が続く。
「そうですね。私は運輸杯を捨てて、この400キロに主力を持って来たんですが、聞きしに勝る難コースでした。まるで700キロレースのような錯覚を覚えるレースでしたね。52羽参加して、4時半に2羽。6時前にやっと6羽の8羽きりです、当日戻って来たのは。初めての体験ですね、400キロレースでこんな悪い帰舎は。でも、明日戻って来なかったら、本当に万歳ですけどね。わはは」
少し笑いが漏れた。皆は充分に理解してる事で、事前に川上氏から全会員に通知が入ってもいる。レース自体の決行に異議を唱える者は皆無だ。ただ、このレースに拘る必要性を否定として論じる者は居る。磯川が加わった。
「俺もこのレースに全鳩参加しました。62羽です。実はこの400キロを秋のメインである、菊花賞レースのステップにしようと特殊訓練をして、参加したんですが、当日12羽です。聞けば、俺はまだ良い方だったので安心しましたけど、言い換えればこのレースを当日戻って来る鳩で無ければ、700キロの菊花賞なんて到底無理でしょうし、ここに集まっている方達の顔ぶれを見ますと、やはり、強豪揃いですから。300キロ2回後500キロへジャンプすると言う方法もあったんでしょうけど、500キロから700キロのステップは、帰還コース的に無理があります。どうしてもこの400キロレースは、700キロレースに対しての重要な位置にありますから。春のレースにも重要ですよね」
居合わせた水谷氏、渡辺氏も頷いていた。叉この場にも学生競翔家の姿が何名か見える。ジュニア杯も来年から一般とも集計を一緒にして、ダブル杯にしようかと言う案も出ている。それは良い事だと香月も思っている。川上氏は何かこの場で言いたそうであったが、腕組をしたまま、会話を聞いていた。その内集計が完了したようで、高橋会長から、発表された。
「ええーー。では先にこの前の300キロ合同15連合会総合レースの結果が届いて居りますので、発表します。ええー、皆さんも周知の事かと思いますが、この東神原連合会始って以来の快挙が生まれました。ここに居る香月鳩舎が、参加3万1516羽中見事、総合優勝、2位、3位、5位、6位、8位に10位内に6羽も入賞しました。他にも、総合100位以内に連合会で68羽もの大羽数入賞です。正に快挙でしょう。まずは拍手を」
大きな拍手が湧いた、昨年磯川が達成した総合優勝すら薄れてしまう、大記録と言える。叉、連合会で、総合100位内68羽入賞も凄い事だった。しかし、再び静寂が訪れた時には、その高橋会長の大きな体が少し小さく見えるような、声も小さくなって、
「えーー・・こんな大記録の後に誠に発表し辛いのですが、400キロレースは、参加総数2856羽中、当日帰還、2割にも満たない324羽であります。誠に結果は遺憾な事であり、これは当日の放鳩決行時間が遅れた事も一因と、役員一同猛省してる所でありますが、とりあえず、成績の発表を先にして、その後反省会をしたいと思います」
全員が会長の顔を見た。沈痛な表情であった。川上氏も同様の雰囲気だった。香月はそれ程責任を感じなければいけない事かな?そう思った。こんなレースを覚悟や、承知の上で参加させてる筈なのに・・そう思った。
「では・・優勝が、叉々香月鳩舎であります。同、2位、3位。分速が980・132メートルです。4位が磯川鳩舎、5位、6位、7位が川上鳩舎、8位が小谷鳩舎、9位が渡辺鳩舎、10位が郡上鳩舎、以上、10位以下は省略させていただきます」
郡上鳩舎が「おっ・・スミ一を取ったか!」その言葉に笑いが漏れた。今
度は川上氏を中心として反省会が開かれた。